第129話 それぞれの祭り3

 カグラは気がいていた。


 一瞬、カナエの後ろ姿を雑踏に見つけた気がしたのだが、すぐに見失ってしまった。


 夏の夕暮れ時はカナエが不安定になる。


 急いでいるのに、まるでわざとのように人垣が出来て彼が前に進むのを邪魔する。


「カナエ——!」


「どうしたのカグラ君?」


 カグラの焦りには似合わない、すごく間抜けそうな声が聞こえてきた。


「篠宮とやら!カナエが!」


 見れば篠宮は祭りの法被はっぴ姿に身を包み、頭にはねじり鉢巻をしていて、手には丸い物を持っていた。


「……何をしている?」


「何って、水ヨーヨー売ってんだよ〜。買っていかない?」


「それどころではない!ここをカナエが通らなかったか?」


「ええ?通れば気がつくと思うけど」


 篠宮は何やら焦っているカグラを屋台の裏に引き込んだ。


「急いでいるならここ通れば良いよ」


 カグラが篠宮の指差す方を見れば、校舎に沿って通り道が出来ている。


「すまぬな、篠宮」


 カグラはカナエを見たと思う方向へ走っていった。


「……先生って呼んでよ……」


 篠宮はカグラを見送りながら、不満そうに水ヨーヨーをボヨンと鳴らした。






「エメロード!」


「リリ!待ってたわよ〜」


 暗い夜のプールサイドに、イスとテーブルが並べられている。その一つにレディが座り、エメロードはプールの中から手を振っていた。


「ほら、たくさん買って来たよ!」


 リリはほこらしげに屋台で手に入れた戦利品を並べた。テーブルの上にも、プールサイドにも。


「レディさんもどうぞ」


 ウォルフがニコニコしながらタコ焼きやら焼き鳥やらを差し出す。レディは微笑みながら受け取った。


「もうすぐ、打ち上げね」


「そうっすね。あっちの方で準備中かなぁ?」


 今頃、プールの向こう側——森の広がる敷地の手前に、鬼丸とシュトルムが打ち上げ花火の準備をしているのだろう。森は真っ暗で、彼らがどこにいるのかは定かではなかった。


 しばらくすると、人々のざわめきが伝わって来た。花火が上がるというので、見やすいプール前に集まっているのだろう。


 ウォルフはチラッと集まった人々を眺めたが、篠宮の姿は見当たらない。ついでに言うならユニの姿も無いから、二人とも上手くやっているのかもしれない。


「ちぇっ、いいなぁ」


 うらやましそうに呟くと、ウォルフはコーラを口にした。





「サクラさんっ、どうですか?ここなら花火がよく見えますよ!」


 篠宮は旧校舎の屋上にサクラを連れてきた。サクラは篠宮にもらった水ヨーヨーをボヨンボヨンと、もてあそびながら、花火が見えるはずの森の方を見た。


「なるほど、特等席ではあるが、先客がいるな」


「えっ?」


 篠宮が目で追うと、屋上の手すりにもたれている二人の人影が見えた。ユニと六花だ。


「邪魔するのも野暮だな。別のところで——」


「いやいや、ここがいいですって!」


「プールサイドに行くぞ」


「ええー?」


 サクラさんと二人きりで花火を見るつもりだったのにー!


 篠宮は後ろ髪を引かれる思いで屋上を後にした。




 つづく

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