第69話 お前分かってんじゃん。



 その後、僕らは信じられない光景を見せられた。


「な? 雑魚かったろ?」

「…………言葉もねぇわ」

「強いて言うなら、凄まじいの一言ね」


 大神殿を出た先。沢山の知り合いや友人がついさっき命を落としたその場所に、大量の魔石が転がっている。

 僕らが戦うことを諦めた魔物、ゴジェフテールと言うらしい剣竜が死んで生まれた魔石だ。


「まぁここが千三百より下の階層だったら、ちっとばっかやべぇけどな。負けはしねぇが、お前らの誰かは死んでたぞ」

「……不幸中の幸い、とでも言っておきましょうか」

「そうしとけや。実際、生きて居られんなら幸運だろ?」


 今もケラケラと笑う薄桃色のドレスを身にまとった妖精、ペペナボルティーナさんが武器を一つ振るう度に、あの恐ろしい魔物が死に絶えていく。

 いっそ爽快とすら言える蹂躙激を目の当たりにして、大神殿の扉を開く時に恐慌状態になりかけた生徒も呆然としている。

 神殿は出入口があの扉しかなく、そしてペペナボルティーナさんが外に出て魔物を倒すにはそこを開くしか無く、まだ彼女を信用出来なかった生徒数人が騒いで恐慌に陥りかけたのだ。


 でも、それも彼女が「うるせぇ」と言って魔法で扉を吹き飛ばすように開けてしまったのでどうしようもなかったんだけど。


「ていうか、んだよコレ。リーマレーヴ大聖堂じゃねぇのコレ?」

「えっと、大神殿を知っているの?」

「……神殿? んー、まぁ。これと全く同じ建物が、故郷にもあんだよ。リーマレーヴ大聖堂つってな。世界で一番デケェ聖堂だ」


 みんなで外に出ると、振り返ったペペナボルティーナさんは大神殿を見て、何やら思うことがあるらしい。

 非常に不満そうな顔で、だが少しすると「まぁいいや」と言ってまたケラケラ笑い始めた。

 よく笑う彼女は、粗暴な口調を除けば確かに伝承で知られる妖精らしく見えた。


「えーと、ペペナボルティーナちゃん? 長いからぺぺちゃんと呼んでも--」


 ヒュっと音がして、気が付いた時にはレーニャさんの首に漆黒の大鎌が添えられていた。


「……ひっ」

「…………悪ぃな。オレをぺぺちゃんと呼んで良いのはこの世界で、いやどの世界でも、たった一人だけ。ののんだけなんだ」

「………………ごっ、ごめんなさっ」

「いやオレも悪かった。先に言っとくべきだったわ。ぜってぇ許せねぇ事だから、次から気を付けてくれや。別にそれ以外ならなんて呼んでも良いからよ。ぺぺちゃんはダメだが、ぺぺさんでも良いぜ?」


 あの凶悪な魔物を一振で殺せる大鎌を首に添えられる。それがどれほど恐ろしいかは、口にするまでもない。

 今まで気丈に振舞って、僕らの精神的な支えになってくれていたレーニャさんが、子鹿のように震えて真っ青になっている。

 ノノンさんにだけ許された愛称。そんな関係を羨ましく思うも、今はそんな場合じゃない。さすがにコレはあんまりだと思って、僕は初めて彼女に声をかけた。


「えーと、じゃぁペペナさんとお呼びしても良いかな?」

「お、また新しいイケメンだなおい。呼び方はぺぺちゃん以外好きにしろぃ。そんで、お前は誰さんよ?」

「ああ失礼、僕の名前はハルシェイラ・ケルガラ。この国の第三王子だよ」


 僕がそう名乗った瞬間、ペペナさんは凄い顔を顰めた。

 え、なんで? 僕何かしたかい?


「えぇ、マジかよ。王族? 助けんのやめた方がいいかコレ?」

「えっ!? いやいやいや待って欲しい! なんでそんな結論になるんだいっ!?」

「いや、だってよぉ。ののん、あいつ姫公以外の王族とか貴族とか、めちゃくちゃ嫌いだぞ?」


 ……………………そんな、そんなっ。

 いや待て待て、ぶっちゃけよう。知ってた。ノノンさんが何やら、僕達王族にあまりいい感情を抱いてないのは知ってた。

 だけどこう、ノノンさんの知り合いにハッキリと言われると、きつい物がある。


「…………おぉう、平静を装いながら膝から崩れ落ちたぞこいつ。くっそウケる」

「あー、すまんな。そいつは大先生に惚れてんだよ」

「いやだから大先生って誰だよ」

「あんたの親友の事だよ」

「あいつ大先生とか呼ばれてんのっ!? くっそウケんだけどっ!」


 あ、ああ気が付いたら膝ついてた。思ったより言葉の刃が深く刺さったみたいだ。正直辛い。


「話しの途中にごめんなさい。えっと、出来ればちゃんと助けて欲しいんだけど」

「えー、だってお前ら助けてオレがののんに嫌われたら、お前責任取ってくれんのか?」

「………………その時は、僕が無理を言ったって、ノノンさんに伝えるから」


 いや、一瞬納得しそうになっちゃったよ。

 ノノンさんに嫌われるなら、僕も……、なんて思っちゃったよ。

 ああ、うん。ペペナさんは本当にノノンさんの事が大好きなんだね。そこは凄く共感出来そうだ。でもそれはそれとして、助けて欲しい。

 千二百階層とか、何をどうやっても自力じゃ帰れない。絶対に死ぬ。


「まぁいいや。で、何か用かよ?」

「えっと、今みたいにペペナさんの許せないこととか、他にもあったら教えてくれないかなって。こちらもペペナさんを怒らせたい訳じゃないからさ」

「あー、それは本当にごめんな? ほら、レーニャも大丈夫かよ。悪かったって」

「…………いえ、いいの。大事な呼び名を汚したみたいで、ごめんなさいね?」

「お前良い奴だなぁ。ちゃんと生きて地上に返してやるから、許してくれや」


 レーニャさんとペペナさんは仲直りしたみたいだ。


「それで、オレの地雷だったか? あー地雷つっても通じねぇよな。……とりあえず、オレをぺぺちゃんと呼ばない。それとオレの服について莫迦にしたり、似合ってないと口にした奴はその時点で殺すから、よろしくな?」


 なんと言うか、触れてほしくない物は女の子らしくて可愛いのに、その罰則が酷すぎで笑えない。

 いや、世の中の女性も、ペペナさんくらい力があれば、服が似合わないなんて暴言を吐かれたら同じくらい攻撃的になるのだろうか?

 まぁ、でも……。


「そんなに似合ってる衣服を貶める感性は持ち合わせてないから、大丈夫だとは思うけど--」

「お前分かってんじゃーん! だろ? 似合うだろ?」


 痛っづ!?

 素直に見た目は似合っていたのでそのまま口にしたら、兄上が痛がってた妖精のぺちぺちを僕も受ける羽目になった。

 これは、確かに、痛いっ!


「これな、これな? ののんがオレの為に作ってくれたドレスなんだよ! いやぁオレもさ、こんな喋り方してっけど可愛いもんは普通に好きなんだよ。でもな、自分で選ぶのも苦手でよ、そうすっと服とかイカついの選んでたりしてな? そんな時はののんがオレんとこ来てな、可愛い服来なさいってプンプン怒ってな--」


 おぉう、凄い早口だ。

 そうか、その服はノノンさんからの贈り物なのか。

 なるほど、確かに、僕も仮に、もしノノンさんから何かを貰って、それを誰かに貶されたら、烈火のごとく怒るだろう。

 分かる。気持ちは凄く分かる。

 なんだろう、僕はこの妖精と凄い仲良くなれる気がしてきた。


「ペペナさんは、ノノンさんが大好きなんだね」

「おう! 世界一好きだぜ! あいつが向こうで死んだ時、マジでオレも死んじまおうかって悩んだもんよ。お前もののんが好きなんだって? いやでも王族だと厳しいぜ? あいつが王族に求める基準が姫公だからなぁ」

「えと、そのたまに出て来るヒメコウさんって言うのは、誰なのかな?」

「姫公のことか? まぁとりあえず、進みながら話そうぜ! お前らあんま広がんなよー。バラけてっと守れねぇから」


 そうして、やっと僕達は地上に向けて進み始めた。

 ペペナさんは本当にノノンさんが好きで、その気持ちが良く伝わってくる。

 ゆっくり歩きながら、時折現れる恐ろしい魔物を片手間で殺戮していく彼女が語るノノンさんの話しは、どれこれも僕にとっては値千金の物語だ。


「姫公ってのはな、本当は命懸けで国を守ろうとした、とある国の第二王女なんだけどよ、まぁ色々あって、すげぇ悪者にされちまった可哀想な奴なんだよ。お前ら貴族の政争ってーの? それの煽りでよ、国民から死ね死ね言われるような立場になっても、それでも国の為に血を流し続けた、見上げた奴なんだ」


 ノノンさんの親友らしい、僕と同じ王族でありながら、ノノンさんから全幅の信頼を寄せられるその子の話しを聞いた。

 その立場を羨ましく思うも、その内容が進むにつれて段々と、僕ら王族は泣きたい気持ちになってきた。


「そんな、そんな人がっ……」

「……ハルお兄様、ミナミルフィアは涙で前がみえませんわっ」


 僕らが巣窟に落ちた絶望なんて可愛く思える程の、凄惨な仕打ちを愛する国民全てから、頼れるはずの臣下の全てから、王族かぞく全員からも受け続けた、悲劇の姫。

 そんな、そんな仕打ちを受けてなお、誇り高き王族で有り続けた気高い女の子の物語。


「--そして最後まで、ののんは姫公を守りきった。たった一人で、全てを敵に回して、全てを殺し尽くして姫公を守ったんだよ。……オレの親友は最高だろ? そんで、オレの親友が親友と呼ぶ姫公も、なかなかやるもんだろ?」


 いや、もう、王族とはそこまでの覚悟を持つべき立場なのだと、思い知らされる話しだった。

 そして、そんな悲劇の姫を守り続けたノノンさんが、愛おしくて堪らない。僕が好きになった人は、それほどまでに素晴らしい女性なのだと再認識出来た。


「……あ、ちなみに今の物語が映像で残ってるからよ、あとで見るか?」

「えっ…………?」

「えいぞう、ってぇのは確か、巣窟でたまに見つかる魔道具に、景色を残しておけるアレだよな?」

「おう、そんな理解で大丈夫だ。オレとノノンが居た場所はな、なんつうか、神様? 的な奴がちょいちょい干渉してくんだよ。そんで、その時の姫公とののんが紡いだ物語がよ、神のお気に入りになってな、神の視点で残った感じの……、劇場的な?」


 なんか、ペペナさんが語る向こうの世界。二人の故郷の話しは、まるで神話か御伽噺のようだ。

 僕も良く理解出来ないのだが、ノノンさんとペペナさんは、故郷に二つ体があって、片方の体は何回死んでも神の加護で甦れるそうだ。

 ノノンさんが向こうで死んだと言うのは、神の加護が無く甦れない方の体が死んでしまった事を言うらしい。

 ふーむ、詳しく聞いてもほとんど分からないし、にわかには信じられない。

 ペペナさんもその時、件のお姫様を殺そうとする向きの派閥に居たそうで、その時はお姫様を守るノノンさんにしっかり殺されたそうだ。

 なんだろう。親友なのに殺し合うのか? いや、親友だからこそなのか?

 分からない。


「分かんねぇよなぁ。説明しずれぇわ。……あー、盤上遊戯とか分かるよな? 箱庭とか分かるか?」


 ペペナさんが分かりやすく例えると、神が用意した箱庭の中に、神の加護が宿った体を用意して、箱庭の中でもう一つの人生を歩む。そんな壮大すぎる遊戯が、ノノンさん達の世界にはあったんだそうだ。

 そして、神が箱庭の中だけで生きる人も生み出し、完全にもう一つの世界として運営する。

 その世界に生きる人をエヌピーシーと呼び、箱庭の外で生きている人をプレイヤーと呼ぶらしい。

 件のお姫様はエヌピーシーで、エヌピーシーには神の加護が無く死んだら甦れず、だからこそノノンさんは必死でお姫様を守ったのだそうだ。


「というか、その神様ってあんまりじゃないかしら? 自分で生み出したお姫様を、わざとそんな目に合わせるなんて」

「だよなぁ? オレも後で知ってムカついたし、ののんもそりゃぁブチ切れてたぜ。あいつキレるとスゲェ口悪くなんだけどよ、運営、神に向かって『テメェの血は何色だゴルァアッ!』てよ」


 ああ、兄上と戦ってた時みたいなノノンさんか。確かにすごく荒くなるよね。

 でも、ノノンさんがああなる時は、誰かを守る時なんだろうし、それも魅力の一つだよ。件のお姫様しかり、あの時のシルルさんしかり。


「……とりあえず、その神が用意した魔道具とやらは、地上に帰ったら皆で見ましょう」

「ノノン様の勇姿、楽しみですわ」

「…………なぁペペナさんよ、あんたらの故郷って、大先生やあんた程の手練がうようよ居やがるんだよな?」

「おう。そりゃぁ居るぜ? あいつに戦いを教えた師匠連中も居るしよ」

「…………大先生の師匠とかスゲェ気になるんだが、今は良い。その魔道具には大先生とそいつらの戦いも記録されてんだろ?」

「もちろんよ。むしろ最大の見せ場だぜ? オレのクビがスポーンと飛んでく場面までバッチリだぜ」


 …………それってかなり衝撃的な絵面なのでは?

 ノノンさん達の世界では普通の事なのだろうか。 


「……いや楽しみだぜ。大先生の本気の本気が見れるわけだろ?」

「おうよ。て言うか、あいつって神のお気に入りだからよ、似たような映像山ほどあんぞ?」


 そんな雑談をしながら歩く僕らは、時に休み、時に食べ、少しずつ精神をすり減らしながら進み続けた。

 圧倒的強者によって守られ、でもこの庇護から一歩出た瞬間絶命するような場所を長時間歩き、それでも僕らが正気を保っていられたのは、いつでもケラケラと笑うペペナさんの明るさがあったからだろう。

 食料もペペナさんがどこからともなく取り出す滋養が豊富な携行食を齧り、なんとかなっている。彼女には感謝しかない。

 きっとこのまま、これ以上誰も死ぬこと無く全員で地上に帰れる。

 そう思っていた僕らは、巣窟に落ちて体感四日目。

 ペペナさんから発せられた思わぬ言葉で足を止めることになった。


「………あーっと、クソがよ。お前ら止まれぇ。これ以上は進めねぇ。無理に進むとオレ以外全滅すんぞ」


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