第6話 密着イベント

 最後になる二人での夕食は、宗四郎にとっては穏やかな時間であった。

「今日までありがとな。萌のご飯が一番好きだし、おいしいよ」

「……ありがとう。……もう一緒に食べられないなんて、寂しいな……」

 こんな萌の言葉すら、宗四郎は”家族との縁が薄い幼なじみへの同情から生じたもの”と受け取り、「俺もだよ」と軽く返した。

 萌が夕食の片づけを終えた、午後六時半。

 少し前から降りだした雨は、今やバケツをひっくり返したような雨量にまで達し、風も木々をしならせるほど強くなっていた。これでは宗四郎のマンションから200mほどの距離にある、戸隠家に行くのも危険そうだ。

 宗四郎がマンション内の24時間開放しているゴミ集積所から戻ると、萌が玄関で待っていた。

「どうかしたのか?」

「ママがね、宗四郎と話したいって……」

「あぁ、うん」

 萌からスマートフォンを受け取り応答すると、ゆったりとした優しい声がスピーカーから聞こえてくる。

「こんばんわ、宗四郎君」

 モナコ王室の血を引くアリスは、高潔で愛らしく穏やかな女性なのだが……。

「こんな雨と風じゃ車でも危ないだろうし……第一特別な日に迎えをやるなんて、余計なお世話だと思ったものだから……」

 実業家の両親が蝶よ花よと育てたのかふわふわしたマイペースな話し方で、宗四郎には話の内容がちんぷんかんぷんだ。

「あー……その、すみません。こんな天気になるって知ってたら、萌には来てもらってなかったんですけど」

 宗四郎も転校の手続きやらに忙殺されて天気予報は見ておらず、また自宅マンションも防音性が高いことから、天候悪化を知ったのは、もう手遅れになってからだった。

「あら……じゃあ、宗四郎君が知らなかったことに感謝しなくちゃ」

「……?」

「それでね、明日は土曜で学校はお休みだし……よかったら萌を泊めてやってくれないかしら?」

「あぁ……はい。わかりました」

「よかった。転校先で落ち着いたら、またおうちにも遊びに来てね。じゃあ、応援してるわ♡」

(……応援。転校先で頑張れってことかな)

 最後の言葉を都合よく解釈し、萌にスマートフォンを返す。

「こんな天気だし、今日はここに泊まってろってさ」

「え……!?」

「着替えとかは那奈が置いといてくれてるのあるから」

 その一式が、まさか那奈の用意周到さによるものだとはお互い夢にも思わないだろう。

「ちょ、ちょっと待って……! そ、宗四郎は、その、平気なの?」

「明日は朝から用事あるけど、転校の準備はもうほとんど終わってるよ」

「そ、そうじゃなくて……えっと……」

「部屋なら客室準備しておくし、ソファーで寝ろとか言わねぇって」

 宗四郎は萌を安心させようと、穏やかな声で話した。


 夜10時。

 風の音は得体の知れない生き物の咆哮のようで、窓を打つ雨も強い。

 そんななか宗四郎はリビングの照明を消し、座面の広いソファーであぐらをかいた格好でゲームに興じていた。

「宗四郎……」

 そこへパジャマ姿の萌がやってくる。

「眠れねぇの?」

「う、うん」

「じゃあ一緒に映画でも見ようか」

「ううんっ、ゲーム続けてて」

「もっと眠れなくなると思う」

 萌の遠慮に宗四郎は苦笑した。

「えっ……と……怖いゲーム……なの?」

「うん。あと二分ぐらいでセーブできるから」

 ゲームを再開させた宗四郎の隣に、萌が腰をかける。

 3Dサラウンドの音響と、部屋の明かりを消していることも相まって、大きなテレビモニターの映像はことさら猟奇的で、まるで映画館にいるような迫力と臨場感だ。

 そんな状況で、突然ゾンビが大画面に現れる。

「――!? きゃああぁぁ!!」

 ドサッ……!

 萌に抱きつかれ、ソファーの上で重なり合う二人の身体。出会ったころからかなりの身長差だったが、今もその差は大きい。宗四郎はより高く力強くなり、対して萌は柔らかさを増したものの、腰や腕、脚などは随分華奢だ。

「あ……」

 故意の有無に関わらず、これほど密着したことなど二人が年頃になってからは一度もない。

 今、萌の心臓を高鳴らせているのは恐怖ではないだろう。

「ごめんな……。ここでゾンビ出るってすっかり忘れてた」

 落ち着かせるように萌の背中をゆっくり軽くポンポンすると、徐々に震えは小さくなり、五分もすると、小さな幼なじみは宗四郎の腕のなかで眠りに落ちた。

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