第119話 絶望の篠宮


「さて、私も行くかな」


 サクラは作業を終えると、そう言った。篠宮は慌ててサクラを引き止める。


「いや、まだ半分残っているじゃないですか。もう少し作りましょうよ」


「いや、まだ鴫原校長も作業するのだろう。残しておかなくてはな」


「そんなこと言わずに、もうちょっとだけ〜」


「……レディでも誘ったらどうだ?」


「ななな、なんで彼女の名前が出てくるんですか⁈」


 冷や汗を流す篠宮の鼻先をサクラはピンッと指で弾くと、「さあな?」と笑って出て行った。


「……そんな……」


 愕然がくぜんとする篠宮の肩にぽんと手が置かれる。左肩にはユキが、右肩にはトキワが、それぞれ手を置いていた。そして優しく声をかけてくる。


「仕方ないですよ」


 ハモってる。


 篠宮は一人絶叫した。


「そんなぁあああ!!」





 鴫原校長がウキウキしながら、英国製のステッキを片手に理科室に入ると、中は校長の心に反して、どんよりとした空気がただよっていた。


「む、これは……なんと禍々まがまかしい瘴気しょうき!」


 よどむ黒い瘴気の渦に向かってステッキを構え、空いている右手で九字くじを切る——その寸前、渦の中心に見覚えのある姿を認める。


「おや、そこに居るのは篠宮君。そしてトキワ君と白井君だね?」


 鴫原校長は構えたステッキを下ろすと、優しく声をかけた。


「あっ!校長先生!」


「良かった、彼を助けて下さい!」


 白井ユキとトキワが彼の元に駆け寄ってくる。一体どうしたのかと、校長が問うと意外な答えが返ってきた。


「サクラ先生に振られたんです!」


「いや、冷たくされたくらいじゃ……」


「鼻っ柱を指でピンッと弾かれて!お前に用はないって感じで!」


「いや、そんな事言ってな……」


「篠宮先生、可哀想です!」


「落ち着いてよ、ユキちゃん」


 白井ユキとトキワが言うには、どうやら部屋の隅で瘴気しょうきの渦を生み出している篠宮が、サクラと何かあったらしい——と、聡明な鴫原校長は推測した。


「ふむ、大体のことはわかりました。私に任せなさい」


 鴫原校長は整った口髭の端をつまんで整えると、一歩踏み出した。



 つづく

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