第38話 エメロードは口説かせない


「ええー、水着ぃ?」


 篠宮の残念そうな声を聞いて、黒羽リリはそのまま彼を押さえ込んで肘で首締めにかかる。


「ぐえッ⁈」


「エメロードに妙なことをしたら許さんぞ」


「しない、しないですぅ」


 しかし首を締められている篠宮はなぜか幸せそうだ。またもや目がハートになっている。


 なんだコイツ?


 つかの間観察して——黒羽リリは篠宮を放り投げた。


「おっ、お前!僕の胸を——」


「違う違う!押さえつけてきたのは君じゃないか」


 篠宮は後頭部から首筋にかけて残る感触を忘れないようにしながら、とりあえず否定する。


 間違ってはいない。決して自分かられに行ったわけではない。


 その時、パシャッと水音がして、ラッシュガードの水着を上半身につけたエメロードが戻ってきた。


「あああ、ロマンとか風情とか……」


 そう言いかけて、こちらを睨んでくる黒羽リリに気づき、篠宮は慌てて口を閉ざした。


 水槽に入っている時点で、篠宮が人魚姫に抱くロマンなぞ無いのも同然であったのだが。


 それでも大きな瞳のエメロードは美しい。


『……先生?』


「はいッ!なんでしょう?」


『先生は、エメロードの事気味悪く無いの?』


 こっ、これが人魚の声!

 その昔人魚の歌声が人々を魅了したとかしないとか、そんな伝説が篠宮の頭をよぎる。


「ききき、気味悪いなんて、これっぽっちも思わないよ!」


 今にも篠宮がエメロードの手を取って口説きそうだったので、黒羽リリがまたもや襟首を掴む。


「そーこーまーでー!もう出てってくれよ!」


 ポイと部屋の外へ放り出される。ついでに校長も追い出された。




 つづく

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