第81話 意外と和気あいあい。



「にゃぁう♡ ぅにゃう……♡」

「はぁあオレの親友かわよっ」

「………………はぁ、はぁ、死ぬかと思ったっ」

「……なぜ、なぜ僕じゃダメなんだっ」


 急いで帰ったあたしは、やっぱり手遅れだったキス中毒猫幼女になったノンちゃんに唇を塞がれて死にかけた。

 凄いよね。鼻で息するのも難しいくらいにガッツかれて、本当にリスポンする所だった。


「おう、そろそろ飯にすっから、ぺぺ師範もシルルも手を洗って来いや」

「りょー。……いやまさか、このメンツが集まって筋肉が飯炊き係になるとは思わねぇよな」

「俺も自分で思ってるから放っておいてくれや」


 あたしがお城風セーフティポイントの中の談話室でノンちゃんに抱き着かれていると、エプロンを身に付けた第二王子のゼルくんがあたしたちを呼びに来た。

 ノンちゃんは戦い方を忘れている以外は未だに万能の凄い人なんだけど、猫化か幼児化が酷くなると何も出来なくなる。

 なので誰かが料理とかを担当しなくちゃいけなかっんだけど、何故かその役目がゼルくんになった。

 凄いよね。あたしたち、自分が住んでる国の王子様に料理させてるんだよ。


「しっかしまぁ、『飯』って言葉も浸透しきったな」

「ノンちゃんはリワルドの文化を尊重してたけど、向こうの言葉覚えたあたしも、ぺぺくんも、全然気にしなかったからねぇ」


 そう。こっちの世界では食事を朝餉とか夕餉と呼ぶけど、ノンちゃんたちの世界では朝ご飯とか夜ご飯って呼んでる。

 主食がお米っていう穀物で、『飯』って言うのはそのお米を表してるんだって。

 言いやすくて割りとスグに浸透した異界の言葉の一つである。


「これだけ人が居て、ゼルくん以外誰も料理覚えられなかったの凄いよね」

「ほんそれ。オレぁ元々出来なかったし、まさか一番出来そうなレーニャも絶望的な料理センスとか笑うしかねぇよな」

「そもそもキッチンが高くて、小さいあたしたちには使いにくかったからね」


 ノンちゃんも箱貸し宿で料理する時は、組み立て式の足場を持ち込んでた。

 ああやって小さい事に気が付いて色々と準備が出来るのも、ノンちゃんの凄さの一つだったんだね。

 あたしはプレイヤーになってから、ノンちゃんの凄さを一つ一つ噛み締めてる。


「ののんってマジで万能な天才だったからな。ジワルドの全流派コンプしてるの、あれだけプレイヤーが居て多分コイツだけだぜ?」

「にゃあ? にゃっ!」

「ぁ痛っ……!? ちょ、じゃれつくなっ、のの猫こらっ」

「にゃぁあうっ」


 可愛い。

 お城の食堂を目指して移動してると、ふよふよ浮いてるぺぺくんにノンちゃんがペシペシと猫パンチをする。ノンちゃん可愛い。

 こんなに可愛いのに、うにゃうにゃしてるのに、一つ修めるだけでも大変な武術スキルの流派を全部修めてるなんて、ちょっと信じられない。

 あたしなんて、ぺぺくんに教わってる冬桜華撃流だけでも四苦八苦してるのに、ノンちゃんは全部でしょ?

 …………いや凄いよ。意味わかんないもん。

 ジワルドにあった武術スキルの流派はそれぞれにだいたい三流派ずつあって、二流派とか四流派ある武術もあるけど、基本三つだそうだ。

 刀術だけでも千刃無刀流、冬桜華撃流、音無景見流おとなしかげみりゅうの三つと、二刀流に派生した千刃無刀流と、二刀流専用の双葉流ふたばりゅう。それと抜刀術だけを扱う流派も更に三つ。

 ノンちゃんが得意な無念夢想流。とにかく速さだけを求めた瞬刀雷鳴流しゅんとうらいめいりゅう。騎乗で抜刀術を扱うための流派という意味不明な経緯で誕生した緋鹿毛不動流ひかげふどうりゅう

 ただ刀って武器一つだけでもこれだけの流派があって、ノンちゃんはこの他にもあらゆる武器の流派と、武器を使わない無手の流派も全部修めてる。


 ………………いや凄すぎでしょ。


 あたしだって、ぺぺくんに「いやお前も天才の部類かよふざけんなっ」とか言われるくらいには才能があったらしいのに、ノンちゃんが使ってるのを見た技のキレには全然追い付けない。

 ノンちゃんは刀を使う時は千刃無刀流と、抜刀術なら無念夢想流をよく使うらしいんだけど、このダンジョンで一回だけ冬桜華撃流の技を使ってるのを見た。

 六花八分咲きって言う秘伝に分類される技なんだけど、自分で使ってて違和感が凄いんだ。

 ノンちゃんが使ってた六花八分咲きが凄すぎて、自分で放った六花八分咲きに不満しか残らない。

 技の練度が違いすぎる。普段から使ってる流派じゃなくても、あれだけの練度で技が使えるノンちゃんが、強すぎる。


 …………目標が遠すぎる。


「ほーら飯だ飯だ。今日はなんだ?」

「大先生に習った『かにたま』って料理だな。……飯作んのも悪かねぇぜ」

「料理系王子キャラとかオレぁ嫌いじゃねぇぞ?」

「はっ、良いからさっさと手を洗って食っちまってくれよ。そんで後で稽古つけてくれや」

「おうおう、ヤル気ある奴ぁもっと好きだぜ」


 食堂につくと、先に居た友達はみんなもう食べ始めてた。

 石造りで寒々とした雰囲気のお城なのに、豪華な装飾が煌びやかに光って美味しそうな匂いに満ちた大きな食堂は、笑顔に溢れて暖かい場所になってた。

 美味しそうだね。早く手を洗ってこよう。


「にゃあん♡」


 まだ猫化が終わらないノンちゃんは、食堂から直通で行ける洗面所にはいると凶暴化して、あたしは突然押し倒された。

 ……ノンちゃんは攻撃に関わるステータスが凄いことになってるビルドなので、レベルですら負けてるあたしじゃ抵抗出来ないんだよ。


「にゃぅ、にゃぁぁあん♡」

「……おうシル公、先行ってるぞ」

「…………うん。あの、助けてくれたりは?」

「する訳ねぇだろ。オレぁののんが幸せそうならそれでいいんだよ。大人しく

「……あい」

「にゃああ♡」


 ぺぺくんはさっさと手を洗って洗面所を出て行き、ぺぺくんに見捨てられたあたしはノンちゃんに食べられた。

 あの、あれだよね。大人の階段はまだ登ってないけど、そろそろノンちゃんの反応が怪しいんだよね。

 あたし、ノンちゃんと違って正真正銘の八歳児なんだけどなぁ。

 いっぱいキスして、食事前なのに前菜をお腹いっぱい食べたノンちゃんはご機嫌だった。

 …………あと何ヶ月、あたしは自分の純潔守れるかな。いや、先にノンちゃんの唇を奪ったのあたしだけどさ、もう今じゃあたしは食べられる側なんだよね。


 …………色々と理解出来て、色々と心配になっちゃうくらいに頭が良くなっちゃったのは、不幸なのかなんなのか。


 はい。前菜を食べ終わったノンちゃんは凄いご機嫌になったよ。

 良かった。五分くらいで解放された。帰って来て一時間くらいキスされてからすぐご飯で、あまり時間経ってなかったから助かった。

 お口の中をいっぱい舐められて、ついでに顔までぺろぺろされたあたしは、踏み台を用意した洗面台で顔と手を洗い、ノンちゃんにもウガイさせてから食堂に戻った。

 顔洗う前にぺろぺろされたからね。ばっちぃからね。ちゃんとウガイしようね、ノンちゃん。


「「あー、シルルちゃん来たよぉ」」

「お帰りなさいなの。ここ空いてるのー」

「ありがと。……それおいし?」

「なのっ! あーほら、ノノンさんもまたそうやって、うにゃうにゃしてないでちゃんとご飯食べるの!」

「うにゅぁぁうっ」

「こら、わがまま言わないの!」

「にゃあっ……」


 あたしもウガイしたけど、まだお口の中がノンちゃんの味でいっぱいのままテーブルに座る。

 ネネちゃんがノンちゃんを剥がしてくれたから、今のうちにご飯を食べる。

 かにたまって言ったっけ? かにって蟹だよね。蟹はアレ、レイフログでノンちゃんが料理してくれたから、食べたことあるよ。美味しかったんだ。

 楽しみだなぁ。


「なぁなぁシルルちゃん、ダンジョンの中ってやっぱり怖いよな? 大丈夫か?」


 ふわふわで不思議な食べ心地のかにたまを食べてると、向かいに座ってる男の子にそんな事を言われた。

 学園の二年生で、男爵の長男であるエイデアル・セプテンって人だ。あたしはイデくんって呼んでる。


「うん。あたし強くならなくちゃいけないし、頑張るよ。怖いけど、ぺぺくん居てくれるし」

「……シルルちゃんは強いなぁ。…………ごめんな、俺達二年生なのに、一年生のシルルちゃんに任せちゃってさ」


 イデくんは、あたしが初めてリスポンしてお城で蘇った時、ちょっとパニックになってたあたしを見て、凄い心配してくれた男の子だ。

 頭だけの犬に蜘蛛の足が生えたみたいなモンスターに食べられて死んで、あまりに怖くて凄い泣いちゃったんだよね、あたし。

 その時からイデくんをはじめ、他のみんなも凄い優しくしてくれるようになった。

 貴族の子も多いし、最初はあたしが半獣だからって、かなり莫迦にされてたんだけど、初めてのリスポンであたしが泣き喚いた時に、あたしがモンスターに殺される様子とかを動画に撮ったぺぺくんがみんなにソレを見せたりして、そしたら半獣蔑視は消えていった。

 むしろ、モンスターに食べられたり、生きたまま千切られたりしてるあたしに凄い同情して、戦わせてることに負い目を感じてるみたい。


「でも、イデくんたちも最近レベル上げ頑張ってるよね?」

「う、うん。でもまだ全然……」

「そうだぜ。俺たちなんてまだ、ここじゃ戦えねぇし」


 他の男の子たちも会話に混ざって、ご飯の時間は進んでく。

 あたしの死に様とかに触発された男の子は、このお城風セーフに備え付けられた練兵施設で訓練して、地道にレベルを上げてる最中だ。

 五種類あるセーフの中で唯一お城風セーフにだけある練兵施設は、このセーフがある階層より上のモンスターを指定して呼び出し、戦って経験値を得られる訓練所になってる。

 ジワルドを知らない外の世界では禿鱗奴しゅうりんどと呼ばれてる、スケイルゴブリンって名前の弱いモンスターとかを呼び出しては倒し、レベル一桁のモンスターから訓練を初めて地道にレベリングをしてる。

 みんなは現在、このダンジョンの外に出たら金等級探索者にも勝るレベルになってたりする。

 でもレベルが百前後では、階層千を超えるこの場所のモンスターにはどうやっても太刀打ち出来ない。


「あたしはほら、ノンちゃんを騙して経験値薬を飲んだからさ、その分頑張るのは当たり前だよ」

「でもよぉ、あんな目にあって……」

「大丈夫。あたしノンちゃんが大好きだから、最下層のボスを倒して目的のアイテムがドロップするまで、いくらでも頑張れるよ」


 ノンちゃんは、あたしが、あたしたちがバケモノにならないように、一人で背負って、一人で壊れた。

 それを知ったみんなは、あたしへの同情もあるけど、みんなノンちゃんの為に頑張ってる。

 たとえノンちゃんが望まないバケモノになっても、みんなで支え合えば大丈夫。


「早く親友さん、猫化終わらないかな。俺新しい武器作ってもらう約束してるんだよ」

「はぁ、おま、ずるいぞ!」

「羨ましいっ、お前なんて、ノノンさんがずっと猫化してて武器なんて作って貰えないまま、地上に帰るまで店売り武器で過ごすがいい……!」

「いや、それお前らも作って貰えないじゃん」

「俺たちは元々親友さんの好感度めちゃくちゃ低いから無理なんだよ!」


 ノンちゃんが親友さんと呼ばれてるのは、ぺぺくんが助けた側の人達に広まってるアダ名だ。

 ぺぺくんが持ってるノンちゃんのカッコいい動画を見てノンちゃんのファンになった子達がそう呼んでる。

 あ、あたしもノンちゃんの動画をメニューのショップで買ったよ。凄くカッコよかった。あのお姫様を助けたところなんて、何回見ても泣いちゃうの。

 レベリングで集まった素材とかアイテムをセーフで売って、そのお金で買ったんだ。だからちゃんと自腹で買ったんだよ。もうショップに売ってた公式のメモリークリスタルはコンプリートしてるの。

 あとはお金をためて、ぺぺくんが持ってるプレイヤーメイクの動画をコピーさせてもらうんだ。照れながら歌って踊るノンちゃん見たけど、あまりにも可愛くて、ちょっとあたし理性が飛んだもん。

 その時は、気が付いたら久し振りに自分からノンちゃんにキスしてた。ノンちゃんぐったりしてた。でも可愛いノンちゃんのせいだから、ノンちゃんが悪いよね? あたし悪くないよね?


「なぁシルルさん、シルルさんから親友さんにお願いして、俺たちの武器作って貰ったりとか……」

「うーん、お城の売店のじゃダメなの?」

「いやアレも高いのは強いんだけどさ、やっぱ親友さんの作った武器は弱い素材のやつでも格が違うじゃん?」


 ノンちゃんは凄腕の戦士だけど、同時に凄腕の生産職でもある。

 ぺぺくん曰く、最上位の生産職には適わないけど、それでも鍛冶の腕だけなら最上級って言えるくらいには凄いらしい。

 そんなノンちゃんに武器を作ってもらいたい男の子たちは、最初あたしとかアルペちゃんたちに冷たくしててノンちゃんに嫌われちゃった男の子だ。

 ノンちゃんはお喋り出来る状態なら料理も鍛冶も出来るんだけど、嫌いな人には絶対に武器を作らない。

 今ノンちゃんに無条件で装備を作ってもらえるのは、ミハくんとレーニャさんとゼルくん、この三人くらい。

 ネネちゃんたちも戦う気になったなら多分作ってもらえると思うけど、女の子たちは殆ど戦いじゃなくて生産の練習に手を出してる。

 それで、たまーに、極たまーに、ノンちゃんの気が向いた時にだけ、あんまり嫌われてない男の子が何かと引き換えにお願いすると、武器を作って貰えたりする。

 それがまた性能が凄くて、今ではみんな欲しがっちゃうようになったんだ。

 ノンちゃんにお願いする時のルールとしては、素材は自分で用意すること。あとノンちゃんのワガママとかを無条件で聞くこと。そしてノンちゃんとあたしがキスしてる時は絶対に邪魔しないこと。


「練兵所は素材落ちないからなぁ……」

「お金だけ落ちるんだっけ?」

「そうそう。いや外に帰ったらこれだけでもう金持ちになれるけど、ここの基準だと金貨数枚とか端金じゃん?」

「素材集めるの、売店で買うしかないもんな」

「最低五百階層基準の素材、高っけぇんだよ……! 鉄とかの基礎素材しか買えねぇ!」

「素材ショボイよりは良いじゃん。基礎素材と装備だけは俺らに丁度いいの買えるし、群れる虫系の雑魚素材ならギリギリ手が出るし」

「いや俺らそれしか手が出ないじゃん。ノノンさんにモンスター素材で作って貰った三人、みんな蟻素材の剣で質感も色も被りまくってるし」

「店売りよりマシだろうがっ! それに蟻の顎使った黒い剣とか普通にカッコイイじゃん! 被ってても俺はあれが欲しい!」

「ノノンちゃんが作った武器なら基礎素材だけの武器でも超強いしな」

「それより、おれはシルルさんの剣みたいなやつ欲しい。刀とか、サムライブレードっていうんだっけ? かっこいいよな」

「……でもあれ難しいじゃん。俺もちょっと、ノノンさんが使ってるの見て憧れたから、店売りのショボイの買って試したけどさ。…………二回振っただけで曲がるとか思わないじゃん」


 みんな、ダンジョンの中にいるのに、意外と和気あいあいと楽しそうだ。

 たぶん今のみんなは、向こうの世界でジワルドを遊ぶプレイヤーと同じような気持ちなんだろうね。

 極力命の危険を排除して、戦って、素材を集めて武器を作って、また強い敵と戦う。

 ノンちゃんやぺぺくんがそうやって強くなったように、あたし達もそうやって強くなっていく。

 目の前にじっさい、そうやって強くなった最高峰のお手本が二人もいるんだから、やる気も出ちゃうよね。


「ねぇシルルさん。刀使うコツとかってないの?」

「えーと、……素振りと型を頑張る?」

「それ基礎だよ。コツじゃない」

「じゃぁ、コツなんて無いよ。こつこつやるしか無いもん。強い人だって強くなるために凄い練習してるんだよ? ぺぺくんの自主練見たことある?」

「……え、ぺぺさんって自分の訓練とかしてるの?」

「してるよ。前に見たのはね、指の先くらい小さな石ころを上に投げて、あとはひたすら石が地面に落ちないように鎌で切り上げ続ける練習してた」

「…………うっそ、えっ、ぺぺさんの指の先? 俺らの手じゃなくて?」

「うん」

「うわっ、そんな小さな石をずっと斬り続けるとか無理じゃんっ」

「ちょっとズレるだけで下落ちるよね……? え、切り上げるって事は、下から完全に真で当てないと、どっかに弾いちゃうよね?」

「だから、それくらいの精度を保って武器を降り続ける練習なんでしょ? ぺぺくんだってそれくらいの練習してるんだから、ぺぺくんより下手なあたしたちは、もっとこつこつ頑張らないとダメだと思うよ?」

「…………返す言葉もない」


 なにより凄いのは、ぺぺくんってその練習を両手で別々にやってた事なんだよね。二個の石を二本の鎌で延々と切り上げてた。

 ジワルドの到達者って人達はみんな、それくらい当たり前に出来る人ばっかりなんだって。

 ノンちゃんに刀術を教えた師匠さんはもちろん、ジワルドで一番凄いお薬を作れる生産職の人も、それくらいは出来て当たり前らしい。


 …………遠い世界だなぁ。


「よっし、ならこんな所で駄弁ってる場合じゃないな!」

「はぁ、練兵所いくかぁ」

「ん、頑張ってね。あたしも頑張るから」

「いやシルルさんは頑張り過ぎだと思うけど」

「俺、生き返れるとしてもモンスターに食われて死ぬとか絶対嫌だぜ…………」


 こんな感じで意外と、プレイヤー化したあたしはみんなに羨ましがられたりはしてない。

 生き返れるって事は、死ぬ時の恐怖を何回でも経験するってことなんだと、ぺぺくんが見せて回った動画のせいでみんなが理解してるから。

 それでも羨まれてる点は、ショップが使えることと、ゲストポーチじゃない正式のポーチが使えることくらいかな。

 ポーチは容量が全然違うし、ショップが使えればメモリークリスタルとか買えちゃうからね。

 お城風セーフの売店は、神代風セーフの自販機と内容が違っててメモリークリスタルは買えなかったし、ゲストポーチも地球風のお菓子も売ってない。

 ゲストポーチもお菓子も、メニューの公式ショップにも売ってないから、神代風セーフの設備って特別だったんだなってわかった。

 ノンちゃんがあれだけ幸運だーって言ってた意味がよく分かったよ。もっと良く神代風セーフで売ってるもの見とけば良かった。

 今のノンちゃんに聞いても「ののちゃ、しやないもんっ」って言うし。ぺぺくん曰く「自分のメモリーとか売ってたなら恥ずかしかったんじゃねぇの?」らしい。なるほど。

 あー、でもみんな、神代風セーフとこっちのセーフのどっちがいいかって聞いたら、賛否両論だと思う。

 こっちには練兵施設があって安全にレベリング出来るしね。向こうの方が快適でも、レベリング出来ない場所にずっと居ると、多分みんなどっかで潰れてたと思う。


「練兵施設以外は全部向こうの方が設備良かったんだけどなぁ」


 女の子たちが使ってる生産施設も向こうの方が性能良かったし、お風呂も自動で沸くし、大画面テレビでメモリー再生したり、ゲームしたり、楽しい本が沢山あったし。

 こっちだとお風呂自分で沸かさないと入れないし、石造りだから所々凄い寒いし、娯楽が自前の再生機と練兵施設でレベリングするくらいしかないの、ちょっと気になっちゃうよね。

 まぁ本当ならこんなに長居するための場所じゃ無いみたいだし、しょうが無いんだけど。

 普通は一パーティが少し休んでダンジョン探索に戻るための場所だし、二十人を超えるレイドパーティを組んで入り浸るための場所じゃない。


 あたしたちは全員でセーフに入るためにぺぺくんがリーダになったレイドパーティを組みっぱなしにして、ここに居る。

 それで一時的にあたしとぺぺくんだけが外に出て、ノンちゃんが泣き出す前に餌のあたしが帰って来る生活を送ってる。

 ちなみに、パーティは組んだままだけど、あたしのレベリングでパーティに影響が出ないようになってる。

 経験値の分配をデフォルトのまま等分にすると、外で戦うあたしとぺぺくんが得た経験値がみんなにも分配されてパワーレベリングになっちゃう。だから設定を弄って貢献度分配にして、外の戦いに貢献度ゼロのみんなには経験値が流れないようになってる。

 パワーレベリングしてあたしと同じ苦労をみんなにはさせられないからね。

 あたしは今凄い苦労してる。お薬でドーピングしてレベルを上げたから、ジワルド基準なら誰もが普通に持って普通に育ててあるスキルが、何一つ無い。

 例えば、レーニャさんは戦闘スキルを持っている。

 レーニャさんはNPC扱いだから、特殊なアイテムを使ってもレベル以外のステータスは表示できない。だけど、それでもぺぺくんが訓練の様子から逆算すると、魔法使いに必要なパッシブスキルが色々と揃ってないとおかしい数値が出てるから、スキルは持ってるはずだって言ってた。

 魔法の威力を底上げしたり、魔力、つまりMPの回復速度をあげたり、そんな戦いの補助をするためのスキルが、レーニャさんには揃ってる。

 でもあたしには、ノンちゃんから教わってた刀術スキルくらいしか無くて、ステータスを底上げするパッシブスキルも無いし、相手の動きがゆっくりに見えるような補助用のアクティブスキルも無い。

 あたしはレベルに見合う適正階層で戦っても、ステータスの底上げスキルが一つすら無い分、適正階層ですら力負けする。

 その上で戦闘を補助してくれるスキルも無くて、ぺぺくんに教わる冬桜華撃流と魔法しか戦う術が無い。


「…………しかもあたし、ステータス的に魔法そんなに強くないっていうね」


 あたしのステータスは、速さに特化した構成だ。

 とにかく早く動いて、少し硬めの防御力で被弾しても気にせずに突っ込んで、強めの力でぶん殴る。そんな戦い方をするためのステータスだ。

 だからあたしの魔法は、弱くは無いけど、強くも無い。そんなどっち付かずの中途半端。

 そうなるとあたしの戦いは、冬桜華撃流の刀術しか無い。なのにそれさえもノンちゃんに比べたら稚拙で、これだけしか無いのに、これさえも十分な力になってない。


 …………あれだけノンちゃんが嫌がった理由が分かるよね。


 あの時大聖堂でノンちゃんを説得して経験値薬を飲んだとして、ノンちゃんが言うように肉壁にしかならなかったはずだ。

 適正階層ですらマトモに戦えない程度の木偶にしかならないのに、ダンジョンから出たらバケモノ扱いが待ってる。

 そりゃノンちゃんも経験値薬なんて忌避するよ。良い事ないもん。

 今だからこそ分かる。ノンちゃんが正しかった。ノンちゃんはずっと正しかった。


「………にゃあ? るるちゃ、どしたのー?」

「あっ、ノンちゃん戻ったの? 大丈夫? ちゅーする?」

「すゆー♡」


 いつの間にか猫化が弱まってたノンちゃんに、すかさず甘やかして心を癒す。

 猫化して赤ちゃん化しても、こうやってノンちゃんをメロメロの甘々にしてあげれば、ノンちゃんはこれ以上壊れないで済む。

 …………もし元に戻っても記憶が残ってたら、恥ずかしさでノンちゃんが死ぬかもしれないけど、それはあたしのせいじゃないからね?


「ん〜♡ んんんっ」


 かにたま味のノンちゃんとキスをしてから、歯を磨くためにまた洗面所に行く。みんなご飯を食べ終わって、もう食堂には殆ど人が居なかった。

 甘えん坊になってるノンちゃんは歯磨きをあたしにさせるけど、あたしも何かコレ楽しくて嫌いじゃない。日本風の歯ブラシでノンちゃんの歯をコシコシ磨いて、ガラガラペッてさせた。

 あとはもう寝るだけかな。直後に歯を磨くなら、さっきのキスは歯を磨いてからで良かったな。かにたま味のキスって正直ちょっと雰囲気無いよね。


「さぁノンちゃん、お部屋戻ろ?」

「うんっ! ねぇねぇ、おへやでちゅっちゅしよー?」

「そだね、ちゅっちゅしようね」


 ……これやっぱりノンちゃんが正気に戻ったら、ダメージ大き過ぎないかな?

 逆の立場だったらあたし、多分恥ずかしくて一年くらいお部屋に引きこもるよ。ちゅっちゅしよーとか言った記憶、恥ずかしくて死んじゃうよ。


「あのね、あのね、ののちゃ、るるちゃすきなのー♡」

「あたしもノンちゃん好きだよ。ずっと一緒に居ようね」

「うんっ♡ にゃあっ、はやくおへやいこー?」


 正直、この状態のノンちゃんも可愛くて、ノンちゃんが壊れた結果じゃなかったらずっとこのままでも良い気がする。

 いつものカッコよくて優しかったノンちゃんが大好きだけど、こんなに甘えてくるノンちゃんも可愛くて仕方ないよ。

 正気に戻ったあとも、壊れたからとかじゃなくて、たまにで良いから普通にこの状態になってくれないかな。

 ベタベタぎゅっぎゅっと抱き着いてくるノンちゃんと一緒に、二人で一緒に使ってるお部屋に帰って来た。

 石造りのお城は廊下が寒いし、お部屋の中も寒すぎる。


「はやくっ、はやくっ♡ るるちゃ、ののとちゅっちゅしよ? ちゅっちゅしよー?」

「まってね、ノンちゃんお着替えしないと」

「あーいっ!」


 あとは寝るだけだから、暖炉に火を入れるのも億劫だ。外なら危ないけど、ダンジョンの中の、それもセーフの中なら暖炉に火を入れっぱなしで寝ても死ぬことは無いけど、もうベッドに入るだけだし、二人で寝てれば暖かいしね。


「もういっ? ののちゃ、ちゅーしていー?」

「うん、いいよ。ノンちゃんおいで」


 薄着に着替えたら、二人で一緒にベッドに入る。

 うん、あたしもね、二人きりならノンちゃんにいっぱいキスしたいよ? もう良いよね? ノンちゃん独り占めしていいよね?


「るるちゃしゅきぃい♡」

「大好きだよ、ノンちゃんっ……♡」


 それから、眠くなるまでずっと、あたしはノンちゃんとキスをした。


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