第21話 お見舞いに来たサラとランチ
平熱に戻った宗四郎がバスタイムを終えてリビングに戻ると、麻璃亜から「お部屋の清掃とリネン類の交換をさせていただきました。のちほど、お二人分のご昼食をお持ちいたします」との報告を受ける。
「俺と一緒に食べてくれるの? 麻璃亜さん」
それはメイドをぞんざいにあしらわず、一人の女性として扱う宗四郎らしい勘違いであったが、その優しさは、皮肉なことにかえって麻璃亜を苦しめたらしく、さも寂しげに床へ視線を落とした。
「いえ……
「そっか」
「それでは、今しばらくお待ちくださいませ」
そう言ってうやうやしく麻璃亜が退室した数分後。サラがシュウの部屋を訪ねてくる。
「おはようございますシュウ様。お身体のお具合はいかがでしょうか?」
「おはよ。お陰で俺は平気だけど……サラは?」
「は、はい……私も平気です」
「よかった」
サラを部屋に招き入れ、ドアを閉めてから眼鏡を外すと、彼女の頬が、あからさまに紅潮していく。
思うに、かき上げた髪がまだ濡れていたせいで、珍しく宗四郎の顔が露わになっていたことが、その理由のひとつであろう。
なおかつお嬢様のサラにとって、半袖のシャツから伸びる男らしい筋肉質な腕や、ジャージをだぶつかせて腰で履く姿は、さぞ刺激的で、宗四郎が自分と正反対の存在であることを、実感させる代物であったはずだ。
自分が”守られる”ために生まれてきたならば、宗四郎は”守る”ために生まれ、頼もしく成長していく存在なのだ――と。
「ごめん」
サラの赤面理由が、単純に部屋着を着ているせいだと思った宗四郎は、慌ててウォークインクローゼットに向かい、着替えて戻ると、ソファーに座る彼女の隣に腰を下ろした。
「昼食なんだけど、あとでサラのも持って来てくれるみたいだから、一緒に食べてかないか?」
「喜んでご一緒させていただきます」
「……熱、ホントにないのか?」
依然としてサラの頬は赤みを帯びていて、心配になった宗四郎が、彼女の額に触れると……。
「……宗四郎様に触れられると、不思議な感じがいたします……」
「……」
うっとりとした瞳にドキドキしつつ、なぜか焦りに襲われる。
「あ、あの……許嫁の皆様方には、もうお会いになられましたか?」
気恥ずかしい空気にいたたまれなくなったのか、サラが話題を変えた。
「あぁ……愛名と咲には。って言っても、咲とはあんまり話せてねぇけど」
「咲は恋愛に関して奥手だと言っていましたから、宗四郎様のほうからお声をかけてあげてください」
「……咲と知り合いなのか?」
「学園に入学する数年前から、高遠家の方が、許嫁候補の交流会を定期的に開いてくださったお陰で、彼女は私の大切な友人です」
許嫁候補になれるのは、心から他人の幸せを祝福できる、清らかな心の持ち主だけで、自分が優位に立つために、他人を蹴落とすような者が選ばれるなど、天地がひっくり返ろうともありえないだろう。
「じゃあ……愛名から俺のこと聞いたりしてた……のか?」
「いえ。許嫁の私たちは、どんな手段であれ、宗四郎様のことについて相談し合うのを、極力控えるように言われているんです。……いつ、どこで、誰がお聞きになっているかわかりませんから」
宗四郎の正体が漏れる可能性を排除するためとはいえ、サラのような年頃の少女にとって、そのお達しは相当もどかしいことであるはずだ。
……それから30分ほど会話をして12時になると、備え付けの四人掛けダイニングテーブルに、麻璃亜が昼食をセッティングし始めた。
宗四郎は好物の和食で、今日は鯛の煮つけに小鉢が三つと、椀ものと主食。サラはフレンチで、白いプレートに彩りよく、テリーヌやグリル野菜など多種多様な料理が少量ずつ盛り付けられている。
サラと向かい合って座ると、期待を裏切らない彼女の美しい姿勢と所作に、つい魅入ってしまう。
愛名もそうであったが、マナー、言葉遣い、仕草、流行を追いすぎない洗練されたファッションなど、彼女たちはまさに細胞の一片までプリンセスであった。
今日のサラはハイウエストの膝丈スカートに、肩が大きく開き、袖口がキャンディースリーブになっているブラウスを身に着けており、白くほっそりとした肩と鎖骨を長いミルクティー色の髪が隠しているのだが、動くたびに髪の隙間から女性らしいラインが垣間見えて、言いようのない気持ちが湧いてくる。
「あの……それほど……見られてますと……」
サラは恥ずかしそうにナプキンで口元をおさえた。
「ご、ごめん。なんていうか、見慣れない光景すぎて……」
サラが許嫁候補である限り、この光景が日常になる可能性は高い。
「……でしたら、またぜひ、お食事にお誘いしてください」
「うん」
「できればお食事だけではなく、デートにも……」
「……う、うん」
給仕のために部屋にとどまっていた麻璃亜は、きっと宗四郎とサラの初々しい手探りのやりとりにはらはらしつつ、もどかしさと甘酸っぱい気持ちで見守り続けたに違いない。
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