第80話 初めてのちゅーの味。



 …………………みんな嫌いだぁ。

 見ないでって、ゆったのに。


「……………にゃ、にゃぁぁあっ!?」


 ちゅーしたあと、普通のちゅーだと思ってたノンちゃんは、おとなのちゅーでビックリしちゃって、真っ赤になってワタワタしてる。

 でもチラチラとあたしを見て、照れ照れしてて、その、なんか可愛い。


「…………ノンちゃん、あたしのお願い聞いてくれる?」

「……にゃあっ、……えと、きいたげゅ、ね?」


 真っ赤になって照れるノンちゃんに、あたしも照れちゃう。恥ずかしい。しかもみんな、見てた。ちくしょー。ダメって言ったのに。

 でも、これで、本当にノンちゃんが大人しくなるの?

 ならなかったら、嘘だったら、あたし、誰に怒ればいいの?


「あのねノンちゃん、もう、あの黒い魔法、使わないで欲しいんだぁ」

「しやないっ、ののちゃ、そんなのしやないもんっ」

「……そっかぁ。ノンちゃん、お願い聞いてくれないのかぁ……。あたし、悲しいなぁ……。泣いちゃいそうだなぁ」

「え、えぇ、やぁっ……、るるちゃ、ないちゃ、めーよ?」

「ノンちゃんが黒い魔法使うと、あたし悲しいなぁ。泣いちゃうなぁ」

「ぇう、あのっ、にゃぁうっ……」


 あたしが悲しそうに、目に涙を溜めて鼻をすすると、ビックリしたノンちゃんが真っ青になって慌てる。

 今の私は、初めてのちゅーをみんなにみられて、恥ずかしさでいくらでも泣けるよ。あたし今顔真っ赤だよ。


「ノンちゃん、あたしのこと嫌いなのかなぁ……」

「しゅ、しゅきよぉー? えと、るるちゃっ」

「黒い魔法嫌だなぁ……。使わないって、約束して欲しいなぁ……」

「あぅ、にゅぅぅうっ……、つっ、つかぁない! のの、もうつかぁないょっ! だからるるたぁ、なかないぇ?」


 見ていたぺぺくんが「演技大根なのに涙が迫真なのクソうける」とか言って笑ってて、ミナちゃんは鼻血を出して倒れてる。

 第三王子様は歯を食いしばりながら羨ましそうに唇を噛んで、血走った目であたしを見てるし、第二王子様とレーニャさんは、微笑ましそうな顔で…………。


「ほんと……? ノンちゃん、あたしと約束してくれる?」

「うんっ! のの、るるちゃとやくしょくすゆっ!」


 アルペちゃんとクルリちゃんは「あわわわわっ」って言いながら手で顔を隠して、でも指の間からバッチリ見てたし、ネネちゃんとタユナちゃんも「お、大人の口付けなの……」「すごぃ……」とか言って顔を真っ赤にして、……感想を言わないでっ!


「だかぁね、あのねっ、るるちゃ、ののちゃをきらぃになぁないぇ?」

「大丈夫、あたし、ノンちゃんが大好きだよ」

「…………えへへへぇ♡ にゃぁ、ののちゃもね、るるちゃのことしゅきぃ♡」


 ちゃんと言質をとって、魔法を使わないと約束してくれたノンちゃん。

 これで本当に約束を守ってくれれば、もうノンちゃんがHPを削って撃つ魔法をたくさん使って死ぬことは無い。

 でもこれさ、ちゅーしなくても約束出来たんじゃない?

 いや、約束だけじゃなくて、ノンちゃんの壊れる速さを遅くするのが目的だから、どっちにしろちゅーする事になったんだけどさ。

 試して失敗したならそれはいい。だけど試さずにノンちゃんが壊れたら、あたし死んでも死にきれないもん。


「るるちゃぁ、ののすきー?」

「うん。大好きだよ。あたしはノンちゃんが大好き。愛してるよ」

「えへへへへへー、うれしぃにゃあ♡ あのね、あのね、のの、もっかいちゅーしたいなぁ……」


 ……………………え? え、えっ!?

 も、もう一回するの? ほんとに? みんなの前で?


「………………だめぇ?」

「……うっ、ううん、えと、ダメじゃないよっ? あの、でもっ」

「にゃぁっ♡」


 うぁ、ぁぁぁあっ、……ああ恥ずかしいっ。

 みんな何で見るのっ?

 恥ずかしいって言ってるじゃんっ、みんなあたしのこと嫌いなのっ?


 だめだ、ノンちゃんが目を瞑って待ってる。待たせるとノンちゃんが泣いちゃう。「ふぇ……、るるちゃ、ののがきぁいなの?」って言って泣いちゃう。

 みんなを睨む。見るなって睨む。

 みんな微笑む。ミナちゃんがビクビクしてる。

 なんっ、この、味方が、いないっ…………!



 ◇



 ジワルドとリワルド。同じシステムを元にした二つの世界は、だけど根底にある前提の違いによって節々に差異が見られる。


「おらシル公てめぇヌルい立ち回りしてんじゃねぇぞ雑魚がぁッッ……!」

「ぬっぐぅ、六花八分咲きッッ……!」

「遅っせぇ軽い弱い雑い温いっ、話しになんねぇぞっ!」


 ぺぺくんがクソダンと呼ぶここ、あの日から篭もり続けてるダンジョンの千二百と八十三階層に見付けた、お城風のセーフを拠点に活動を続けてもう、体感で二ヶ月が過ぎた。

 セーフにある時計も、地球基準の時間を刻むから、リワルドの時間がどれだけ進んだのか分からない。時計には二十四時間しか表示されてなくて、リワルドは一日が二十五時間あるから。

 そんな時を過ごし、あたしはぺぺくんに鍛えて貰いながら今は、このダンジョンの千三百階層を目安に特訓してる。


「おら詰め込め詰め込めぇ! EXPブースターの時間が勿体ねぇだろうがぁ! 死ぬ気でキルスコア稼ぎやがれぇ!」

「《ビートアップ》ぅっ、八重桜やえざくらぁぁぁあッッ…………!」

 ジワルドとリワルド。その一番大きな違いは、プレイヤーが生きるが在るか無いか。

 この二ヶ月でぺぺくんから話しを聞いて、色々と学んだあたしはちょっと頭も良くなって、ノンちゃんたちの故郷についてかなり正確に理解出来るようになった。

 ジワルドにはニホンや他の国のお金を、現実のお金を使って特別なアイテムを買うための『課金』と呼ばれる行為があって、ジワルドで稼いだお金で買うアイテムよりもずっと性能の良いアイテムや、特別な効果のあるアイテムを購入することが出来る。

 だけど、リワルドには現実なんて無く、強いて言うならリワルドの世界が現実を兼用している。

 だからそう、リワルドではワールド規格の通貨がジワルドの課金通貨を兼任しているんだ。

 そのおかげで、ぺぺくんやノンちゃんが沢山持ってるグリア金貨を使うことで、システムメニューの『ショップ』から『EXPブースター』なんて言う、モンスターを倒した時に得られる経験値が水増し出来る特別なアイテムを山ほど使う事が出来た。


「羅針眼! 八重桜ッ……! 鈴忍冬すずすいかずら!」

「スキル回し下手くそかオラァっ!? そんなんじゃ何年経っても最下層なんて行けねぇぞ雑魚がもっと動けやぁっ……!」


 他にもノンちゃんの武器を借りたり、ぺぺくんに魔法を習ったりしてあたしは強くなっている。

 だけどまだ届かない。最下層には全然手が届かない。


霞蓮華かすみれんげッッ……! 六花八分咲きっ、麗躑躅うらつつじ、八重桜ぁあッ…………! 《ティターニアオーラ》万花繚乱ッッッッ」


 足りない。全然足りない。何もかもが足りてない。

 ぺぺくんが言うには、プレイヤーが一番スキルを成長させる瞬間は、レベルアップの時らしい。

 レベルとは体が一つ上の存在に進化すること。そして進化した体は、それまでに磨いた技を、経験を、力を共に昇華させる。

 だから、経験値薬でレベルだけを爆増させたあたしは、千回以上ものスキル成長の機会を投げ捨てたことになる。

 もちろんレベルアップしなくても、相応の努力をすればスキルは育つし練度が上がる。だけど、効率という面で見れば最も酷い成長率なのも事実なんだ。

 私は今、そのツケを全力で支払っている。


「華撃流はもっと技を繋げんだよっ! 舞うように斬って踊るように殺す流派なんだよっ! バカにしてんのかテメェ!? ヤル気ねぇなら辞めちまえよ!」

「ぐぅぅぅぅうううあああああっっ、桜華絶刀花吹雪おうかぜっとうはなふぶきぃいああああああッッッ…………!」


 幸い、あたしは元々ノンちゃんがちょこっと刀術を教えてくれてたから、戦うためのスキルは刀術だけでも覚えてた。

 だけど、刀術ってスキルは『流派を身に付ける為のスキル』であって、それさえ有れば戦える類のスキルじゃなかった。

 ノンちゃんに教わろうにも、ノンちゃんは今禁呪以外の攻撃を全て忘れてしまってる。

 ぺぺくんが言うには、ノンちゃんはジワルドで学べる全ての流派を、たったの一つも残らず全部、完璧に身に付けた凄い人なんだって。

 ノンちゃんが良く使ってた「○○閃」系の技は、千刃無刀流って言う流派の技で、あたしが今使ってるお花の名前がついた技は冬桜華撃流とうおうかげきりゅうっていう、また別の流派のものになる。

 これはぺぺくんが唯一知ってる刀術の流派らしくて、あたしはそれを教わりながら、ぺぺくんが得意としてる魔法を組み込みながら戦う術を模索し、学んでいる最中になる。

 正直、もう二ヶ月前のあたしとは完全に別人になってる。


「刀術絶招っ、冬桜華撃流--雪華桜蘭神楽舞せっかおうらんかぐらまいッ……!」


 ぺぺくんが言うには「莫迦みたいに早ぇ」らしい流派の奥義習得。

 その最奥に手を伸ばしてやっと使える絶招を使ってモンスターを斬り刻む。


 舞って、舞って--


 あたしの小さな体を魅せ付けるように、見惚れたモンスターがその対価に命を捧げるまで、あたしはノンちゃんに借りた薄紅色の大太刀、『恋刀こいがたな想葬恋華絹淑そうそうれんかきぬよし】』と共に舞い踊る。

 雅な舞踏、だけど鋭くも早い殺陣たてを全身で表現する。

 あたしが恋刀を一つ振るうと、群がるモンスターに一条の傷が走る。

 舞えば舞うほど、踊れば踊るほど、一刀に込めれた振り付けは一振で傷付ける数を増やして行く。

 やがてあたしが優雅に恋刀を一つ振るうだけで、ゆっくりと舞い散る桜吹雪のような斬撃が、辺り一面に広がっていく。


 見惚れる。


 自分で繰り出した技なのに、あたしが生み出した光景なのに、あまりにも綺麗な景色に見惚れてしまう。


「………………まぁ、ぎりっっっっぎり及第点か?」

「むぅ、ぺぺくん厳しい」

「はんっ、オレたちの領域に足を突っ込もうってんだ。この程度で満足されちゃ困んだよ」


 戦いが終わって、肩で息をするあたしの頭に、飄々とした態度の妖精が座った。

 今日のぺぺくんは薄桃色の服じゃなくて、猫化したノンちゃんが新しく作った黒いドレスを着てる。とても可愛い。

 所々に赤いふりふり、フリルというらしい飾りがついたドレスは、ノンちゃんがぺぺくんのためだけに作ったそれは、信じられないくらいに似合ってる。

 あたしが今着ているのは服は、ノンちゃんに初めて出会った時にノンちゃんが着ていた黒い課金装備を借りた物なので、ノンちゃんの手作りじゃない。

 だから正直、こんなにも似合う素敵な手作り装備に身を包んだぺぺくんが妬ましいほどに羨ましい。


「どうだ、オレ様がトレインしてやったクソスタンピードは楽しかったかよ?」

「……死ぬかと思った」

「はっはっはっ、パーティに確保させたセーフでリスポーン出来んだからデスんのなんか気にすんな。知ってるか? レベリング中の経験値は、命より重いんだぜ?」

「うわ出た、異世界のゲーマー用語」


 ノンちゃんたちの世界についてかなり深く理解は出来たけど、「死ななければ安い」とか言っちゃう人達の価値観は未だによく分からない。

 やっぱり実際に経験しないと、いくら遊戯中の擬似的な死と言っても、死ぬのが軽いとか「瀕死は実質無傷」とか、全くもって理解出来ないんだろう。

 プレイヤーになったことで死な無くなったあたしは、それでも怪我をすれば泣くほど痛いし、死んだ時はリスポンした場所で死の恐怖に泣き出すくらいなんだから。


 いやだって、怖いよ。怖い怖い。普通に怖いに決まってるよ。


 モンスターに生きたまま食べられる絶望とか、両腕掴まれて引き血切られるとか、あたし普通に泣いちゃうよ。セーフに残ったみんなに凄い心配されたもん。


「…………プレイヤーって、大変なんだね」

「そんなに怖ぇなら、設定で痛覚切れよ」

「やだ。だってあれ、なんか体の感覚が凄い変わるんだもん」

「あー、オレたちみてぇなまがい物じゃなく、ガチの獣人種だとそんなもんなのか? お前普通に生まれた時からその体だもんな」


 どうなんだろうね。そもそもあたしには、別の体に入るって感覚の方が分からないから、なんとも言えない。


「むしろ、ぺぺくんって人の体と妖精の体を行き来して、混乱しないの?」


 そう、まだ向こうに対する理解が浅い時はあたし、ぺぺくんとか現実でも妖精なのかと思ってたんだけど、ぺぺくんって現実だと技人、じゃなくて人間なんだってね。

 ノンちゃんも、実は八歳じゃなくて大人の女の人だって知った時は、凄いビックリした。向こう風に言うなら「ショックを受けた」ってやつ。


「いやぁ、オレぁ向こうだと足が動かない体でよ。むしろ浮いてるだけで動ける妖精は相性良いんぜ。それに、これでもオレぁ到達者だからよ、これくらいは軽くこなせ無きゃ話しになんねぇぜ」


 到達者。世界が定めたレベルの限界に至った人の事をそう呼ぶ。

 あたしはまだレベルが千二百と五十だけど、あと百五十レベルを上げればあたしのステータスにも【到達者】の文字が現れるはずだ。

 特に何か特別な効果がある訳じゃないけど、ノンちゃんとお揃いになれると思うと、ちょっと楽しみでもある。


「さて、そろそろ帰るか?」

「うん。ノンちゃんが待ってるし」

「早く帰らねぇと、あいつ泣いてんじゃねぇか?」

「……は、早く帰らなきゃっ」


 あれから二ヶ月、あたしにインストールされた中途半端な知識に従ってノンちゃんを甘やかして過ごした結果、ノンちゃんの状態は凄く安定した。

 あたしの尊厳と羞恥心を犠牲にした代わりに、数ヶ月が限界だと思われたノンちゃんは、年単位は様子を見れるかなってくらいに回復した。


 …………ただ、代わりに毎日ずっと、何回も、キスをせがまれることになった。


 えと、いいんだよ?

 あたしノンちゃん好きだし、ノンちゃんが喜ぶなら、いっぱいちゅーするよ?

 でもさ、もうさ、本当に凄い回数をせがまれるんだよ。

 もう慣れちゃったから、みんなに見られてても気にせずノンちゃんとキスできるし、もう恥ずかしさも吹っ切れた。

 だけど、セーフに帰ったらスグにただいまのちゅー。食事の前にも挨拶のちゅー。お風呂に入るとイチャイチャのちゅー。一度離れてからまた近くに行くととりあえずちゅー。寝る前におやすみのちゅーをして、起きたらおはようのちゅーをして、ダンジョンに特訓へ行く時も行ってらっしゃいのちゅーをする。


 …………ノンちゃんが、あたし限定のキス魔になっちゃった。


 いや、うん。いいんだよ?

 あたしも嬉しいよ? ノンちゃんのこと大好きだから、ノンちゃんとキス出来て嬉しいよ。うん。ノンちゃん美味しいし、可愛いし、あたしにつもりだったんだから、これでいいんだよ。

 でもでも、なんと言うか、ノンちゃんがキス中毒になってて、凄い心配になるんだ。

 ノンちゃん、元に戻ったあとの生活に、支障とか出ないかな…………。


「おい、帰んなら早く帰ろうぜ。早く帰んねぇと、またハル公があいつの唇狙ってぞ」

「あ、それは嫌だ。ノンちゃんはあたしのノンちゃんなんだから」


 第三王子様のハルくん、あたしが居ない時にノンちゃんのキス役をどうにか代われないかと四苦八苦しててウザイんだよね。

 あたしが長い時間居ないと、キス出来る相手が居ないとノンちゃんは赤ちゃん化と猫化が深刻になるんだけど、それでもさすがにハルくんにはキスしないよ。まったく。諦めが悪いんだから。


「ちょっとばっか長引いたから、お前帰ったら飯時までずっと唇塞がれんじゃね?」

「…………は、早く帰ろうぺぺくんっ、あたし窒息しちゃうっ」


 命の危険を感じたあたしは、道中のモンスターを全部ぺぺくんに任せて急いでセーフを目指すのだった。


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