第83話 すっぽん鍋ハゲタカ御膳。



「なぁソル、あれってさぁ……」

「そうだなタカ。俺ら程度の初心者でも知ってる、あのお方のドラゴンだよな」


 俺の名前はソルティードッグ。

 そしてコイツは相棒のすっぽん鍋ハゲタカ御前。

 …………いやコレがコイツの名前なんだ。突然変な名前の料理を紹介した訳じゃない。こいつを見くれどう思う? って訳じゃない。

 ちゃんと、確かに、『すっぽん鍋ハゲタカ御前』がコイツの名前なんだ。ホントだぞ。ネトゲならそこまで変な名前じゃ無いんだろ?

 まぁ呼びにくいから俺はタカって呼んでるけど。

 なんでこいつ、こんなクソみたいなネタネームにしたの? 莫迦なの?

 まぁ良い。それよりも、今俺たちは凄い不思議な体験の真っ最中だ。テンション上がるぜ。


「本当に隠しエリアがあるとはな」

「噂は本当だったんだな。早く本物のあのお方に会いてぇんだけど」


 あまりゲームに興味が無かった俺たちは、とある飯屋のテレビで見かけたジワルドのCMに感動して、最近このゲームを始めたピッカピカの初心者だ。このゲームは昔から人気だったが、俺たちは今更始めた出遅れ組だ。

 古めかしい定食屋に置かれたクソでかいブラウン管テレビで見た、凄まじい完成度と物語性を感じさせるCMが、俺達がゲームをしているモチベーションの九割を支えている。

 そのCMに映っていたのは、日本刀を持って戦う、一人の女の子。

 黒髪で、幼く、だけどボロボロになりながらも、壮絶な笑顔で敵をなぎ倒していく、迫力満点でカッコよすぎる英雄だった。

 最初はゲームのCMでゲームのキャラが無双してるだけかと思ったし、実際にゲームをしたらこんな事は出来ないんだろって、これは誇張されたCMなんだろって思ってた。

 実際にあるじゃん? なんか凄い流麗なコンボを決めるキャラが映ったCMで、実際にやってみると凄いのっそのっそ動いてたり、そもそも広告されてる物とは真反対のゲームジャンルだったりするの。

 俺もこいつも、その手の詐欺広告とかにうんざりしてゲームを離れたから、その時は凄いカッコイイCMでも、感動はしたがゲームに興味を持つ程じゃ無かった。

 だが、後からその黒髪の女の子がプレイヤーで、CMに使われたシーンがゲーム内のイベントそのものの様子だと知って、俺たちのテンションは爆上がりした。


「……すっかり姿を見せなくなったジワルドの最強。アーペンラントの大英雄!」

「到達者が筆頭、【屍山血河】ののんたんが、この隠しエリアに居る……!」


 そう、ののんたん。俺らが崇めるアイドルであり、ジワルドで最も強い最強最高の神プレイヤー。

 CMをきっかけに、ののんたんがプレイヤーだと知ってから、ジワルドについて調べ始めた俺たち。様々なののんたんの動画を漁っては見て、探しては見て、買っては見て…………。

 俺達が飯屋で見たCMは、ののんたんが二つ名を手に入れた時のバトルロイヤルイベントのものだったが、それと同じくらい有名でファンも多い、アーペンラントで発生した伝説のイベントの公式PVを見て、もう、どうしようもないくらいに俺たちは、ののんたんのファンになった。


 伝説の公式イベント、『聖女の願い・悪辣の姫君に応報を』


 NPCもプレイヤーも一丸となって一人の悪者を倒すはずのイベントは、たった一人の女の子によってひっくり返された。

 本当は何も悪くなく、イベントのために運営が用意した厳重なミスリードによって凄まじい悪者として扱われた悲劇のヒロイン、ウリウシーラ・アーペムラントたん。

 この子の真実にたった一人気付き、そしてプレイヤーを全て敵に回してでも守り切った正義の幼女。


 ああ、もう、魂が震えるほどに感動した。


 俺達はののんたんに会うためだけにジワルドを始めたし、ののんたんを応援する事がモチベーションの九割だ。

 だけど、俺達がゲームを始めた頃には、その会いたくて会いたくて震えそうな程焦がれてる相手が、ののんたんがジワルドに姿を見せなくなっていた。

 引退説や死亡説など、様々な噂が飛び交う中、俺達は必死にののんたんを探して回った。

 そして俺達は、一つの眉唾物な噂を耳にしたのだ。


 あれだけ精力的にジワルドを愛した最高のプレイヤーが引退するはずが無い。


 到達者ののんは不慮の事故で死亡し、ジワルドそっくりの異世界に転生した。


 ジワルドで金の狼を見付けると、その異世界に行ける。


 いや異世界云々のくだりは莫迦言うなって笑える内容だが、要するに金の狼を見付けると行ける裏ステージ的なエリアがあって、ののんたんはそのステージ攻略中だから姿が見えないんだって噂だった。

 オンラインゲームなんてこの手の裏ステージとか隠しステージの噂には枚挙に暇が無い訳だが、そんな噂を耳にした次の日、俺とタカは本当に金の狼を見付けて、そして初心者故に全然相手にならなくてソイツからぶっ殺されて、そしたらいつの間にか、この隠しエリアの聖堂にリスポーンしていた。


 本当に隠しエリアがあったんだと大興奮した俺達は、速攻で宿を探してセーブし、ログインポイントを更新した。隠しエリアの条件が分からない以上、何かあって通常エリアに戻されたら大変だ。そんなことになったら俺は絶対に泣く。

 そして本当に隠しエリアがあったなら、ののんたんも本当に隠しエリアに居るんじゃないかと考えた俺達は、辺りの探索を開始した。


「なぁアンタ、ちょっと良いか?」

「ん? どうした、何か用か? ちょっと今忙しいからよ、出来れば他を当たって貰いてぇんだが……」

「あーいや、時間は取らせない。これがなんの騒ぎなのか知りたいだけなんだ」


 俺は目の前に居た赤茶色の髪をしたNPCに声をかけた。


 金の狼にぶっ殺されてこの隠しエリアに飛ばされた俺達は、飛ばされた最初の町であるレイフログって場所で色々と聞き込みをした後に外へ飛び出した。

 そして誘蛾灯に導かれた蛾のごとく、なにやらイベントが起きてるっぽいこの場所に来た訳だが、来たばかりでなんのイベントか知らんのだよな。

 とんでもない人集りで、遠くに見えるののんたんの三竜と、なんか大聖堂にそっくりの建物以外は何も見えねぇ。……なんであの大聖堂テレビくっ付いてんの? 世界観殺し過ぎじゃね?

 テレビに映ってんのは知らない獣人の幼女ちゃんと、……あれは【双鎌妖精】さんか? まさかあの人もこの隠しエリアに来てんのか。流石だな、ののんたんの親友の肩書きに偽りなしって所か。

 とりあえず何も分からんので、俺は道行くNPCに声をかけたんだ。町で聞き込みしてもみんなテンション高過ぎて何言ってるか分かんねぇんだよな。

 「ドラゴン! ドラゴンがぁ!」とか「凄いの! 女の子の剣舞が綺麗でねぇ!」とか、ちょっと落ち着けよお前ら。

 ジワルドのNPCは高性能なAIを積んでる上に親切なので、道行くNPCに聞けば割りと何でも教えてくれるはずなんだけどなぁ。

 コイツはマトモそうなので、今度こそ情報を得られる事を願ってるぜ。


「あー、この辺に来たばっかなのか? いや何、新しいダンジョン、巣窟が発生したってんで、騒ぎになってるだけだぜ。…………装備を見るに、お前らも探索者なんだよな?」


 そうそう、この隠しエリアはジワルドの通常エリアと違ってNPCが使う用語に少し差がある。

 通常エリアに居るNPCは俺達を異世界から来た戦士だと思ってて、俺達プレイヤーが自分たちのことをプレイヤーと呼ぶのも、NPCをNPCと呼ぶのも『そういうもの』だと理解してくれるんだが、この隠しエリアのNPCはちょっと違う。

 NPCをNPCと呼んだら、通じる奴と通じない奴が居る。この違いはなんなんだろうな?

 そしてダンジョンの事も巣窟と呼んだりダンジョンと呼んだりする奴が居て、レベルの事もレベルだったり深度と呼んだりする。それと、冒険者の事は探索者と呼ぶ。これだけは一貫して探索者だった。

 なんと言うか、全員NPCなのに、世界観重視のロールプレイヤーと効率重視のプレイヤーが混ざったような世界観になってて、チグハグな印象を受けた。

 どうしたジワルド運営、調整中に昼寝でもしながら作業してたのか?


「ああ、俺達もちょっと遠くから来た探索者なんだよ。これでも深度九十はあるんだぜ」


 あと他に特徴と言えば、この隠しエリアってレベルの基準がめちゃくちゃ低くて初心者の俺達でもベテラン扱いされてスゲェ楽しい。

 ジワルドでレベル九十なんて言ったら「おお、初心者なのか、ピカピカだな」って言われるが、この隠しエリアだとレベル九十だと凄い強い人扱いしてくれるんだ。

 虚栄心と言うか、承認欲求がバコバコ満たされるぜ。


「…………深度九十ッ? ……本当か?」

「ああ、嘘なんて言っても仕方ないだろ? なぁタカ?」

「そうだな。……なぁそれより、あのドラゴンについても知ってたら教えてくれないか?」


 俺がまた承認欲求を満たそうとしてると、タカが赤茶髪のNPCに、さっきからずっと視界に見えてる三竜様について聞く。

 そう、俺達が探して止まなかったあの人の、ののんたんが連れている有名過ぎる三竜!

 万象竜リジルと城塞竜グラムと疾風竜ロッティが、なんかじっとテレビを見詰めて置物みたいになってるんだ!

 ああ、あの竜が居るってことは確実にののんたんが居るよな。やべぇ緊張して来た、サインとか貰えないかなっ。


「ああ、リジルさんたちな、そりゃ普通は驚くわな。……あれはお嬢を、とある人を心配して集まって来ちまったんだよ。別に危なくはねぇし、気性も穏やかだから心配するこたぁねぇ」


 リジルきゅんたちが心配する人? お嬢?

 おいおい、ののんたんの行方を知ってそうな重要NPCかよこいつ!

 豪運キタァァァーー!

 マジかよ俺こいつに声掛けたのグッジョブ過ぎるだろ!

 全く、自分の豪運が恐ろしいぜっ!


「あんた、あの竜の主人について知ってそうだな? 実は俺達もその人を探して旅をしてるんだ。良かったら彼女の行方とか、知ってる事を教えてくれないか?」

「……………………はぁ? お前ら、お嬢の知り合いなのか?」

「いや、知り合いでは無いんだ。俺達が一方的に知ってるだけでな」


 俺がそう言うと、赤茶髪のNPCは疑わしげな目で俺を見る。

 ののんたんはNPCとも仲良くするプレイヤーだし、「お嬢」なんて呼ぶからには知り合いではあるんだろう。

 そんな彼から信用を得られれば、俺達はののんたんに近付きやすくなる!


「…………なんの用だ?」

「単純な憧れさ。俺達はあの竜の主人、ののんた--、じゃなくて、ののんちゃんに憧れて、ののんちゃんに会うため旅をしてる」

「名前は、知ってんのか。……もしかしてお嬢の故郷の人か?」


 故郷? ん、通常エリアのことか?


「たぶん、その認識であってるはずだが」


 自信は無いが、恐らくはそうだろうと思って肯定した。すると、何故か赤茶髪の男は疑いの視線を強めた。

 え、あれ? なんか回答ミスったか!?


「……お嬢は、あの妖精と同じ異世界から来たんだぞ。旅して来れる訳ねぇだろ」


 え待って何その変な設定っ!?

 ヤバいヤバい、信用を得てののんたんに会うためには、コイツの心象を損ねるのはマズイ。

 唸れ俺のグッドコミュニケーション!


「いや待て、表現を間違えたのは謝る! 確かに俺達の故郷は、異世界だ。簡単に来れる場所じゃねぇよ。でも事実だ! 疑うなら、あんたが知るののんちゃんについて何か、俺に質問をしてくれないか? ののんちゃんは俺達の故郷では凄い有名な人だったからな、大抵のことには答えられると思うぞ?」


 そう、俺もタカも、まだファン歴は浅いが公式グッズは全部買ったし、プレイヤーメイクで出回ってるグッズすらも集めてるヘヴィなファンだぜ?

 俺達のポーチにはののんたんが良く着てる衣装の上位三種類とののんたんが着てて可愛かった衣装非公式ランキングにノミネートされた装備のレプリカが全種類入ってるくらいだぜっ!?

 良い歳した野郎が幼女の衣装を眺めてニマニマしてんだぜぇッッ!?

 くそキモイよなっ!? 知ってる! でも止まらんのよ!


「………………お嬢の召喚獣全員の名ま--」

「「ポチツァルアルジェウィニーホルンベガリフロッサリジルグラムロッティ」」

「-えは聞くまでもねぇのか。ベガさんの事も知ってると、……うーん」


 当たり前だろそんな質問。ののんたんファンならファン歴一週間でも答えられる内容だぞ。

 俺とタカのハモった回答にやや引いてる赤茶髪の男に、俺は若干ドヤ顔をしてみせる。ふふん、お前は俺達よりののんたんを知ってるか? ん?


「じゃぁ、お嬢が風呂に入る前に必ずやることは?」


 ……………………?

 ん? え、待って何それ知らない。リアル? それののんたんのリアル情報で御座いますかっ!?

 値千金のレア情報でございますねっ!?

 いくら払えばそれ教えてくれますかッッッ!?


「…………いや、知らないな」

「そうか。……んじゃぁ、お嬢の初恋の相手の名前は?」


 んほぉぉお知らないいいぃぃぃぃッッッ…………!

 待ってさっきから凄い貴重なリアル情報ばっか出てくるんですけど!?

 このNPC何者なんですかぁぁぁあっ!?

 ののんたんってご両親が大好き過ぎるエピソードはバンバン語るけど、それ以外のリアル情報って恐ろしいほど秘匿するタイプだったんだよ!? なんであんたはそんなレア情報知ってるのぉぉおっ!?

 NPCにも世界観気にしてリアル情報漏らさないって有名なのにぃぃい!


「知らないみてぇだな」

「ぐっ……! そんな、ののんちゃんの知識で負けるなんて……」

「え、待ってそれいくら払ったら教えてくれる? なけなしの五千までなら出せるよ?」


 おいタカなに抜け駆けしてんだてめぇ!

 二人で折半しようぜ! そうすりゃ一万は出せるだろっ☆


「じゃぁ最後に、お嬢が酒をつぐ時に必ずやる癖は?」


 知らないのぉぉぉぉほぉぉおおおおお……!

 俺もののんたんにお酌されたいぃぃいずるいよこのNPCぃい!


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