第120話 闇を払う魔術師よ


 気を抜くと闇に囚われそうな怨嗟の渦——その中心で篠宮は一人膝を抱えて顔を埋めて、ぶつぶつ呟いている。


「篠宮君、顔を上げなさい。生徒の前でそんな空気を出してはいけません」


 はっ!


 篠宮は白井ユキの存在を思い出した。その瞬間、たちまち黒い霧は晴れる。


 そう、まだこの部屋にはミニ着物で生脚なまあしを出してる可憐な女子生徒がいるではないか!


「ふんっ!」


 篠宮は気合を入れると立ち上がる。


「そうです。この学校にはステキな生徒達が沢山いますよ」


 篠宮の周りにパァーッと光があふれる。


「よし!ユキちゃん!一緒に——」


「花火を作ろう」と言おうとした瞬間、校長の英国製のステッキが篠宮のおでこにピタリと当たり、篠宮は動きを止める。まるで猛獣使いの様だ。


「はい、白井君は自分の教室に戻りなさい」


「はあい」


 ユキは素直に返事すると、理科室の外へ出て行った。それを確認すると、校長はステッキを離す。


「——花火を……あれ?」


 目の前にユキの姿がないことに気がつき、篠宮は戸惑う。かたや鴫原校長はステッキを後ろ手にくるりと一回転させ、何事もない様に口髭を整えている。


「さ、篠宮先生。『花火玉』を作りましょうかね」


「???」


 はて、自分は一体何をしていたのかと、篠宮は記憶を探る。ふと、サクラに鼻っ面を指で弾かれた事を思い出して、急に悲しくなった。


「校長ー!サクラさんがッ!」


「やれやれ、そんなに気になりますか?」


「なります!」


「……では、篠宮先生は……コホン、サクラ君にプロポーズでもしたんですか?」


「プロポーズ⁈いや、そんな、まだ、早い……♪」


 プロポーズと聞いて急にテレテレし始めた篠宮を、正直気持ち悪いと思いながら、校長は続けた。


「では、サクラ君がどの様な態度であろうとも、彼女の自由ではありませんか?」


「うっ!」


「大体、篠宮先生は女性であれば誰でも良いという気持ちが——」


「それだけはありません!」


 篠宮は断言した。

 校長は、ほう、とうなずいた。意外であったのだろう。


「全員大好きです!!」


 篠宮の返答に、鴫原校長はステッキを振り上げた。





「くすん……校長先生までツッコミを使うとは」


「真面目にやりなさい。この一尺玉で最後なのでしょう?」


 校長のステッキから出てきたピコピコハンマーに叩かれた上に、篠宮は自分の状況を客観的に見て泣きそうになる。


 サクラさんと『花火玉』を作るつもりだったのに、なんだっておっさん二人と夏の思い出を作らにゃならんのだ。


 篠宮は残りの『粉火薬』と『割薬』を盛大に詰め込んだ。


 夏祭り当日こそ、サクラさんを誘うのだ、と心に誓いながら。




 つづく

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