第59話 早い到着、つまり観光。
港町レイフログ。
学園で習った歴史や学園の蔵書を読み漁って知った色々はとりあえず一切合切置いといて。
そう、ここは港町。港町なのだ!
「ひゃっふぅー! 速攻で宿決めて釣りにいくぞぉーう!」
私、ハイテンション。
そう港町。港町なんだよ。海があるんだよ。海の幸が食べれるんだよ。
ここは異世界で、異世界料理無双なんてできない程度には料理文化が花開いてる。だけど、やっぱり異世界は異世界でしか無い。
地球みたいに品種改良された野菜なんて無いし、厳選を重ねて香りが一層豊かになった香辛料もないし、育成方法に血の滲むような努力の歴史が詰まった畜産も無い。
端的に言えば、地球と比べて素材の味が二段も三段も落ちるのだ。
だがしかし、ここは港町。
取れる名産は当然海の幸。
地球がどれだけ食に貪欲だろうと、バイオテクノロジーが食物に影響を及ぼそうと、地球も海の幸は天然物こそが尊ばれた。
つまり、地球出身の人間が異世界で一番美味しいものを食べようと思ったなら、魔法的な要素を排除した場合は絶対に海の幸が最上位なのだ。
ただそこにある。それだけで美味しい。
この世界には地球に存在しない魔物も居て、中には地球のどんな高級食材よりも美味しい魔物だって居るかもしれない。
だけど、魔物を除けば間違いなく世界最高峰の食材がそこにある。普通に買える。そのまま食べれる。
それが、地球人にとっての、異世界の港町なんだ。
「ふっふぅ〜!」
「おぉぉ……、あたし、こんなに嬉しそうなノンちゃん、はじめて見た」
漁業権? 有料? はいはい出す出す金貨でおけ?
私は自分と新参のミハイリクさんを加えたルルちゃん達七人で質のいい箱貸し宿を探して速攻で部屋を取る。
都外修学の本領であるどっかの大神殿? とやらの見学が始まるのは、レイフログを選んだ生徒が全員集まってから。そして私たちは一番乗りで、予想される一番遅い一団はあと一週間以上も遅れるらしい。
つまり、私たちは最低でも一週間はレイフログを観光できる。
なら遊ばなきゃ損だよなぁっ!?
目的地には着いたので、荷物の護衛も特に必要無い。
大事なものはベガ馬車の中に入れて厳重に鍵をかければ良いから、レーニャさんもフリーになる。
私たちは全員同じ宿に部屋を取って……。
翌日、颯爽と全員で町に飛び出した。
到着した時間が夜遅かったからね、当日はさすがに何も出来なかったよね。仕方ないね。
ちなみに、ベガは町で一番サービスの良い留場に大金を押し付けてあるので、凄い良い扱いを受けている。ちょくちょく顔を出すつもりだしね。
そしてポチだが、配下の戦狼を送還して単身私の直衛。ずっとベガ馬車に私が乗ってたので甘えたいらしい。全くもうポチは可愛いなぁ!
そんな訳で八人と一頭で港に突撃。釣りが出来る場所を探しております。
「…………あ、ちなみに目的地に着いたからポーチ解禁ね?」
「そなの?」
「そなのー。釣りに使う道具がポーチに入ってるからね」
旅を楽しむために、不便を楽しむためにポーチを縛ってたのだ。目的地に着いてまで縛る必要は無いし、ビッカさん達へのお土産も、ポーチが無いと物によっては腐ったりしちゃうからね。
生鮮のお魚も捨て難いし、ビッカさん達が好きそうなお酒もポーチで持ち帰りたいよね。
この文明レベルならワインとか常温で持って帰ると痛みそうだし。
あー楽しい! わいわいわーい!
あれだな、直前の明晰夢で師匠との再会が出来たのデカいなぁ。明らかに私のテンションがおかしい。ふふふ、楽し過ぎで爆発しそう。
「どこで釣り出来るかなぁ」
「……ノノンちゃん、町は見て回らないの?」
「ふぇ、一週間もありますし、いつでも良くないですか?」
レーニャさんに聞かれたけど、私の答えはそれだ。
て言うか生徒が集合したら先生の引率でどうせ見て回るから、後で良くない?
コレだけ時間かけて大神殿見てはい終わりーとはならないでしょ。
「おじさんこんにちわー! ちょっといいですかー!?」
「おぅ、おぉぅ? なんだい嬢ちゃん。何か用かい?」
私は道行くコワモテの漁師っぽいオジサンを捕まえて、この町に来たばかりの学生だと伝えて色々と聞く。
都外修学は毎年のことなので、オジサンも慣れてるのか「ああ、王都の学生さんかい」と朗らかに笑って対応してくれた。
笑った顔も怖いけど、優しいオジサンだ。
「私たち、釣り出来る場所を探してるんですけど」
「釣りかい? こりゃまた、珍しい学生さんだなぁ。漁師の真似事がしたいだなんて」
「だって、釣りって楽しいじゃないですか」
「おう、そうかい? はは、そう言われちゃ悪い気はしねぇな」
自分の生業を褒められたからか、オジサンはもっと優しくなって色々と教えてくれた。
船の集まる桟橋の近くは船乗りの往来も激しいので邪魔になるが、港の隅っこなら大丈夫で、個人がちょっと楽しむくらいなら漁をしてもお目こぼし貰えるそうだ。
当たり前だけど、港も周辺の海も領主の物であり、勝手に釣って勝手に売ったりしたら捕まる。権利を有する領主に対して許可を得なければ勝手な事は出来ない。
もしそれが許されるなら、他領の商人でも入り込んで好き勝手に商売されちゃうからね。
だけど、個人が家で食べるような小さな漁にまで対応して税金をかけてちゃ、領主の仕事は回らない。
極端な話し、港町の一人一人全員が漁業権を買おうとしたら、領主に仕事が集中してパンクする。
だから、ちょこっと釣りをするくらいならお目こぼし貰えるのが暗黙の了解なんだそうな。
「もし心配になるくらい釣れちまっても、そんときゃ魚を海に放しゃ良いからよ」
「なるほど!」
そんなわけで、私たちは早速話しに聞いた釣りポイントへと移動した。
ちなみにだけど、別に私以外の人は誰一人「釣りがしたい」なんて言ってない。私の独断でみんなを連れ回してる。
だって、私は釣りが好きなんだもん!
「釣りが、好きなんだもん!」
「分かった、分かったから。ノノンちゃん、落ち着いて? ね?」
ジワルドでも私はよく釣りしてた。
きっかけはお父さんが、仕事の同僚に連れて行かれた船釣りを私に聞かせてくれたのが始まり。
仕方なくついていったけど、始まってみればとても楽しかったと病院で私に話してくれて、私はそんなに楽しいのかと思ってジワルドの中で試してみた。
最初は全然上手くいかなかったんだけど、湖で釣竿を振り回す私を見かねた他のプレイヤーが、私に釣りを教えてくれて、言う通りにしたら魚が沢山つれて凄い嬉しかったんだ。
突然釣竿が引っ張られ、釣り糸の先に繋がった魚と引っ張り合う瞬きの時間は、私にとても新鮮な気持ちをくれた。
それから、私は隙を見ては良く釣りに出掛け、その結果を病院に来たお父さんとお母さんにも話した。
お父さんは自分と同じことを楽しむ私に微笑んで、同じ趣味について沢山話せたし、お母さんも色んな経験が出来て、沢山遊べるジワルドを私に与えてよかったって、心から笑ってくれた。
私も楽しく、お父さんも喜んで、お母さんが安心してくれた。
私にとって、釣りは家族の絆を繋ぐ素敵な遊びだった。
「私の数少ない趣味のうちの一つだからね、道具はポーチに山ほど入ってるよ!」
私が持つジワルドでの数少ない趣味。刀のコレクションと、釣りと、あとジワルドの中のアイドルさんの歌を歌うこと。この三つが私の趣味。
ジワルドの中でアイドル活動をしてた『ぎゅうにゅう』さん。通称ミルクちゃん。
凄い可愛い女の子で、声も可愛くて、既存の歌じゃなくて自分のオリジナル曲をジワルドの中で披露するプレイヤーだ。私はその人の声と歌が好きで、ライブにも良く行った。
現実でもCDとか出てたみたいなんだけど、さすがに買えなかった。買っても再生出来ないしね。CDを持てる手が無いし、再生機器の所まで歩けない。買うとしてもダウンロードだよね。そっちはジワルドの筐体にデータとして入ってる。
あ、戦闘は大好きだけど趣味って感じじゃ無いからノーカンかな? 戦闘はライフワークです。あと誰かのお世話も、これはもう趣味じゃなく、これもライフワークかな?
黒猫荘を始める時には『趣味と実益を兼ねた仕事』として始めたけど、やっぱちょっと違うよね。料理は好きだけど、ジワルドの中だけって訳じゃないし。事故る前はお家でお料理好きだったし。
幼い私にも料理を許してくれてた家族には感謝だよね。
まぁいいや。そんなわけで到着!
「釣るぞー!」
「…………ノンちゃん、あたしなにすれば良いの?」
「「分かんないよぉ」」
「ノノンさん、教えて欲しいの」
「先生、わたしもちょっと……」
「私は少し分かるけど、多分ノノンちゃんが持ってる道具って、私の常識とは違うわよね」
はい、教えます。
この世界には、釣りって娯楽は存在しない。
いや、存在はするんだけど、それは港町とか海辺に住む人々のライフワークに根ざした暇潰しみたいな物で、地球みたいな感じでスポーツを楽しむみたいな娯楽じゃない。
だから道具類も大して進化してない。当然リール竿なんて無くて、一応は釣りを知っているらしいレーニャさんも、私がポーチから出した道具を見て遠い目をしていた。
「…………ノノンちゃんの故郷ってなんなのよ」
「娯楽の発展した場所でしたねぇ」
そんなわけで、みんなにリール竿の使い方を教えて、丘から魚の居そうな場所に仕掛けを投げる。いわゆる「おかっぱり」と呼ばれる釣りスタイルだね。
ぶっちゃけ、ポーチの中にボートもウェーダーもフロートもあるし、色々な道具も入ってるからどんな釣りでも出来ちゃうんだけどさ。
一応、鮮魚市場みたいな場所もチラっと見てこの辺で釣れそうな魚も確認してる。
地球の魚とはやっぱり全然違ったけど、私はジワルドで釣れる魚なら網羅してる。そしてここで「おかっぱり」から釣れる魚も予想がついてるので、選ぶ仕掛けは外さない。
「……………………………………ぬ? にゅぁ、ふぁぁぁあっ、のののののノンちゃんっ!? これ引いてるぅ!?」
「お、早速当たった? ほら竿立ててリール巻いて巻いて」
みんなが少し距離を開け、仕掛けを無事に投げて一分ほど。すぐにルルちゃんの竿に魚がヒット。
「ぬぁぁあっ、なにこれ、どうすればいいっ!?」
「ほらほら巻いて巻いて。多分ここならシーズカ、もしくはタメリン辺りでしょ。そのリールなら負けないから、ガンガン巻いちゃって良いよ」
「よよよ良く分かんないけどわかったぁー!」
「…………おぉ、おおおおコッチも来ました!」
ルルちゃんがおりゃぁあっとリールを巻いてる間に、ミハイリクさんにも当たりが来た。
私は追加でクーラーボックスと大きなバケツ、そしてタモをポーチから出しながら、ミハイリクさんのサポートもする。
「……あ、コッチも来たわよ。…………へぇ、こんな感じなのねぇ」
「あ、レーニャさんは補助要らない感じです?」
「うん。多分大丈夫よ。魚は好きだし」
やっぱりリール竿が無い文明だと、丘からはのべ竿で届かず、船では狙わないような中途半端なポイントは魚がスレてない。
「ああ、魚がかかったら上げる場所を少し変えた方が後々の釣果が伸びますよ。その場で魚を暴れさせると、他の魚が逃げたりするので」
「へぇ、そうなの? じゃぁちょっと巻きながら移動してみるわね」
私に釣りを教えてくれた釣キチプレイヤーからのアドバイスをそのままレーニャさんにも教える。
レーニャさんのポジションは端っこだったので、移動しやすい。
他のみんなはそこそこ感覚を開けてるとは言え、横並びで釣りしてるからねぇ。
「おおおお! つれた! ノンちゃんつれたよぉ!」
「おめでとー! やっぱりシーズカだったか。スズキに似て洗いで食べると美味しいんだよねぇ」
「これ美味しいのっ!?」
「美味しいよぉ。それに、自分で釣った魚を食べるって楽しいからね」
そんな感じで、段々とみんなの竿に当たりが出始め、みんなが釣りに慣れた辺りで私も自分の竿を用意する。
ふふ、私は一人でルアーフィッシングに挑戦するぜ。
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