第23話 咲と校内デート
「もし時間あるなら話したいんだけど……」
珍しく放課後教室に残っている咲にシュウが話しかける。
彼女の胸を鷲掴んでしまってかれこれ一週間。あんなことをしでかしたあとでは咲の部屋まで行く勇気などもてず、二人が会話するのは中庭以来、今日が二度目だ。
「……うん」
咲の返事に胸を撫で下ろす。
シュウにとって中庭での出来事は、始まってもいない彼女との関係が終わっていてもおかしくはない事件だったのだ。
愛名とサラに続く三人目の許嫁と廊下を並んで歩きながら、最悪のファーストコンタクトでできてしまったぎこちなさを埋めていく。
「話しかけるの遅くなってごめんな……。咲が許嫁だって――」
なんとなく、次に言おうとした”知らなかった”の言葉を飲み込むと、
「ん? 私が何?」
咲の頭上に大きなハテナが見える。これは”なんでもない”では言い逃れできないかもしれない。
「あー……その、信じられなかったっていうか……」
「そうなんだ」
「前の学校でも咲と付き合いたいって言ってるヤツ多かったし」
これはごまかすための嘘ではなく、れっきとした事実だ。
「あはは。けどよかった。私、キミの好みから外れちゃってるから話しかけられないんだって思ってたもん」
「そんなことねぇよ」
「うん……。私、平日の午後も土日も学園の外で練習ばっかりだったし、キミが話しかける時間なんてなかったよね。大会前の今は、遅い時間しか自由時間ないぐらいだし」
「時間できたら夜でもいいから声かけてくれよ。咲が俺と話したいなら……だけど」
「ならがんばって時間作ろうかな」
「無理しなくていいって」
「今は無理したい気分なんだ」
「……」
咲の気持ちは嬉しかったが、シュウは複雑な気分だ。
(無理矢理時間奪ってるみたいで、申し訳ないな……)
世界での活躍が約束されている咲の貴重な時間。それを奪っている罪悪感がことさら大きいのは、テニスが体力を消耗するスポーツであることと、積極的に時間を差し出してくれる愛名やサラと違い、咲はシュウとの関係に受け身な傾向があるせいだろう。
咲の希望で、二人は演劇場脇にある二年生専用の準備室に足を運んでいた。
夏休み半ばに行われる演劇祭まで二カ月を切り、大道具や小道具の準備は六月下旬の現在、八割ほどの進捗状況だ。
歴史ある百合園学園演劇祭は一学年で一つの演目を行い、二年生の今年の演目は白雪姫に決定している。
主要の配役は学年ごとの投票で選ばれ、先週その結果が出たのだが、白雪姫役が愛名なのはいいとして、今月転校して来たばかりの自分が、まさか全員の票を集めて王子役に決まってしまうとは。
『王子様はあまり出番が多くないから平気よ』
と愛名がフォローで言ってくれたが、正体を隠しつつ演技までしなければならないのだからたまったものではない。
「私も演劇祭参加したかったなぁ」
咲が豪華な衣装を眺めつつ、ため息交じりに呟いた。
大会やコンクールなどが近い生徒は当然そちらが優先で、演劇祭に参加できない生徒は、学年全体の三分の一程度、20人に及ぶ。
一般的な少女と同様、咲も華美なドレスを身に着けたい願望があるのだろう。
「俺と代わってほしいわ……」
「シュウ君と愛名が主役だから、二年生の人気すごいんだよ」
学園のなかでも一・二を争う美貌の愛名だが、昨年は仕事で参加できなかったらしく、今回が初参加となる。
その相手役が、長身で美青年といっても差し支えのない風貌のシュウなのだから、生徒たちが寄せる期待たるや、過去最高かもしれない。
「ね、”キミ”の着てる服が、そのまま”シュウ君”の服になるんだから、王子様の衣装も作ってるはずだよね?」
どうやら整然と並んだ大量のドレスのなかに、王子役の衣装を見つけられなかったようだ。
「服のサイズでバレるかもしれねぇから、違う場所に保管してるって言ってた」
学園での生活は、こういった場面でも出向組によって万全にサポートされている。
「……眼鏡の性能に詳しいんだな」
「うん。高遠研究所が入学前に送ってくれた書類に、そういうことも載ってたから。――あ、イラストでだったら見れるかも」
咲が棚にあった”白雪姫”とラベリングされている、デザイン画のファイルを開く。
ほとんどが華やかで色美しいドレスのなかで、後方にファイリングされていた王子役の衣装は、詰襟で、ボタンが胸の両サイドに付いている漆黒の上着に、銀色の飾緒と肩章、小豆色の大綬と腕章に、数個の勲章が付いているものであった。
「シュウ君がこの衣装着て舞台に立ったら、失神する子とか出ちゃいそう」
「失神って……おおげさだよ」
「そうかな? だってほら、キスシーンもあるし」
「――……キス!?」
「えっ!? 知らないの?」
「……初めて聞いた……」
シュウがうなだれる。
恋愛に夢見る令嬢たちの息抜きでもある演劇祭。その演目には必ずキスが盛り込まれ、寸止めではなく実際に行う――というのが暗黙の了解になっていた。そしてなお悪いことに、キスシーンの出来が採点に大きく影響するらしい。
「愛名から聞いてなかったんだね」
「あぁ……。そろそろ稽古始まるから前倒しで仕事してるみたいで、全然会ってねぇんだよ」
「……色々不安だと思うけど……みんなでシュウ君のサポートするから、頼りにしてね」
「……ありがとな」
咲の優しさに不安が解けていく。
「ううん……」
シュウのほほ笑みに”宗四郎”が透けて見えたのか、咲は照れくさそうだ。
「あ……悪いんだけど、ちょっと部屋戻って来ていいか? 眼鏡外さねぇと」
時計を見ると、タイムリミットの八時間までは30分を切っていた。
「そっか、時間制限あるんだもんね」
「……咲も一緒にくる?」
ドアノブに手をかけていた咲がゆっくりとシュウに向き直る。
そして「う……うん」と誘いに応じ、再びドアのほうを向こうとしたとき――。
ガチャッ――
「きゃっ……!」
突然勢いよく開いた両面開きのドアに、咲の身体が後ろへと押しやられた。
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