第13話 愛名とランチ

 逃げるタイミングを逸してしまったシュウは、一人戦々恐々としていた。

 なぜなら昼休みのベルが鳴った途端、シュウのもとにはランチをともにしようと10人近いクラスメイトが集まり、それから約30秒後にはほかのクラスの生徒も加わって、教室内は大混雑となったからだ。

 わかっていたことだが、姉たちに似ているこの外見は大人気で、やっぱり迷惑なクソ姉たちだと再認識する。


「シュウ様、よろしければ今日、ランチをご一緒いたしませんか?」

「私もご一緒させてください」


 転校初日の昨日は疲労を理由に断ったが、今日は愛名との約束がある。

「ごめん、今日は先約あるから……」

 シュウのこの発言は、伝言ゲームの要領で二年生たちの耳に届き、先約の相手を見届けようと、さらに多数の生徒が教室内や廊下で待機を始めてしまう。

 いっそ教室から逃げ出してしまいたいが、こう取り囲まれては、何かの拍子に触れられてしまうかもしれない。

(この恐怖が卒業まで続くんだから……ホント地獄だな)

 見通しが甘かった訳ではない。想像を遥かに越えすぎていただけだ。

 節度をわきまえている令嬢たちが、故意に触れてくることはほとんどない……と、昨日の早い段階で気がつけたものの、イレギュラーはどこにでも発生するものだ。

 春がこの状況の発生を予測していながら、自分たちをモデルにした理由は、”宗四郎と”シュウ”の外見を似せておけば、例え”宗四郎”の姿を見られても勘違いで済む可能性が高いこと。そしてモデリングは実際のモデルがいたほうが、キャラクターデザインや立体情報が簡単に得られるといった、制作側の事情からだろう。

 少したって、愛名がシュウのクラスへやって来た。

「待たせてごめんなさい、シュウくん」

 一斉に視線が集まるも、当人は注目されることに慣れているのか、まったく気にしていない様子だ。

 恐る恐るシュウが席を立つと、良識ある観客は主役たちに道を開けた。


「なんてお似合いのお二人なんでしょう……♡」

「サラさんとも絵になっておりましたけれど、愛名さんもお綺麗でいらっしゃいますものね」

演劇祭でシュウ様・・・・・・・・王子姿・・・・を目にしたら、私死んでしまいそう……」


 何やら不吉なキーワードが外野から聞こえてくるが、シュウは聞かなかったことにして歩を早めた。


 午後から課外レッスンのある生徒に限っては外食も許可されているが、大半の生徒が一日三度集う学園のダイニングホールは、尖塔交差ヴォールトと、花を模したステンドグラスの美しい、教会のような造りになっていた。

 天井から下がる、ラグジュアリーブランドの豪奢なクリスタルシャンデリア。

 マホガニー材のアンティークダイニングテーブルには、シルク刺繍がほどこされた純白のテーブルクロスがかけられ、その上には長い間丁寧に手入れされ続けてきた、銀製品の洋食器とカトラリーが神経質にセッティングされている。

 黒のロングワンピースに、白いフリルのついたエプロン姿のウェイトレスが給仕し、生演奏の室内音楽が響くなか、麗しいお嬢様たちは優雅に食事の時間を楽しむ。

 ただの学食もこれだけ壮観な風景にしてしまうのだから、学園の資金は潤沢なようだ。

 そして女性料理人が作る料理は、味、見た目、栄養、カロリー、そのどれをとっても完璧で、和・洋・中のコースからメイン料理を選ぶ形式となっている。

 本日、愛名とシュウは和食をチョイスし、メインを魚でオーダーしていた。

「本当に、学園の衣食住は完璧ね」

「あとはここが女子高じゃなかったらな」

「もし共学だったら、どうだったのかしら」

「お前の周りにはいつも取り巻きの男がいて、俺は一歩も近づけないと思う」

「なら、私のほうからシュウくんに会いに行くわ」

「そんなことされたら殺されそうだな……」

「ふふっ、シュウくんだって昨日転校して来たばかりなのに、もうすっかり人気者なのね」

「俺の見た目は那奈と春がモデルだからな」

 二人の会話は登校時以上にスムーズで、食事も先付け・椀物・焼き魚・煮物――と絶品な料理が続く。

 シュウはふと何度か、食べ慣れた萌の料理を恋しく思う瞬間もあったが。

「今は乗馬の練習と仕事で忙しいから、シュウくんとの時間をつくるのが難しいの」

「モデル……やってるんだっけ」

「えぇ。古くからの付き合いのあるところは、どうしても断れなくて」

 愛名が英国老舗ハイブランドの広告塔になってからというもの、売り上げが激増し、反響も大きいためにやめさせてもらえないらしい。

「……シュウくんの部屋に、私も住めたらいいのに」

「――!? いきなり何言いだすんだよ」

 愛名の突然の呟きに、喉に食べ物が詰まりそうになる。

「ずっと私と一緒なのは嫌?」

 大げさに作ってみせた寂し気な表情が、尋常でなくかわいい。

「そういう問題じゃない……」

「せっかくシュウくんが来てくれたのに、一緒にいられないなんて、もどかしすぎる」

 先ほどとは違い、愛名の表情には心からの寂しさがにじんでいた。

「……そんなに焦らなくても、俺はここから逃げねぇよ……」

「……そうね」

 美しい顔に笑顔が戻る。

 これほど短い言葉で、彼女の気持ちを復活させることができるのは、きっとシュウだけだ。


 食後二人はテラスに移動し、ウェイトレスに運んで来てもらったアールグレイの芳香を堪能していた。和食派のシュウはもっぱら緑茶だったため、ベルガモットの香りは久しぶりだ。

 しかし愛名の希望でベンチに腰かけたはいいが、太ももがぴったりくっつくほど近くに座られ、ドキドキして会話もままならない。

「あのさ……もう少し離れて――」とシュウが言いかけたとき。


 ビュウゥゥ――――!!


「きゃ――……!」

 突然の強風が愛名のロングヘアーやスカートを巻き上げた。

「大丈夫か?」

 風が静まってから愛名に目を向けると、色とりどりの花や花びらが、彼女の乱れた髪の毛に絡まっている。

 それでも彼女の美しさは、少しも損なわれていなかった。

「やだ……恥ずかしい……」

 艶のある髪を愛名が手櫛で整えると、花と花びらが髪から滑り落ちていき、傍目にはそれが、花を生み出す魔法のように見える。

「全部落ちたかしら?」

「まだ耳の後ろに残ってる」

 シュウが手を伸ばし、髪の奥に入り込んだ白い花に手をかける。

「あ……んっ……」

「――!?」

 愛名の声に驚き、シュウはすぐに手を引っ込めた。

「ごめんなさい……。耳に当たったシュウくんの手がくすぐったくて……」

 頬を赤くしてうつむく愛名だったが、シュウも大概恥ずかしい。

「俺もごめん……」

 今度は耳に触れないよう気をつけて、髪に絡まる花を取ってやった。

「ありがとう」

「いいよ。……そろそろ戻ろうか」

「そうね」

 ……昼食後、各自寮に戻って歯磨きを済ませると、通常の高校より少し遅めの午後の授業が始まる。

 シュウは授業中も愛名の香りや声が離れず、まるで彼女が隣にいるような感覚に何度も陥った。

 それにどこか懐かしさを感じるのは……多分、同じ英国生まれだからだ。

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