第97話 その頃の侍。



「心を鎮め、己が業を積み重ね、しかして猛る、この狂気へ身を委ねよ」


 とある島国。その人里。私は弟子を求めて辿り着いた。


「これ即ち無双の境地、我が一刀に断てぬ者無し」


 我が技を、その全てを余す所なく修めて見せた愛弟子が、ジワルドに姿を見せなくなってもはや二年近い時が流れた。

 夢で一度、あまりにも会いたすぎる私の願望が結実して、夢に出て来たくらいには愛しい弟子。


「--至れ、【剣閃領域】」


 そんな弟子が、ののんが、とある場所に、世界に居ると噂を聞いた。

 なのでその噂の主、金色の狼とやらを探してサクッと半殺しにしたのが昨日の事。

 何やら喚く獣の首に刃を突き付けて、「弟子に会わせろ。さもなくば殺す」と言い放ってなんやかんや、今私はこの世界にやって来た。


「なんっだこのバケモノはよぉっ!?」

「逃げっ、にげぇぇえっ……!」

「逃がす訳なかろう? 刃を向けたのだ。ならば死合え、とことんまで」


 ここはジワルドのベースになった世界であり、ジワルドをベースに進化する異世界。

 何やら喋る面妖な狼の話しを聞けば、あの狼はこの世界の神に類する物の怪であり、この世界の退屈さに嫌気が差して飛び出した痴れ者だった。

 こっちの世界、地球、日本に辿り着いた金の狼は、何やらとある人間に興味を持ち、その人間の行動を監視し、そして最後は精神に干渉し始めた。

 狼に目を付けられた人間とは、つまり今ジワルドを運営している会社の頂点であり、当時はしがないゲームクリエイターだった。

 ゲームを作り、世界を創る。それを電脳の中で軽くこなして見せる人間に興味を持った狼は、その人間の術を見て、盗み、少しずつコチラの世界に技術と概念を持ち帰るようになった。

 しかし、段々とゲーム制作その物が楽しくなって来た狼は、やがて段々とコチラの世界に興味を失っていく。帰る間隔はどんどんと空いて行き、やがて帰らなくなった。

 そのまま時が進み、取り憑いた男の開発するゲーム、男は自分で作ってると思っているが、狼の精神干渉もあって二人三脚のゲーム制作が世間で当たり始め、やがて大きな会社になって行った。

 ヒット作が生まれ、オンラインゲーム市場も活性化し、そしてオンラインゲームという箱庭を創る技術では、他の追随を許さない程になっていた会社で、狼は思った。


 -あのつまんない故郷が、もしオンラインゲームだったら。


 そう思ってしまった、考えてしまった狼は、取り憑いた男と一緒にまた一つゲームを作った。

 より自分が居た世界に似るように、重なるように、狼は男に気付かれないように干渉し、やがて完成したのがあのゲーム。


 -The・overworld・onlineジ・オーバーワールド・オンライン。略してジワルド。


 故郷の世界よ、故郷を越えろオーバーワールド

 そう願われて作られた、狼の故郷そっくりの世界。つまらなかった世界を模した、もしかしたら楽しんで貰えるかも知れない、故郷の現状を故郷が故郷の姿のまま、越えられるかもしれないゲーム。

 とはいえ、最初は期待してなかったそうだ。

 なぜなら狼の世界は、狼曰くクソつまらない世界だったから。

 なのに、そのはずなのに、ジワルドはリリースされてすぐにヒット。

 どんどんと規模が増え、プレイヤーが溢れ、最初は日本サーバーのみだったジワルドは少しずつ世界規模になって行く。


 空前絶後のメガヒット。


 狼は思った。自分の世界は、本当ならこんなに楽しいのか?

 なら何故、あの世界はあんなにつまらないんだ?


 悩み、考え、思い付いては実行し、狼はまた故郷の地を踏み、世界に手を出し始めた。

 故郷をベースに作ったジワルド。だか今度はジワルドが重ねた進化を故郷にフィードバックする。

 まさにリバースワールド。ある種のリバースエンジニアリングであり、世界の立場がひっくり返ったリバース世界ワールドであり、つまらなかった故郷を楽しい世界にひっくり返す計画だった。


 -だけど、無駄だった。


 どれだけ故郷を、リバースワールドを、リワルドをジワルドに近付けても、世界は何も進展しなかった。

 賛同してくれた仲間にも技術を与えて、計画を立て、世界を盛り上げようとした狼は、何をしてもひっくり返らない世界に失望した。

 そしてまたジワルドに入り浸るようになり、リワルドのアップデートをサボるようになり、世界の繋がりは希薄になって行った。


「む、踏み込みに見どころはあるぞ。精進しなさい」

「べぎぃぁっ……!?」

「ぬしは目を鍛えるといい。体に目が追い付いてないぞ」

「ぴゅぎッ--」


 狼はまた故郷を放り出しながら、何が悪かったのか、どうしてダメだったのかを考えた。

 そして気が付いた。

 人類に情熱が無いからだ。

 世界を遊ぶプレイヤーと、世界に生きるNPC現地人は持ってる熱量が違う。故郷を盛り上げるには、プレイヤーが絶対に必要だ。

 そして狼が選んだ、最もジワルドを楽しみ、最もジワルドを愛し、最もジワルドに根付いた一人の人として世界を生きた、最高のプレイヤー。


 -到達者が一人、【屍山血河】ののん。


 ジワルドの中で生きるNPCの為に、全プレイヤー現実世界をすら敵に回して戦える烈火。

 プレイヤーとして世界を楽しみつつ、NPCの如く世界に根付いた希望。

 そんなジワルドの最強を、この私がネームドスキルを使ってでも五割しか勝てない正真正銘のバケモノをこの世界に送り込んだ。


「ふぅ、準備運動にも成らん。ぬし達、喧嘩を売るならせめて強くあれよ」


 そこまで聞いた私は、とにかく弟子に会いたかったから先の話しなど全部無視して、自分をこの世界に送らせた。

 一つのゲームとして、ジワルドからのお客として訪れたこの世界、リバースワールドオフライン。略してリワルド。そう狼に聞いた。

 ああここに、ののんが居るのか。楽しみだ、早く会いたい。

 あまりにも機嫌が良かったから、私は襲いかかって来たならず者を殺さずに衛兵に突き出してやった。普通なら殺していたんだが、ののんが居るはずのこの世界を、遊びに来てすぐ血で汚すのもどうかと思ってしまったんだ。


「ふふ、お前たち、拙者の弟子に感謝するといい」


 私はもはや意識も無いならず者にそう言って、押し付けた衛兵に軽く挨拶をしてから歩き出す。


「さぁて、ののんが居る場所くらいは聞いておくべきだったな。あまりにも急いていた」


 ここはリワルドの中の国の一つの、古い日本の姿を彷彿とさせる島国、クールリント皇国と呼ばれる国だそうだ。いや何処だよ。


 話しをすっ飛ばしながらも、ギリギリでまだ聞いていた内容によると、ののんは世界を渡る途中に事故が起きて、現実で死んでいるらしい。

 そう考えると、むしろあの狼は良くやった。異界にののんの魂を送らねば、今頃は普通に亡くなって居たのだろうからな。

 そうなったら、私はもう二度と会えなくなっていた。


「ああののん、会いたいぞ我が弟子よ。ぬしは何処にいるのだ?」


 現実はクソだ。だがゲームもクソだ。ののんだけが世界の全てだ。

 現実の実家、うちの道場は術理の「じ」の字も理解出来ない凡夫ばかり。そのくせ女である私を煙たがる有象無象。本当にくだらない。祖先の技をその程度のゴミ共に使わせて満足してる一族連中に反吐が出る。

 そしてゲームも、せっかく現実と殆ど変わらない物理エンジンを積んでる至高のゲームだと言うのに、技を疎かにするクズばかり。


 ののんだけだ。ののんだけが「技」に妥協しなかった。


 私に頭を下げて、真摯に頼み込んできた時を覚えている。

 刀を知りたいと、技を知りたいと土下座したののんを覚えている。

 どうせ私の技をスキルと勘違いしたゴミクズの一人だと思って、適当に地獄を見せて追い返そうとした私に、ぐしゃぐしゃになりながらもケロッと着いてきた可愛い弟子。


『腕も脚も、折れる時は折れますし、無くなる時は無くなりますよ?』


 そんな修羅みたいな事を平然と言いながら、そしてそれは強がりでも何でもなく、技の精度をあげるために痛覚設定を完全に入れた状態でも、地獄の修行に喜んで着いてきた。

 脚がもげても、腕が潰れても、技を一つ覚える度に「師匠! 出来ました!」と笑って報告する、可愛い可愛い私の弟子。


 クソみたいな精度でしか使えない技を自慢げに見せびらかすゴミ門下生とは違う。

 スキルが無いと何も出来なくなる雑魚プレイヤーとも違う。

 本気で、心から、私の技を身に付けようとした愛しいののん。


「ふふ、ふははははっ、逃がしはしないぞ」


 ののんは私の者だ。私のだ。私の弟子なんだ。

 本当なら他の達人連中に教えを乞うのも気に食わないのに、異世界になんてくれてやるか。


「弟子は、師匠と常に一緒に居るものだぞ、ののん」


 絶対に探し出す。こんな程度の低い世界に、ののんは勿体ない。

 お前らはののんを満足させられるか? あの子が積み上げた、 正気を疑う程の鍛錬に、追い付けるか?

 分からないだろう。知らないだろう。あの狂気を、あの本気を。


「待っていろののん、拙者が必ず見つけるからな」


 血反吐なんて毎日、息をするように吐き散らしてた。

 骨なんて挨拶程度の気安さで折れ、精神なんて毎秒擦り潰れるような修行を課して、その全部に着いてきた愛弟子。

 正直、ちょっと天才過ぎて自分が積んだ修行よりも相当キツい修行をさせてしまった。気が付いたら私よりも強くなっていた。

 刀術に絞って【剣閃領域】を使えば、まだ勝てる。だがそれは私がののんより強いのでは無く、単純に私が体格差を利用してるだけだ。

 もし私とののんが同じ身長、同じ筋肉量、同じ身体能力で死合った場合、十本中に八本取られる。そのくらいの実力差になっている。

 それでもののんに「師匠♡」と呼んで欲しくて、恥も外聞もなく体格差による不利を突きまくって勝っている。

 だが武器が刀に限らず、体格差さえも覆せる程に多種多様な武器を使い始めたら、今の体格差でも勝率が五割まで戻ってしまう。

 ああ、本当にののんは天才だ。愛おしい才能だ。


「ふふ、ふふふ……。この世界なら、他の達人連中は来れないからな。拙者がののんを独り占め出来るっ」


 特に杖術のあいつっ! ののんが一番得意とする武器の師匠っ、あいつはいつか目に物見せてやるっ!

 ことある事にドヤ顔カマしやがって、許さんからなトムヤムクン! あのクソジジイ!

 ……まぁ私も、ののんから普段呼びが「師匠♡」なのを達人連中にドヤ顔カマしてるから同じ恨みを買ってるんだが。

 ふふ、ののんに剣術全般を教えた勇者の顔よ。株で有り金溶かした顔をしおってからに。


「さて、ののんを探して旅をするなら、信用と金子きんすが要るな」


 旅の路銀もそうだし、ののんについて情報を買うにも金がいる。そして金を効率的に、効果的に使うなら、信用が物を言う。


「まずは、この国で聞き込みか」


 こうして、私の旅が始まった。


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