第155話 大豆です。
「なぁ嬢ちゃん。それと薬師さんに、妖精さんに、サムライさんよ。そりゃぁ、いったい何食ってんだい?」
黒猫亭の食堂。そのちょっと遅い朝の事である。
最近なにやら色々と遠出してはトラベルポイントを増やしているらしいぺぺちゃんと師匠とオブさん。
その三人がいっぺんにファストトラベルで黒猫亭に朝帰りして来て、なにか軽い朝食が、ほっとする和食が食べたいと言った。
他の宿泊客はみんな朝食を食べ終わった後だったので、食堂に人は少ない。
そんな状況なので、せっかくだから独特な匂いで人を選ぶ日本食でも出そうかと思って、三人の朝食をすぐに用意した。
カレーみたいに単純に匂いが強いだけでなく、発酵食品ならではの独特な匂いは人を選ぶ。だから宿泊客が増えて来た黒猫亭の食堂では出しずらい食べ物。
すなわち、納豆。
幸い、三人とも納豆は食べれるし好物だと言うので、私は和食オブ和食って感じの物を用意して、三人ともほっとした顔でモグモグしていた。
そこにやって来たのがザムラさん。黒猫亭で一番食べ物のリクエストが多い古参である。もちろん嫌な意味ではなく、私の料理が好きだからアレもコレもとリクエストしてくれるのだ。私はその度に喜んで作ってる。カレーを作った時もそうだ。
そんなザムラさんは、見たことの無い食べ物への興味が強い。匂いも独特で、だけど三人とも美味しそうに食べてる納豆に興味を持つのは、ある意味当然だった。
「これはですね、私たちの故郷の伝統食品でして、納豆と言います」
「ふむ。ナットウ……」
「大豆って名前の豆をですね、これもう腐ってるだろって見えるくらいに発酵させた物です。匂いが強く独特なので、人を選ぶ食べ物ですね」
「ふーん。
「そですそです。
ザムラさんは料理過程には大して興味を持たないが、料理や食材の名前と、その歴史や由来、性質なんかには興味を持つ。ちょっと不思議な感性を持っている。
だからって訳じゃないけど、少し反応が気になって、私は三人が今も静かにモグモグしてる料理を解説してみた。
…………て言うか、三人とも凄い静かだね。何かあったのかな?
「そして、黒猫亭でお馴染みのこれ、お味噌汁」
「ビッカの大好物な」
「そですそです。これ、主原料が納豆と同じ大豆なんですよ」
「ほうほう。ダイズ、同じ材料なのか」
「これも、味噌って調味料を溶いた料理ですけど、その味噌が大豆を発酵させた食品なんですよ」
「なんか、嬢ちゃんの故郷ってそのダイズってのを発酵させなきゃ死ぬのか?」
うん。まぁ、死ぬのかもしれない。日本人の大豆酷使具合はちょっと異常だもん。
でもザムラさん。これまだ序の口ですからね?
「それで、こちらの白くて四角い食べ物ですが……」
「これは、トーフって奴だよな。ミソシルにたまに入ってる」
「これも原料が大豆です」
「………………そうなのか」
ザムラさんがちょっと引いてるの笑う。
凄いでしょ。三人に出した遅い朝食のコンセプトの一つがコレだからね。
「そして、こっちの酢の物。中に入ってる緑色の豆が見えますか?」
「…………おう」
「これは枝豆って言いまして--……」
「ああ良かった、それはダイズじゃないん--」
「若い大豆です」
「ダイズなのかよッッ!」
大豆なんですよ。枝豆って大豆を早摘みした物だからね。
「次に、こちらの飲み物。豆乳って言う植物性のお乳みたいな物なんですが……」
「まさか、これもか?」
「ええ、大豆です」
「もしかして嬢ちゃんの故郷ってなにか狂ってるのか?」
否定出来ない。でもまだ続くんだなぁ。
「最後に、納豆にも、豆腐にも、酢の物の隠し味にも使いましたコチラ、醤油って名前の調味料です」
私はテーブルに置いてあった小瓶をずずいっとザムラさんに見せる。
「これも大豆です」
「病気なのか?」
うん。多分そう。日本は全国民が基本的に大豆依存症なところある。
「もっと言いますと、一昨日に出したきな粉餅って覚えてます?」
「……おう。あのふわふわモチモチした奴だよな? あの、モチモチしたのもダイズだったのか?」
「いえ、モチモチしたのは大豆じゃありません。主原料はお米って穀物です」
「そ、そうなのか……」
「ただ周りの粉が大豆です」
「もうダイズに休ませてやれよぉ! 嬢ちゃんの故郷はダイズになにか恨みでもあんのかよぉ!」
「「「んぶフッ……!」」」
ザムラさんの叫びを聞いたぺぺちゃんと師匠とオブさんが吹き出した。
そだよね。日本は大豆を酷使し過ぎてるよね。外国から見たらこうなるよね。それは異世界も変わらないらしい。
「ふ、ふふ…………、そうだよねっ、僕ら今、食べてる物の七割くらい大豆だもんね……」
「ふくくっ、これは流石に拙者も笑うぞ……」
「ほんとなぁ、日本は大豆がねぇと生きて行けねぇもんなぁ……」
「日本人は米と大豆さえ有れば大体何とかなる」
「しまいにゃ節分で投げ始めるからなぁ」
「歳の数だけ食べたりねぇ。他にも糖衣被せたお菓子とかもあったよね?」
「そも、この酢の物に入ってるモヤシも大豆じゃ無かったか? 七割どころか、八割大豆だぞ」
「あー、確かに大豆から作るモヤシも有りますね。これってどっちなんだろう?」
「その細っこい野菜も大豆なのかよッ!? アンタらの故郷どうなってんだッ!?」
いやマジでそれ。下手したら小麦よりも酷使されてるかも知れない。
洋菓子とか凄い小麦使うけど、それ言ったら大豆も醤油と味噌で作られる料理も全部数えられるから、やっぱり酷使具合がヤバい。
「納豆、味噌、醤油。枝豆、豆腐、豆乳。発酵してもしなくても、固形から液状まで使い倒されまくってますよね」
「日本って米の国って思われてっけど、実は大豆の国だよな」
日本はお米ながなくても素麺やうどんがあるけど、大豆が無いとわりとガチで詰むんじゃ無いだろうか?
一応まだ、島国の魚介パワーで誤魔化せそうではあるけど。麺つゆと魚醤で。
「まぁザムラくん。僕らの国はさ、食に貪欲なんだよ。ものすごくね」
「昔は飢えていた国なのでな。下手したら自ら産んだ子供を母が殺して食べる程に飢えていた事もあるのだ。拙者たちが生きる時代では逆に飽和しているが、飢饉があった時代は本当に凄惨だったと伝えられている」
現代人たる私たちには実感が薄いけどね。まぁ日本だからって訳じゃないし、諸外国だって歴史を漁ればそのレベルの飢饉もあっただろう。
けど日本は島国なのだ。陸地を伝って豊かな土地や国に、助けを求めるのが難しかったのだ。
国内の貧富に差があれば、むしろまだ僥倖だ。だって国内のどこかは富んでるのだ。政治的なアレコレを無視すればまだ助かる希望がある。
だけど、小さな島国で貧富の差もなく平等に飢えた場合、それはもう凄惨な地獄になる。
「だから日本って、『いや普通それは食べないだろ』って食品とか食べちゃう国なんですよね。どんな物でも食べないと生き残れなかったから」
「そのくせ虫食は少ないよね。当時は食べたんだろうし、今も地域差で変わるだろうけど、現代だとイナゴくらいかな?」
「あと蜂の子も食べるのでは?」
「一応、専門店とか行けば色々出て来るらしいぜ?」
「いや専門店で食べるようなマニアックなの並べ始めたらキリが無いでしょ」
本当に日本は何でも食べる。
外国ではデビルフィッシュと呼ばれるタコとか、致死毒持ってるフグとか、伝説の中なら人魚の肉すら食べている。下半身魚だって言っても半分は人なのに。
「とくに、私はフグ食が理解出来ないんですよ」
「ふぐ?」
「故郷に居る超猛毒の魚ですね。種類によっては皮も身も内臓も、全部に致死毒持ってるって感じの……」
「それ食うとか莫迦なのか?」
ホントにね。ちなみにどこ食べても全部毒なのは、確かクサフグって種類だったかな?
冷静に考えて、なんでフグ食べようと思ったの? って私はずっと不思議に思ってるよ。タコは良いとしても、フグは本当に分からない。
現代人ならばリスクを排除して楽しめるんだろうけどさ、当時だと味のレベルと毒のリスクが完全に噛み合ってないでしょ。致死毒のリスクを我慢出来るほど美味か? 入院する前に一回たべた記憶があるけど、凄い歯応えがある普通の魚って感じだったよ?
いや、美味しい。美味しいんだよ? ああ高級魚なんだなって納得出来る繊細な甘みと噛み応えが癖になるんだなって思ったよ?
でも致死毒の危険を許容してまで食べたいか? って思うんだ。特に当時の技術はまだ拙かっただろうし。
飢饉で他に食うもんが無いって事なら、フグ食の研究も理解出来るんだけどさ、鉄砲鍋とかダーティなギャグセンスで命名された料理もある訳だし。マジで意味が分からない。
「まぁ、その辺は日本だけじゃねぇだろ? キャッサバが普通に流通に乗るような世界なんだからよ」
「きゃっさば?」
「毒持った芋だ。……あれ? 芋だったよな?」
「可食部は根っこだった気がする」
「……毒の芋が、普通に売ってんのか?」
「流石に毒抜きされてますけどね」
「でも一時期クソほど流行ったんだよな。ザム公よ、信じられるかよ? その辺の若いメスガキがこぞって毒芋を練った豆入りの飲みモンを片手にはしゃぎ倒してんだぜ?」
「アンタらの国怖すぎんだろ……」
怖くないよ。ちょっとタピってるだけだよ。
私もぺぺちゃんも病院暮らしだったから、タピった経験無いんだけどね。師匠は有るのかな?
「あと、地味にコンニャクも毒草なんだよね。割と強めの」
「へぇ、そうなのか? あれも昔ながらの食品って感じだが……」
「結構な手間暇掛けて毒抜きした食べ物なんだよね、コンニャク」
「…………たしか、こんにゃくってアレだよな? 嬢ちゃんが作ってくれるトンジルって汁物に入ってる、ぐにゃぐにゃしてる奴」
「そですね、それです」
「あれも元は毒なのかよ……、アンタらの国って本気でなんかおかしいだろ……」
普段から普通に食べてるけど、実は毒物っての割と多いよね。
毒物じゃ無くても、原料が信じられない物だったりする。着色料の赤色が実は虫から取った物だとか。
「…………あれ、なんの話しでしたっけ?」
「大豆じゃなかったっけ? 僕としてはジャガイモも結構なもんだと思うけどさ。日本の煮物なんて、とりあえずジャガイモ入れちゃえって感じじゃん?」
「あー、確かに。あと片栗粉の材料にもなりますし。……て言うかジャガイモも普通にあれ毒草ですよね。わりと強めの」
「そうだねぇ。芋の芽って、実は有用な毒だよねぇ。下手すると普通に人が死ぬ致死毒さ。味が良くて料理にお菓子に、片栗粉にも使えてとにかく有用だし、やっぱりジャガイモって凄いよね。重要なアイテムだよあれ。用途が幅広くて、日本食って感じがする。でも、同じ日本って感じマシマシの葛粉とか、あれは逆に利用方法少ないよね。殆ど専用食材って感じだ」
「葛粉ですか。言われてみれば、私もあんまり使った事無いですね。ふむ、和菓子にも手を出してみますか」
「いや何の話って聞いてから音速で脱線すんなや。ザム公が戸惑ってんぞ」
「あ、そうだザムラさん。せっかくなので、同じの食べます?」
ザムラさんにも大豆尽くしを出してみた。もう朝食の後だけど、体が大きくてレベルも爆増してるザムラさんは、軽い和食なんてオヤツみたいなものだ。
「…………ダイズ、悪くねぇじゃねぇか」
幸い、ザムラさんも納豆食べれる人だったみたいで良かった。
本当に、異国の食材って気を使うからねぇ。食文化の伝来って気軽にやって良いものじゃないから。
ダメな人は醤油の香りだけでアウトだったりするから。
「さて、じゃぁ私はちょっと工房にこもりますね」
軽めの朝食と言った三人も、朝食後のオヤツ代わりのザムラさんも、流石にお代わりは要らないだろう。
三人は三人でなにやら忙しいみたいだし、ザムラさんもレベリングと成長値上げに忙しいし、ならば私は私でやる事がある。
「何か作るのかい?」
「はい。決戦装備を更新しようと思ってまして」
そもそも、私の決戦装備って基本的に生産職の師匠に手を借りて作ってる。だけど、リワルドには生産職の師匠は居ない。
唯一オブさんがそうだけど、薬は装備じゃなくて消費アイテムだ。錬金術師としてのオブさんならアクセサリーとか頼れるけど、装備と防具が完全に自作なら、アクセサリーもそうするべきだと思うし。
「へぇ、チラッと見かけたあのモノクロの和装の事かい?」
「む、あのノノンは愛らしかったな。また見たいぞ」
「どのノノンでも最高に可愛いだろうよ。眠てぇこと言ってんなよモノムグリ」
「まぁ、そうですね。あのモノクロ和装と、
自信作だったので褒められると嬉しい。
装備の内容としては、
……いや、性能を引き出すためには必要な事だったので、別にいやらしい事じゃないんだよ。ほ、ホントだよ?
排泄物がどうとか、本当に必要なら綺麗とか汚いとか関係無いんだよ。本当に良い物なら排泄物だって価値が付くんだから。
ほら、向こうの世界でも、動物の糞から採取したコーヒー豆が三十グラムとか四十グラムで四桁から五桁の値段が付くんだよ? ブラックアイボリーだったかな?
そんなコーヒー豆があるなら、性能が良い装備に
世の中そんなもんなんだ。必要ならそうするのだ。だから、私が
ひ、必要だったんだよ……!
……まぁ、それはそれとして、最近は夜に
「…………くぅ、拙者も
「師匠は頑張って
「いやいや、
「
ああ、うん。そうですね。
が、頑張って師匠……。私は応援してるよ。
「じゃ、そういう事なので。ちょっと失礼しますね」
わいわいと喋ったあと、私は断りを入れてからまた工房にこもる。
魔法系の補助アクセサリーをいくつかと、武器判定のサブウェポンアクセサリーを作ろう。
あと足回りと、腕周りもしっかり作ろうか。
私って今まで、武器と防具さえしっかりしてればそれで良いやって、色々と足りないまま戦ってたからなぁ。
ルルちゃんと出会った日にクリスタルブローチあげた癖に、自分にはアクセサリー装備してなかったし。必要性も感じなかったんだけど。
「…………フル装備を前提に構成を考えるとか、いつぶりかな」
さぁ、間に合うかな。
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