第18話 高遠麻璃亜(メイド)

 宗四郎がひどく懐かしい夢から目覚めたのは、午後10時だった。

 身を起こすと、椅子に腰かけ、ベッドに上半身を横たえて眠っているサラが目に入る。

 淡いピンク色のブラウスに、白いフレアスカート姿の彼女は、意識がないときでさえ高貴で麗しい。

 部屋の明かりはついていなかったが、サラのふわふわの髪が月明りに照らされて輝いており、宗四郎がそっと何度か撫でると、長い睫毛の下から美しいスカイブルーの瞳が現れた。

「……宗四郎様」

 サラが上半身を起こす。

「ごめんな、疲れただろ」

「お気になさらないでください。……お加減はいかがですか?」

「大分よくなったよ。さっきは気がついたら廊下に倒れてたけど……」

「だ……誰にも見られずに済んで、本当によかったです……」

 廊下での出来事がフラッシュバックしたのか、サラはうつむいてしまう。

「駆けつけてくださったメイドの方が、発熱は疲労とストレスによるものでしょう……と」

 高遠家から出向している三人のメイドは、医師免許をもつ25歳前後の遠縁の女性たちで、今回のように体調を崩したときでも安心して頼れる存在だ。

「それとフルーツを置いていかれてましたので、ただいまお出しいたします」

 部屋の明かりをつけたサラが、備え付けの冷蔵庫から、飲み物と豪華なフルーツの盛り合わせを取り出し、脚の付いたトレイに乗せて宗四郎の前に置いた。

「ありがとう」

 関節痛のせいで、フォークを手に取る動きがぎこちない。

「ご自分だけで召し上がれそうですか……?」

 きっとサラはなんとなく尋ねてしまっただけで、その言葉に”無理でしたら食べさせてあげましょうか?”――という意味などないのだろう。

 宗四郎も別に、サラに手ずから食べさせてもらうことを期待した訳ではなかったのだが、思わず彼女を見つめてしまう。

 そしてサラはやっと自分の言ったことが、誤解を招く発言だったと理解したらしく、

「あ、あの……お食事をお持ちいただけるよう、お手配いたします」

 頬を桃色に染めて、そそくさと立ち上がると、寮のフロントやメイドを呼び出すためのものとして、各部屋に備え付けられている内線専用電話に向かった。

(そんなつもりで見てたんじゃないけど……悪いことしたな)

 反省しながらフルーツを口に運ぶ。

「すぐにお持ちくださるそうです」

 寮とメイド住居棟は、連絡通路で簡単に行き来できるようになっているため、メイドは素早くマスターのもとへ馳せ参じることができるのだ。

「私は失礼いたします。どうぞお大事になさってください」

 ベッドから下りて、帰ろうとするサラを追う。

「今日ホントにごめんな……。なんかお詫びとかできたらいいんだけど」

 そう言いながら頭をかく宗四郎に、サラは意外な要求を口にした。

「で……でしたら……ハグ、していただいてもよろしいですか?」

「――……いいけど……俺すげー汗かいたし……」

「構いません」

「そ、そっか……じゃあ」

 きゅ……♡

 こわれものを扱うようにサラをハグする宗四郎に、照れがあまりないのは、最近頻繁に愛名と挨拶ハグしているせいだ。

「あ……ありがとうございました……おやすみなさいませ」

「……おやすみ」

 サラを見送ったあと、一旦はベッドに戻った宗四郎だったが、彼女の顔がやけに赤かったことが気になり落ち着けず、眼鏡をかけて部屋を出る。……とすぐに、エレベーターに向かう廊下で、しゃがみ込むサラを見つけた。

「サラ、大丈夫か?」 

「シュウ様……どうして」

 振り向いたサラの頬は赤く、目も潤んでいた。

「なんとなく心配になって」

 恋愛感情には鈍感なくせに、体調不良には気がつくのだから、那奈がシュウに『普通に接しているだけで好きになってもらえる』と言う訳である。

「ど、どうか私には構わずに、お戻りになってください」

 きっとシュウの匂いや優しい声の響きさえも、快感となってサラを追い詰めるのだろう。

「……サラのメイド呼んでくるから、少し待っててくれよ」

 サラの拒絶を感じ、シュウが立ち上がったとき……。


「お加減がよろしくないというのに、このような所で何をなさってらっしゃるのですか?」

 

「げ……」

 声のほうへ顔を向けると、メイドの一人・高遠麻璃亜まりあが、食事を乗せたトレイを手にこちらへ向かって来ていた。

 分家の末端に至るまで遺伝子が優れている高遠家。麻璃亜も、それを証明するかのような美貌の持ち主だ。

「何度でも申し上げますが、もっとご自分のお身体をお大事になさってくださいませ」

 心配ゆえか、メイドであっても口調は厳しい。

「今はそれどころじゃないっていうか……」

「……サラ・レイハントン伯爵令嬢が、どうかなさいましたか?」

 しゃがみ込むサラを目にしても、麻璃亜の態度に変化はない。

「……麻璃亜さん、悪いんだけど、サラのこと部屋まで送ってやってくれねぇかな」

「はぁ……。やはりシュウ様には、最初からわたくしが付き添うべきでございました。これ以上、体調が優れないシュウ様を放っておくなど――」

「一回だけ添い寝しに来ても許すから」

 シュウの出した交換条件に、

「伯爵令嬢のことは、私にお任せください」

 麻璃亜は見事な即答をした。

「それでは恐縮でございますが、こちらをお持ちになって、お先にお戻りいただけますか」

「あぁ、うん」

 麻璃亜からトレーを受け取ったシュウは、後ろ髪を引かれる思いで部屋へと引き返した。

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