第3話 攻と銀太
翌日の四時間目は自習だったため教室内は少しにぎやかで、突然隣席の
「なぁ、このグラドルと萌ちゃんどっちデケぇ?」
臆面もなく下世話なことを聞いてくる攻と宗四郎は、小学三年からの友人だ。
攻のズバ抜けた運動神経のよさは有名で、彼自身はサッカー部だが、色々な部活からの助っ人をよく引き受けているようだ。
「何が……」
攻とは対照的に宗四郎は低い声とテンションで答えた。
「一回ぐらい見たことあんだろ? 萌ちゃんのお っ ぱ い」
攻の言った”おっぱい”で、教室内の騒々しさがぴたりとやみ、宗四郎は同級生たちに非難の視線を送った。誰も目を合わせようとせず無関心な体を装っていたが、彼らが答えを待っているのは一目瞭然だ。
「お前っ、見たことあんのか――……!?」
攻と同じく、小学三年からの友人である
空手部の彼は全国大会で何度も優勝する達人で、大会前の『萌ちゃんのために優勝するから!』との宣言は、最早恒例行事だ。
宗四郎らが通う高校は文武両道をモットーとし、全国大会に出場する部活も多ければ偏差値も高い。それでも銀太は萌と同じ高校へ通いたいがために、部活を中断して勉強に打ち込み、いわく愛の力で合格している。
「あ る わ け な い」
宗四郎が一字一句はっきりと答えると、
「だよなー!」
屈託なく笑う銀太の口元から、トレードマークともいえる八重歯が覗く。そして何事もなかったように教室はもとの賑わいを取り戻した。
昼休み。
手洗いを済ませた宗四郎が、水滴をぶんぶん振って落としていると、弁当箱と保冷マグが入ったトートバッグを携えた萌からハンカチを差し出される。
お礼とともにハンカチを受け取ると、ふいに攻の質問がフラッシュバックし、つい萌が差し出す手の奥に視線が移ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
萌に顔を覗き込まれ、背徳感に襲われながら慌てて視線を逸らす。
「あの……宗四郎にお願いがあるんだけど……」
「ん?」
「えっとね……今日、宗四郎の教室で一緒にお昼できないかな……?」
「――……」
宗四郎がふたつ返事をためらったのは、男女比半々の萌のクラスとは違い、工学科のクラスには男子しかいないからだ。
「俺のクラス、うるさいから落ち着いて食えねぇと思うんだけど……」
「私にぎやかなのは好きだし、気にしないよ」
「……」
結局断れずに萌を連れて教室に戻ると、途端にクラスの空気に花が咲いた。
「もっ萌ちゃん……!? こっちでお昼してくれんの!?」
銀太が椅子を倒しそうな勢いで立ち上がる。
「えっと、お邪魔しちゃってごめんね」
「「「超嬉しいよ!!!!」」」
クラス全員が同時に同じ言葉を返す奇跡が起こった。
今まで何度も、多くの人間が一瞬で萌の崇拝者に変わる状況を目にしてきた宗四郎。”萌は気安く近づいていい存在ではない”という刷り込みは深層心理にまで達し、鈍感さを増す糧となっている。
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