第7話 夜が明けて
翌朝、宗四郎がロードバイクのランから戻ると、朝食が食卓に並んでいた。
「おかえりなさい」
そう挨拶する萌に少し引っかかるものを感じながら、宗四郎は会話を続けた。
「ただいま。……昨日は怖い夢とか見なかったか?」
「だ、大丈夫……! ……その――ベッドまで、は、運んでくれて……ありがとう」
あまりにぎくしゃくした萌の態度に、昨夜彼女を抱きしめてしまったことを思い出す。
「あれは落ち着かせようと思って――……ってかベッドに運んだあとも何もしてねぇから!」
「ち、違うの! 責めてるんじゃ……なくて……。……宗四郎じゃなかったら、こんなに動揺してない……」
「……?」
困惑顔の宗四郎を目にして萌は、”このまま言い淀んでいては、彼にさらなる勘違いをさせてしまう”――と思ったに違いない。そしてその恐怖は、彼女の背中を押したようだ。
「わ、私にとって宗四郎は……ずっとずっと大好きで、大事な人だからっ……」
「――……」
幼なじみからの告白を、宗四郎が理解するまでの約30秒間。二人の間には沈黙が続いた。
「期待裏切って、ごめんな……。サッカーやってる俺を、一番応援してくれてたのは萌だから、もっと応えてやれたらよかったんだけど……。俺はもう大丈夫だから、無理して気ぃ遣うなよ」
宗四郎の、優しくも心臓に槍を刺すが如く言葉で、萌は自分が誰よりも、今の宗四郎を受け入れることができず、無意識に哀れみの目を向けてしまっていたことに気がついたのだろう。その瞳から大粒の涙が落ちた。
「も――……萌!?」
「謝らなきゃいけないのは……私なの……ごめんね、ごめんなさい……」
そう言ってリビングを出て行ってしまった萌。残された宗四郎は、言葉の真意を理解しようとしたが、彼女を泣かせてしまった罪悪感が思考を妨げる。
諦めて追いかけようとしたとき、
「あんたって本当に馬鹿ね」
突然部屋へと入って来た那奈に罵倒される。
今日の姉は紺色のサマーウールジャケットとタイスカート。そして黒地に白く小さなドット模様が入ったリボンタイブラウスといった装いであった。
「話……聞いてたのか?」
「玄関で萌ちゃんとすれ違ったのよ。まったく……あんなに優しい子を泣かせるなんて」
「悪いことしたって思ってるよ……」
「……とりあえず今日明日は転校の手続きやらで忙しいんだから、さっさと準備しなさい」
「その前に謝りに行ってくる」
「萌ちゃんが泣いてた理由もわからないくせに?」
「だからってこのままほっとけるかよ」
「私がフォローしておくわ」
「――なんでお前が……」
一瞬予想外な申し出に思えたが、那奈は昔から萌に甘かったことを思い出す。
『はじめまして萌ちゃん。あなたのことは母からよく聞いていたけれど、本当になんてかわいいのかしら。……よかったらこれからも宗四郎と仲よくしてやってね』
萌に初めてかけた那奈の言葉を、宗四郎は今でも記憶している。萌が自分と一緒にいるのは、この約束を忠実に守っているからだ――と思い込んで。
「……萌が謝ることなんてないって、伝えといてくれ……」
「わかったからしばらく萌ちゃんのことは忘れなさい。高遠家が理事の学園とはいえ、バレたら面倒なことになるんだから凡ミスなんて許さないわよ」
「……あぁ」
――謝らなきゃいけないのは、私なの……ごめんね、ごめんなさい――
萌の涙の原因がわからないことが、宗四郎はもどかしかった。
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