第132話 散華



 空に花火が花開く度に、カナエを狙う塊は崩れて霧散し、光の粒になって煌めいて消えていく。


 それはカグラが刀を振るう時と良く似ていた。


 夏が来る度に、双子の兄はカナエを護る為に毎年、名刀『小烏丸』を持って怨念の塊を散らしていくのである。


 次々に上がる花火の音により、塊はだんだんと小さくなってゆく。カグラの刀と違うのは弾けて霧散するそれが、光になって消えて行くところであろうか。目で光の粒を追うと、ゆっくりと空へ昇っていくように見える。


「これは……『邪払い』ではない、浄化?いやもっと違う……」


 傷付き、疲弊した魂を慰めるこれは……。


「送り火か——」


 カナエは胸が締め付けられる気がした。自分達が作った花火が、今までこの地に囚われていた魂を空へ送っているのだ。


 空へ——、空へ——。


 カナエは幽玄の男の子をギュッと抱きしめたまま、天へ還る魂たちを見送っていた。




 異形の者の塊が、小さくなる。


 カナエに抱きしめられた男の子は、彼女の肩越しに花火の上がる夜空を見ている。突然、彼が大きく身震いをした。


「お姉ちゃん、赤いよう——」


 振り返ったカナエはかろうじて彼岸花の如く赤く広がる可憐な花火を見た。そして他の物よりも大きな音。


 ——あれは、我が作った物か?


 思ったよりも大きな音に、苦笑して前を見ると、そこにあったはずの黒い塊は光の粒になって、空へと昇っていくところであった。


「あ……」


 ふわりと、男の子が彼女の手をすり抜けて空へ舞い上がる。


 ——さよなら、お姉ちゃん。


「待て!まだ、話したいことが!」


 ——お姉ちゃんに会えて、良かった。


「待つのじゃ!」


 ——……ありがと……。


 カナエの瞳に涙が溢れる。


 生きていたかっただろうに、命を弄ばれて——。


 ——我は、我はなにもしてやれなかった。ただ、お主らの命の上に、犠牲の上に生きていただけの腑抜ふぬけじゃ。


「わあああーッ!」


 カナエは声を上げて泣いた。





「やれやれ、あと一つか」


 鬼丸は、最後に残った大きな一尺玉を見やり、ふう、と息をついた。


 シュトルムと二人で導火線に火の付いた花火玉を指定の高さまで投げ上げていたのだ。


「鬼丸先生、コレは俺では無理だ」


 人狼化したシュトルムもスイカみたいな花火玉を投げ上げるには無理があるようだ。


 それに指定された高さは、300メートル。これまで投げ上げて来たものは野球ボールくらいのもので、100メートルの高さで良かったのだが、さすがに一尺玉は規模が違う。


「我が行くか?」


 途中から点火を手伝いに来たカグラが空を指しながら言う。自分が空へ上がれば良いと思っているようだ。


「そいつは無理だな、それにお前、カナエは見つかったのか?」


 カグラはカナエを探して森まで来たのだが、妹が見つからず、半ば諦めたように手伝っていた。


「この近くにいると、我の勘は告げているのだが……見つからぬ」


 首を降り、深いため息をついた時、シュトルムの人狼化した瞳が、カナエの姿を捉えた。


「いるぞ、あそこだ」


「なにッ⁈」


 カグラはバッと顔を上げると、シュトルムが指差す方を見る。そこには目元を赤く泣きはらした少女が立っていた。


 カグラが駆け寄る。


「無事か?怪我など無いか?」


 心配そうに問いかける兄に向かって、カナエはコクリと頷いた。そして小さな声で今起こったことを伝える。その重々しい光景に、鬼丸とシュトルムは暫し手を止めた。


「……我は、期せずしてあの者らを天へ還すことが出来た……花火のおかげだが、な……」


「……」


 カグラはこの地に巣食う犠牲者の念が、浄化されて天へ昇っていったことを理解した。そして黙って泣いている妹の手を引いて、鬼丸の元へ行く。


「鬼丸先生、火を——最後の打ち上げ花火に火をつけさせてもらえぬか?カナエの力で、この空に漂う者達を送りたいのじゃ」





 つづく

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