第40話 花の宴


「騙したわけではないでしょう。このアオバヤマ町は研究機関です。Shinomiya だけが出資してる訳ではないし、立ち上げたのも別の人ですよ」


「でも、親父の掌に乗せられてるのは間違い無いですよね⁈」


「そんな事は……」


「いや、あの親父のことだ。俺を見張る為に……!」


 鴫原校長はおろおろする篠宮に一言言い放った。


「出て行きますか?」


 へ?


 出て行く?


「今ならまだ間に合いますよ。別の学校か会社に就職すれば良い」


「いやいやいや!」


 あんなに魅力的な女性たちを放っておけというのか?


 篠宮は即座に返事した。


「そんな事しません!」


 その返事を聞いて、校長は再びニヤッと笑った。案外この英国紳士は策士であるのかも知れない。


 篠宮如きの若造は、この紳士に踊らされるばかりである。


「さあ、戻りましょうか」


 促されて篠宮は外に出る。


 ガラス越しに見る彼らとはまた違う、陽光の中の景色に少しホッとした。


 風がさあっと強く吹いて、桜の花びらが舞う。


 そうだ、今日は花見だったと、今更思い出す。


 篠宮が初めてこの学校に来た時、桜の木の下にあの女性かたたずんでいたことが鮮やかに蘇り、彼はその姿を宴会の席に探した。


 その女性は酔い潰れて、鬼丸の膝にもたれて眠っていた。


「あっ、あっ、なんでー?」


 なんでそんなおいしい役を取られているのだ。


 篠宮の口惜しそうな悲鳴に、鬼丸が気づくと、彼はサクラを揺すって起こした。それから篠宮を手招きする。


「ずっとお前を待っていたぞ」


「俺を?」


「ほら起きろよ」


 ううーん、とサクラが起き上がる。ぼんやりとした目が篠宮に焦点を結ぶ。


「あっ、お前どこに行っていた⁈」


「わあ、すみません!」


「酒はどこだ?」


「へ?」


 まさか、待っていたのは俺じゃなくて『酒』?


「そんなのないですよ、サクラさん〜」


「ええい、うるさい。どこに隠した」


 逃げる篠宮を追うサクラ。


 呆れたように見送る鬼丸。


「サクラ先生⁈」

「篠宮とやら?」


 口々に驚きの声を上げる生徒たち。


 鴫原校長は微笑みながらその光景を眺めている。


 賑やかな彼らの上に、桜の花びらがゆっくりと舞い落ちていった——。




 つづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る