第127話 それぞれの祭り


 人混みに入るのは初めてだとカナエは思った。しかしどこか思い描いていた気もする。


 人々のざわめきと、わざとらしい笛の音。篠宮先生が選んだ祭の曲だろうか。


 カナエはふと自分にまとわりついていた不安が消えているのに気がつく。


「どうしたの?お姉ちゃん」


「いや、急に……あの笛の音のせいか、身が軽くなった気がするのじゃ」


「ふうん」


 男の子は屋台が珍しいらしく、キョロキョロと辺りを見回す。実のところカナエも珍しくて仕方ないのだが、あいにくカナエには行かねばならない場所がある。


「行くぞ」


「まって、お姉ちゃん!あれ、あの赤いの欲しい」


 その子が指差すのは紅い宝石のように輝く菓子のようなものであった。


「む……りんご飴と書いてある。あれが欲しいのか?」


 男の子はこくこくとうなずく。カナエは鼻からため息をつくと、屋台に近寄った。


「これを一つ、所望す——頂きたい」


 ああ、見知らぬ他人と話すのは緊張する。


 カナエは冷や汗をかきながら、りんご飴を一つ買い求めた。キラキラと輝く真っ赤な菓子を男の子に渡すと、にぱっと笑顔になる。カナエはその表情かおを見て、一つ良い事をしたと満足した。


 どこの子かわからないが、この子を喜ばせた事が出来て、カナエは自分が今まで生き延びた事に意味があったと心の中で喜んだ。


 あとは最後の仕事をするだけ。


 人混みをくぐり抜け、夜店の終わるところへ来る。明かりのないそこはプールの前だった。


 プールにはエメロードとレディ先生がいるだろう。


 カナエは二人に見つからないよう、プールの裏手に行くつもりである。


「ここでお別れじゃ。篠宮という男を探すが良い。その者ならお主の親を探してくれるであろう」


 カナエは男の子の手を離そうとした。だが彼は離さない。反射的に顔を見ると、彼の目が光った気がした。


「?」


「お姉ちゃん、ぼく……まで付き合うよ」


 その言葉を聞いた時、カナエは背筋が凍るほどゾッとした。






「ちょっと!リリ先輩、なんでもかんでも買わないでくださいよ!」


「うるさい。黙って荷物持ちをしろ。お前の分も買ってやってるんだ」


「ひええ……」


「私も手伝いますから」


「ユキ、お前は冷たい物担当だ」


 黒羽リリは白井ユキとウォルフを従えて、屋台の端っこから目に付くものをあれこれ購入していた。わたあめもキラキラのバルーンも、焼きそばもフランクフルトもかき氷も——。


「買い物とは楽しいものだな、ユキ」


「はい!とても楽しいです」


「もう、持ちきれないですよー」


 ウォルフの心底困った声に、祭りで上機嫌のリリが素直にうなずいた。


「それもそうだな。それに花火ももうすぐ上がるだろう……よし、特等席プールへ行くか」


 三人は山のような荷物を手に、エメロードの待つプールへと向かった。




 つづく

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