第124話 祭りの日
その日は、皆、朝からソワソワしていた。カグラやカナエ、白井ユキの一年生は三階の廊下から、新校舎との間に設営されている屋台を上から眺めて、嬉しそうに笑う。
ふと顔をあげれは、向かいの新校舎の廊下からも
なんだか
——αも同じ気持ちなのかしら。
篠宮先生が来るまでは、彼女らとの接点なんて無かったな。
ユキはこのイベントを企画した篠宮に感謝した。
「カナエちゃん、どのお店から廻る?」
そばにいたカナエに声をかける——ユキは思わずハッとした。カナエの顔色がいつもよりも青ざめて見えたのだ。
「カナエ……ちゃん?」
「なんじゃ?」
口調はいつもと変わらない。
まじまじと顔を見られてカナエも何か気がついたらしく、ぷいっと顔を背けた。
「少し、頭痛がしてな。すぐ治る」
「うん、何かあったら言ってね」
カナエは少しだけ顎を引いてうなずくと、教室へ戻って行った。カグラも後を追って、姿を消した。
ユキはすぐに窓に戻り、屋台を眺め始めた。
「うーん、やっぱりかき氷からかなぁ」
「イチ、ニ、サン、シ……」
体育館でシュトルムと鬼丸がバットで素振りをしていた。
そこへ篠宮がやって来た。今日は授業をせずに祭の準備に駆け回っている。
「暑いね、ここ」
汗だくになっているのは鬼丸達も同じである。
「おう、お前か。花火の打ち上げ場所は決まったか?」
「それなんだけど、エメロードちゃんがプールで見るからって……最初は屋台の並ぶ場所から見えるように考えてたんだけど、今から変更しても良いかな?」
「ああ、どこでもかまわん」
「花火の席をプールの前にしようと思うんだ。それで君らにはプールを挟んで反対側——敷地北側の森の広がっている方ね」
「わかった。シュトルムも良いな?」
「
それから篠宮は「いまさらだけど」と切り出した。
「二人ならバットを使わなくても、スローイングで花火を投げられるんじゃないの?」
「え?」
「いや、火薬を節約する為に、打ち上げを二人にバットで打ち上げてもらおうかと思ってたけど、割れちゃうかなって……」
「えっ?」
「割れると大変だから、いっそ遠投でいけるんじゃないかなぁ」
「ちょっと待て、なぜもっと早くそれに気がつかない?」
鬼丸はバットを鬼の金棒の如く肩に担いだ。明らかに不満顔だ。ここ何日も素振りをして来たのだ。確実にある程度の高さに打ち上げるよう、練習を重ね——。
「一尺玉はちょっと重いけど、イケるよね?」
「お前、まさか導火線に火の付いた花火玉を、投げろと?」
「うん」
「鬼だなお前!!」
鬼丸とシュトルムにボコボコにされた篠宮はヨレヨレになりながら職員室にたどり着き、そこでパタリと倒れた。
「……い、忙しい、のに……」
いくらかクーラーの効いた職員室でひんやりとした床に倒れながら休もうとすると、いきなり戸が開いた。
ツカツカと入ってきたサクラにムギュッと踏まれる。
「うわっ、何をこんなところで寝転んでいる⁈」
「ぐええ……いや、サクラさんに踏まれるなら本望……」
それにサクラに踏まれたところから生気がみなぎって来る。
「ふ、ふふふ……これで夜まで頑張れる」
「気持ち悪いな、お前」
篠宮が立ち上がると、サクラはふわふわしたものを自慢げに見せてきた。
わたあめだ。
それもカラフルで、でっかいやつ。
「どうしたんですか、それ?」
「ふふん。試作品をもらったのだ。なんとこれはな——食べられるのだぞ!」
「……知ってますけど」
「なにっ?お前これが何か知っているのか?」
あせるサクラ。
「わたあめでしょ?」
自慢しようとしていただけに、サクラは恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
「そ、そうか。お前は外の人間だったな。知っていて当たり前の物なのか……」
「でもとてもキレイですね。食べてみましたか?」
「まだだが……」
「じゃあ、食べてみましょうよ。ほら、ぱくっと!」
「こ、こうか?」
サクラはふわふわを形の良い唇でとらえた。口の中に広がる甘さに驚いたのか、それともサッと溶けて行く口当たりに驚いたのか、目を丸くする。
「かーわいい♪」
「う、うるさいッ!」
どかーん!
久々に炸裂する鉄拳に、篠宮は再び床に倒れた。しかしその手は「イイね」の形を取る。
「サクラさんの初めてを見れたから、イイね……」
つづく
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