第112話 信念で否定しろ。



 イベント前日。黒猫亭に約束通りにジッゼさんがお仲間を連れてやって来た。そして私がボコった。


 いや端折りすぎた。ちゃんと説明しよう。


 ジッゼさんが所属する傭兵団、『赤切り団』って名前で、名前の由来は知らない。

 その赤切り団の皆様は、ジッゼさんに何やら要らんことを吹き込んだ私にご立腹で、「ウチのジッゼをどの程度強くしてくれるのか教えて貰おうじゃねぇか」って乗り込んで来た。

 一応、有名なルルちゃんに付いては知っていて、私についても多少はちゃんと知った上でそうなったのだから、そこは褒めてあげる。

 ただ、レイフログダンジョンでいくらでも戦いが見れたルルちゃんならまだしも、あまり知られてない私は、精々が『子供ながら豪華な宿屋を営む、ちょっと強いらしいメスガキ』程度の認識だった。

 なぜジッゼさんとの間にここまで認識の差が有るのかは知らないけど、私なら行けると思われたなら是非も無いよ。


 望み通りにぶっ潰してやる。かかって来いよオラ。


「女の子を舐めるなよ! 私たち女の子は、誰かを想う気持ちさえ有れば、何処までだって強くなる! 神にだって手が届く! 必要ならば世界も殺すッ……!」


 そんな感じで、私は最近の利用率が異様に高い闘技場にて十人のベテラン傭兵団をボコボコに磨り潰してからお説教した。


「ジッゼさんは、あなた達が好きなんだ! 男の子だった時も、女の子になってからも! みんなの事が大好きなんだ! 団員がジッゼさんを大切に想う気持ちは否定しない! だけど、だからこそ……!」


 いやー、テンションが上がっちゃったから、色々と言いたい放題だったよね。今思うと恥ずかしい。

 でもルルちゃんとタユちゃんがカッコ良かったよって褒めてくれたので、もうソレで良いよ。


「ジッゼさんの思いを否定したいなら、同じだけの信念で否定しろ! 勝る想いで否定しろ! 何となくだなんて許さないっ!」


 ◇


「うん。調子に乗っちゃった。ごめんなさい」

「いや、いいよ。うん、あんなこと言って貰えて、俺嬉しかったよ」


 私の宣言を聞いたジッゼさんは、想いが溢れたのか感涙して、そのあと傭兵団の皆さんとちゃんと話し合い、今日から黒猫亭でお世話になる事が確定した。

 ついでに性転換薬を売り払って懐が暖かすぎる皆さんも、一緒に黒猫亭に宿泊が決定した。

 団長のベルビアさんは一人部屋で、残りの団員は三名ずつ一部屋を使う。ジッゼさんは私の責任において個室で無料だ。

 だって二年近い約束の利子が有るからね。私「裏切りませんよ」とか言って放置してたからね。一部屋くらい用意してもバチなんて当たらないでしょ。


「コチラも、黒猫さんを舐めてて悪かった。正直ここまでだとは思って無かった」

「いえいえ、私もごめんなさい。お怪我は大丈夫ですか?」

「いや、あれだけ凄まじい魔法で治されて、怪我など残ってる訳が無い」


 ジッゼさんと喋りながら、ベルビアさんとお互いにペコペコし合う。でも凄まじい魔法って言っても、たかが五節詠唱だからね。欠損させないように潰したからこの程度でも治るはずだけど。

 まぁ欠損してても貧民窟で使った時みたいに、クリスタルスタッフで増幅すれば多少の欠損は治るし、ダメならもっと強い魔法使えば良いし。


「そう言えば、皆様は傭兵団なんですよね? でも例の薬を手に入れた時はダンジョンに潜っていらっしゃったのなら、探索者と兼業なんですか?」

「まぁ今のところは。ただ、最近はあの色付きの獣が色々と手を出しているだろう? 傭兵業よりダンジョンの方が儲かるなら、転向しようかとも思っている」


 この世界で言う傭兵とは、言葉の通りに戦争に参加する雇われ兵士って意味も当然含まれているけど、護衛や用心棒なんかの仕事もある。それとダンジョンの外に居るモンスター討伐は、専ら彼らの仕事である。

 なぜ探索者と傭兵がきっぱりと線引きされているかと言えば、危険度と稼ぎと技術が違うから。

 探索者は極論、戦う為の力さえ有れば割りとそれで何とかなる。もちろん野営技術とか護衛知識なんかも有れば有るだけ良いけど、最悪はダンジョンの中でモンスターさえ殺せればお金になるのだ。

 どんなに酷い殺し方をしても、ダンジョンの中ならモンスターが液状化してからドロップ品になる。なので獲物を上手く殺す技術も要らないし、野営能力が無いなら日帰りできる場所で稼げば良い。

 しかしその代わり、探索業は傭兵と比べて危険度が段違いだ。

 ダンジョンは基本的に敵しか居ないし、安全地帯も五百階層から上にある。

 だから連戦混戦なんて当たり前だし、退路の確保なんて事実上不可能だ。退路にモンスターがポップするだけで努力が水泡に帰す。

 危険な代わりに、腕っ節さえ有れば鬼のように稼げる。それが探索者だ。


 対して傭兵は、探索者と違って様々な知識や技術が必要な超専門職。

 戦争でも、行商の護衛でも、モンスター討伐の遠征でも、絶対に野営の技術と知識が要るし、討伐したモンスターの素材を売るならばその手の技術と知識も要る。

 綺麗に殺さないと素材がダメになるし、解体を綺麗に出来ないとやっぱり素材がダメになる。

 素材を持ち帰るにもある程度それを保管出来る道具や知識だって要求される。

 モンスター討伐って一事だけを比べてもこれだけの差があり、なおかつ戦争ならば戦術や戦略を知らなければ生きて行けない。

 護衛や用心棒なら信用と信頼を獲得出来るだけの人柄と実績が要るし、守護対象をしっかり守る為にも情報収集の腕や地理を読む必要もある。


 まぁとにかく、傭兵って職業は、物語で語られるほど粗暴で野蛮な人達ばかりで務まる仕事じゃなく、成功してる傭兵団ならば結構なエリート職扱いもされる存在だ。

 そして探索者と比べると危険度が大きく下がる。

 もちろん命の危険も有るけど、ダンジョンの中と違って周囲全てが敵とか、退路にモンスターが突然ポップする危険とかは無い。

 ちゃんと計画を立てて兵力を運用すれば、余程運が悪くなければ普通に成果が出るのだ。


「--そんな皆さんが転向を考えるほど、今の探索業は賑わってるんですね」

「…………驚いたな。そこまで詳しく傭兵を認識してる者なんて、傭兵以外だとそうそう居ない。君は、腕だけじゃなくて頭も良いのか」

「故郷では探索業も傭兵業も、同じくらい取り組んでましたからね」


 護衛クエストってクソだよね。全ゲーマー共通の嘆きだよ。


「はぁ、ウチの団に欲しい人材だ」

「あはは、お誘いは光栄ですけど、私は黒猫亭の女将ですので」


 赤切り団の皆様方に黒猫亭の案内を済ませた私は、恋濡こいぬとルルちゃんも連れてリビングで皆様にお茶を振舞ってる。ついでに他のお客さんにも淹れたよ。


「そうだ。ジッゼさんは剣術と魔法を使いたいんですよね?」

「ん? ああ、あの時戦った貴族いただろ? アイツの戦い方がカッコよかったし、戦っててすげぇ強いって思ったから、ああ言う風になりたいな」

「ほむ、あの時の貴族って言うと、ミハくんですね?」


 私はその時、彼がどんな風に戦ったのかは知らないけど、ジッゼさんがそこまで言うなら、かなり上手く戦ったんだろう。

 今の彼も、かなり器用に魔法を使って戦いに組み込んでる。流派の技よりも魔法を組み込んで切り合う方が得意な感じだ。

 剣術の方も、ケルガラの貴族が学ぶらしいナントカ流からジワルド式の流派に乗り換えて、今では私が教えた神速魔纏流しんそくまてんりゅうってのを使ってるよ。

 これは九重流にも使われてる魔術みたいな術理を利用した剣術であり、完全に魔法剣士ビルド用の流派になる。

 具体的には、ルルちゃんのメイン装備であるアレ、『初恋刀【銀恋桃花兎丸淑雅ぎんこいももはなうさぎまるよしまさ】』が魔力で半透明な刃を伸ばせるように、それを魔術と同じような術理で再現して、剣技に組み込む感じ。

 ちゃんと使えれば本当にアニメみたいな戦い方が出来るので、結構人気だった流派だ。


 …………あ、いや流派はどれも極めたら大体がアニメっぽくなるわ。難易度の問題だったわ。


 あーでも、あくまで似たような術理であって、同じ物じゃない。

 だから神速魔纏流を学んでも、同時に魔術を修得出来る訳じゃない。似てるのは事実だから修得し易いのは間違いないけど。

 て言うか、魔術だけずっと魔術と呼んでるけど、これ隠し流派だから一流派しか存在しないんだよね。だからジワルドでは皆、魔術と言ったらそれで通じた。正式には鋭纏攻魔流えいてんこうまりゅうって名前だね。

 神速魔纏流を学ぶと、斬撃の瞬間だけ、武器から刃を伸ばせるようになって、鋭纏攻魔流は体も武器も選ばずに武器化して刃を伸ばせる。攻撃時以外にも伸ばしておけるし、形状も自由自在だ。


「じゃぁ、ジッゼさんも同じ技を覚えます?」

「……えと、俺にも出来るかな?」

「出来ますよ。きっとね」


 前は自信満々でミハくんに「負けねぇからな!」って感じだったのに、今では自信無さげで可愛いなこの人。


「あ、そうだ。良かったら、俺の事はジッゼじゃなくて、ジリィって呼んでくれよ。今は団の皆にそう呼ばれてんだ。敬語も要らないぞ」

「ふむ、ではジリィさんですね。あと敬語については、これ人によって勝手に付いたり取れたりするので、あまり気にしないでくださいな。別に畏まってる訳じゃないんですよ」


 うん、私の敬語って割りと標準で、かなり長く一緒に居るビッカさんとかにも未だに敬語だからね。

 自分でも自覚はしてるけど、私のパーソナルエリアにどっぷり入ってる相手か、敬う必要を欠片も感じ無い相手か、私の逆鱗に触れた相手が、敬語の取れる条件みたいだね。多少の例外は有るけど。

 だから、それこそ毎晩交尾してる相手とか、家族とかなら敬語もポロッと取れちゃうけど、そこまでメチャクチャ近しい相手じゃなくて、それもある程度以上に尊敬出来る相手なら、敬語になる。

 だって敬語って、日本語で敬い語るって書くんだよ? 敬う気持ちって内から自然と溢れるものだからね? 取ったり付けたりを意識する方がおかしいと思うんだ。


「そうなのか。そっちのチビとか舞姫にも普通に喋ってたから、気を使われてんのかと思ったぜ」

「いえいえ。私はこれが普通なんですよ。て言うか、敬い過ぎて逆に、お父さんとお母さんには敬語だったりしましたからね。でもそうですね、折角ですからお名前だけは、さん付けからちゃん付けに直しますね」


 私って両親には敬語で喋る事も多かった。

 いつもでは無い。でもこう、さっき言った通りに敬語って自然と溢れるものだからね。私は世界で一番、お父さんとお母さんを尊敬してるから、自然とそうなっちゃうんだ。

 ちゃんと甘える時とかはベタベタに甘えてたけど、結構な頻度で敬語だった気がする。


「おう。それで良いぜ。どうせあの薬は希少な物だったんだし、男に戻れるとも思ってないからな。まだ可愛い服とかは受け入れられてねぇけど、ちゃん付けくらいなら平気だぜ」

「そうですか。ああ、前も着てたその外套ローブは、つまりは可愛い服を受け入れる妥協点みたいな物なんですね」

「まぁな。上からこれ着てれば人から見えねぇし、普段から着てればその内慣れるだろ」


 て言うかさ、今更だけどジリィちゃん凄くない?

 いくら恩人でも、お世話になってて尊敬してる人でも、そんな人から受けた酔った際の悪戯だったからってさ、突然女の子になっちゃってここまで前向きで居られるものなの?

 元々女の子の格好に興味があったとか、元々男性が好きだったとか、そんな趣味趣向だったならまだしも、ジリィちゃんは女の子の格好にも頑張って慣れようとしてるし、団員に対する想いも基本的に感謝と尊敬じゃん?

 それなのに、ここまで健気で前向きなの凄いと思う。て言うかジリィちゃんに酔って薬を飲ませたの誰だよオイ。とりあえず人の人生を一回ぶっ壊してんだから責任取れよ。


「可愛い服着れるようになったら、あんたとか舞姫とか、そのチビみたいな服も着れるんのかな? へへ、コレ着てる自分が想像出来ないぜ」

「でもきっと似合いますよ? お望みなら私が作りますし。ルルちゃんが今着てるのも、色々あって今はダンジョン産になっちゃいましたけど、元々は私が作った物なんですよ」

「へぇ、そうなのか。あんたやっぱすげぇんだな。魔法は使えるし、腕っ節もすげぇし、料理も凄いんだろ? 服も作れて、親方が頭の良さも褒めてたし、なんなら嫁もすげぇし」

「えへへぇ、ちょっと褒め過ぎですよ。私のお嫁さんが凄いのは間違いなく事実ですけど」


 照れた私は、私に今も正面から抱き着いて興奮してる恋濡こいぬを撫で撫でした。あ、頭をだよ?

 恋濡こいぬは私たちの会話とかどうでも良いみたいで、とにかく私の胸に頭をグリグリ押し付けたり、スリスリと頬擦りして匂いを擦り付けてる。マーキングしてるんだね。

 代償欲求も段々と重くなってるので、恋濡こいぬは今も着々と発情してます。

 て言うか椅子に座ってる私の上に跨って、正面から抱き着いてる訳だけどさ、恋濡こいぬと私って代償のせいで常に下着が湿ってるんだよね。……恋濡こいぬに跨って座られてる私の服の裾、大丈夫かな?

 この子が退いたら私が漏らした感じになってないか? それは止めて欲しいんだけど……。

 うん、よし。恋濡こいぬが退こうとしても逃がさないようにしよう。席を立つ時も恋濡こいぬは抱っこです。確定です。

 逃がさねぇからなっ!?


「嫁の服まで作るなんて、あれだろ、こう言うのを良妻って言うんだろ」

「うへへぇ、ジリィちゃんが凄い褒めて来ます。私照れちゃう……」

「ははっ、思ったら口に出ちまうタチだからよ。それで前はあの貴族、ミハだったか? あいつに喧嘩売っちまったしな」

「あ、そう言えばそうでしたね。ミハくんなら黒猫亭に居るので、後で多分会えますよ?」

「ほんとかっ? あー、でも、俺あの時より強くなってねぇし、あいつはもっと強くなったんだろ? ガッカリされねぇかなぁ」

「まさか、ミハくんは気持ちの良いすっきりした貴族ですから、大丈夫ですよ。そんなみみっちぃ事言うクソ貴族じゃないので」

「あれ、もしかしてあんたも、貴族嫌いなのか?」

「そですね、わりと嫌いです。……私が尊敬出来る貴族の程度って、凄く高いんですよ。なので、それ以下の貴族って敬う気になれないんですよね」


 なんか、こう、普通の友達っぽくてジリィちゃんとお話しするの楽しいな。

 ネネちゃんとも友達だけど、ネネちゃんはそれよりも、私に対して格上とか雇用主って意識があるから、ちょっと一歩引いてる。

 アルペちゃんとクルリちゃんのキノックス姉妹は、幼心ながらも私たちのハーレム参加を望んでるから、お友達って言うよりも『お付き合いを前提のお付き合い未満』みたいな、ちょっと何言ってるか自分でも分かんないや。

 だから、こんな風に喋る相手って、ぺぺちゃんくらいかな?


「そういや、このチビって結局なんなんだ? 先日のチビとは別のチビだろ?」


 雑談が進み、ジリィちゃんが私に色々と擦ってる恋濡こいぬに興味を示した。

 むふ、この子が何なんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け?

 別に世界の平和なんて守らないし、今日も明日も悪なんて貫かないし、ラブリーチャーミーな仇役でも無いけど、教えてしんぜよう。


「この子は、私達の恋人なんですよ? ねー恋濡こいぬ?」

「…………♡♡♡」


 抱き締めて頭を撫でてあげると、ズンっと重くなる代償欲求で愛情が返って来る。うん、これで代償欲求が強まるって事は、つまり頭を撫でられて抱き締めるだけで欲求が強まるくらいに、私が大好きって事だもんね? 愛情だよ愛情。間違いない。


「…………うぇっ!? え、このチビも恋人なのかっ!?」


 私はこの関係性を隠さずに暴露した。

 一拍置いてから驚くジリィちゃんに、話しを聞いていた傭兵団の皆さんもお茶を吹き出す。あードール、お掃除よろしくね。

 聞いていた他の宿泊客も「わかる。驚く気持ちは凄い分かる」って感じに深く強く頷いている。


「え、でもチビは、その、チビだぞ? いやあんたも大人って訳じゃねぇんだろうけどさ……」

「あはは、まぁ私とルルちゃんと、あともう一人お嫁さんが居るんですけど、私たち三人はプレイヤーですから、法律的に問題無く結婚出来るんですよ」

「ああ、うん。それはまぁ、良いんじゃないのか? いやもう一人嫁が居るの初めて聞いたけどよ、それは良いさ。でもそのチビ、凄い小さいぞ? 六歳くらいじゃないのか?」

「たぶんそれくらいですね。……でも、この子と先日の子、それともう一人小さな女の子が居るんですけど、この子達って半獣に見えるだけで、厳密には生き物ですら無いんですよ」


 私は良い機会なので、幼神について軽く説明する。

 黒猫亭に慣れてもらうには、とりあえず百合百合ロリっ子ハーレム空間に慣れてもらう必要があるから、その第一歩だ。

 そして現在の黒猫亭で、最も百合百合空間を生成する問題児は、間違いなく恋濡こいぬである。次点で恋舐魔こいなばちゃん。そして三位に私たち夫婦がセットでランクインしてる。四位は義妹いもうと達。五位がキノックス姉妹だ。


「…………え、武器?」

「そうです。新しく世界に生み出された種類の物で、この子達は『代償装・幼神』と言います。代償を支払い続ける契約をこの子達と交わすと、引き換えに力をくれるんです」


 私は「例えば」と、恋濡こいぬの代償に付いて教える。なるべく桃色感が減るように、結構重い、ともすれば凄惨な契約である事を強調して。

 下手をしたら、欠片も罪がない見ず知らずの相手に対して発情して、何をするか分からなくなる様な、そんな危ない契約なのだと伝える。


「今もほら、この子スリスリしてますよね? これって別に甘えてるんじゃなくて、興奮した結果なんですよ。平たく言うと発情してます」

「うぇっ、そうなのかよ…………。まさか目の前でそんな卑猥な事されてるとは……」

「人前でこんな事しちゃうくらいには、代償が重いんですよ。今もこの子と同じくらいの代償が私を襲ってますから、私だって本当なら、今にも正気を失って、お嫁さんと恋濡こいぬを自分の部屋に連れ込みたいんですよ?」

「えっ、こわっ……」


 |恋濡<<こいぬ>>も、もう色々限界なのか、切なそうにポロポロと泣き始めた。

 それを見て私は、そろそろ代償欲求が限界なのを知る。最近知ったんだけど、涙を流し始めたらアウトラインだ。

 いやまぁ、二日のラインを超えなければアウトもクソも無いんだけどさ、代償ってこの子達のご飯であり存在理由であり、自分っていう概念その物なんだ。それをお預けされ続けるのは辛いに決まってる。

 むしろ、恋濡こいぬはちゃんと黒猫亭の外ではしっかりと耐えてるし、毎晩食べまくってる代償で我慢もしてる。

 だからまぁ、黒猫亭の中でならワガママくらい許してあげないとね?


「そんな訳で、この子がそろそろ限界みたいです」

「いやまぁ、そんなにグッショグショになってればそうなんだろうなぁ……」

「ちなみに、この子達は『恋神こいのかみ』って種類の幼神で、代償がこの手の事になってますけどね? 他の種類の幼神だったら代償は別みたいですよ?」

「ほぉ、じゃぁなんだ、もしかしたら俺も、卑猥な代償以外で凄い武器を手に出来たりすんのか?」

「可能性は有りますよ? 明日から世界各地でボスモンスターが徘徊を始めるんですけど、それを倒したら周辺に幼神が出現するらしいんですよ。だから近くに居るだけで、契約の機会はあります」

「そうなのかっ、ちょっと楽しみだなそれ。……ねぇ親方!」


 ジリィちゃんは楽しそうに赤切り団の人達に、イベントへの参加を強請ってる。その様子を見ながら、私は恋濡こいぬを抱えて席を立った。


 じゃぁいってきまーす! ルルちゃんかもーん!


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