いぬ
「おはよう、行ってきます」
家では3匹、いぬを飼っている。毎朝学校へ行く時に、犬小屋で寝ているいぬ達に挨拶するのが日課になっていた。寝ていたり起きていたり。日によって反応はまちまちだ。
彼らとの付き合いは結構長い。一番最初に飼ったのはテツオ。小学4年生の時に公園のベンチで俯いているテツオに出会った。家も無く、困った様子だったから思わず家に連れて帰ってしまった。両親に気付かれず…、とそんなうまくいく筈もなく、その日のうちに見つかってしまい、人生で一番ではないかというくらい怒られたことは今となっては良い思い出だ。
二番目はミルク。最初は反対していたお父さんが、テツオの世話をするうちに動物が好きになってしまったらしく、新しくお店で買ってきたのがミルクだ。テツオを飼い始めてからそんなに日が経ってないのに、誰にも相談せず迎えてしまったのでお母さんにめちゃくちゃ怒られていた。2、3ヶ月の間に2回も死ぬほど怒る羽目になったお母さん。それ以降、私もお父さんもお母さんには頭があがらない。
最後はトオル。この子も私が拾ってきた。テツオの時と違うのは、ちゃんとお母さんに相談してから飼い始めたことだ。私も成長している。トオルはまだうちに来てから2年しか経っていない。けど、他の子よりも慣れるのが早くて、何よりとても賢かった。一番躾に手が掛からなかったのはトオルだろうな。
かく言う私は高校2年。いぬの事をぼーっと考えながら歩いているうちに学校に着くのはいつもの事だ。今日も教室の席に着き、校庭を眺めながらHRが始まるのを待っている。
「おはよう!」
「おはよう」
彼女は凛。中学からの同級生で、彼女も付き合いが長い。
「昨日テレビ出てたね。可愛かったよ」
「見てくれたの!?ありがとう!もっと褒めてくれてもいいんだよ!」
凛はアイドルをやっている。昔から可愛くて有名で、オーディションに合格したと聞いた時は納得しかなかった。
「奈々瀬~!敦子が昨日の番組見てくれたって!」
「ありがとう。良かったら今度ライブにも来てね」
今反応したのは奈々瀬。彼女もアイドルで凛と同じグループに所属してる。かわいいと言うより美人なタイプだ。
「行きたいけど、チケットなかなか取れないんでしょ?」
「友達は関係者席にご招待~」
「敦子なら大歓迎だよ」
「ありがとう。そしたらライブの日程今度教えてね」
話している内にHRは始まった。
つまらない先生の話。聴き流していると、先生が変わった。それを繰り返す事数回。お昼休みだ。お弁当はお母さんがいつも作ってくれる。バランスが取れていてカラフル。素直に尊敬する。私は料理が得意でないので余計にだ。
「一緒に食べよ~」
「私も良いかな」
「良いよ。机くっつけよっか」
お昼は三人で食べることが多い。二人が仕事で休みの時は一人で食べている。
「いつ見ても敦子のお弁当、美味しそうだよね~」
「お母さん、料理上手だから。二人は自分で作ってるの?」
「私はたまにかな。大体奈々瀬が作ってくれる」
「大変だね…奈々瀬…」
「私はその分掃除とか頑張ってるから!」
たわいのない話。二人には気を遣わなくてすむ。適当に話しても楽しい。こういうのが良いんだよな。
「それに毎日自炊するの大変なんだよ!」
「私はあんまり気にならないかな」
「奈々瀬は偉いね」
「私も褒めてよ!」
凛は犬っぽい。ふとそう思うと、家のいぬ達が頭に浮かんだ。早く家に帰っていぬと遊びたいな。
「そういえばさ、敦子。先週休んだ時の分、ノート見してくれない?」
「迷惑じゃなかったら私も良いかな?」
先週二人は一日休んでいた。何かの番組の収録と言ってた気がする。
「何冊か家だと思うわ」
「じゃあに明日にでもお願いします!」
「何なら今日家来る?」
「お!久しぶりの敦子邸!行きたい!」
「良いよ。奈々瀬も来るでしょ?」
「良いの?」
「全然良いよ。それにそっちの方が楽だし」
ノリで遊ぶことになった。こういうの、結構好きだ。
家は学校から近い。二人の寮はちょっと遠いみたいだ。毎朝電車に乗って通学しているらしい。事務所やレッスンを良くやる場所からは近いみたいだけど。
「敦子邸、いつぶりかな?」
「凛が前来たの、2年生になったばっかの頃だったと思う」
「だいぶ前だね~。奈々瀬は?」
「初めてだよ」
「あれ、そうなの!?結構遊んでるから何回か行ったことあるのかと思ってた」
「仲良くなったの2年生になってからだし、仕事が忙しくて放課後遊びに行くとかあんまりなかったから…」
「それもそうだね」
あれこれ喋っているうちに家に着いた。門を入るといぬが庭を駆けていた。「ただいま」と声を掛け、そのまま玄関に向かう。
「ねえ、あれ、何?」
声の方を向くと、奈々瀬がいぬ達を指差しながら困惑した表情で固まっていた。
「何っていぬだよ?もしかしていぬ苦手だった?」
「え…犬?」
返答に納得してないどころかますます困惑している様子だ。
「あー!はいはい!そういうことね!奈々瀬、そういえば犬アレルギーだったよね!」
急な大声に驚いた。奈々瀬もびっくりしたみたいだ。
「そうなの?ごめん先に言っておけば良かったね。家の中は毎日家政婦さんが掃除してくれてるし、奈々瀬がいる間は家に入れないようにしておくからたぶん大丈夫だと思うけど、辛かったら言ってね」
奈々瀬は固まったまま、視線を私と凛の間を往復させ、キョロキョロしている。
「とりあえず入ろっか!」
凛は私と奈々瀬の腕を掴むと、玄関の中に引き入れた。ここは私の家なんだけど。
二人をリビングに案内し、自室にノートを取りに戻った。自室の窓から庭が見える。相変わらずいぬ達は遊んでいた。そういえばリビングからも見えたっけ、庭。奈々瀬は大丈夫だろうか。
リビングに戻ると、奈々瀬はいぬ達を凝視していた。やっぱり気になるだろうか。凛は気にしてない様子だった。
「おまたせ。これ」
「ありがとう!」
「ありがとう」
「いぬ、やっぱり気になる?」
「いや、大丈夫だよ。慣れないだけだから。ありがとう」
「いや〜それにしても大きくなったね〜。今何歳?」
「人間だとテツオが50歳で、ミルクが20歳、トオルは30歳とかかな」
「子供はいないんだっけ?」
「病気が怖いからみんな去勢させちゃったんだよね…」
「そっか…」
「それにこれ以上増えたらお母さん、大変なことになっちゃう」
「それもそうだね」
奈々瀬はやっぱり気になるようだった。終始どこか上の空な様子で、会話にもあまり参加せず、時より庭を眺めていた。悪い事したな。
「今日はありがとね!」
「こちらこそわざわざありがとう。奈々瀬ごめんね。もう少し気使えば良かった」
「いや、謝らないで。こっちこそせっかく誘ってくれたのに変な感じでごめんね。良かったら今度は寮にも来て」
「それいいね〜。次は私が料理ができる事を証明してみせよう」
「まだ気にしてたんだ。まあ楽しみにしてるよ。それじゃあまた学校で」
「またね!」
「またね」
玄関の扉を閉めた。良かった。私もちょっと気にし過ぎてたみたいだ。
リビングに戻り庭を見ると、いぬ達は遊び足りない様子だった。散歩に連れてくか。リードや諸々を準備して、庭に出た。
「凛。あれ、一体どういう事なの?」
「ごめん。説明しておけば良かったね…私も慣れちゃってて…」
「どうやったら慣れるの…?あれ、犬じゃなくて人間だったよ…」
地底 ロバート品川 @curebob
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。地底の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます