第60話 ふふ、平たい魚め。



「フィィィイッシュ……!」


 『スズキっぽい黒い魚シーズカ』ばかり釣れる。

 何故か『デカいカサゴみたいな白い魚タメリン』は姿を見せないが、代わりに『デカいコノシロっぽい魚エンメ』も釣れはじめた。

 シーズカはスズキっぽい見た目なのに餌でもバンバン釣れるので、みんなも強い引きを楽しみつつ大物を釣り上げて楽しそうだ。

 そしてシーズカの代わりに何故か餌にはかからないコノシロっぽいエンメがルアーに掛かり、私も夕食に並ぶ魚たちを思ってすごい楽しい。

 見た目は似てるが味も食感も結構違うらしい異世界フィッシュたちは、ちゃんとそれぞれ適した料理を把握済みだ。

 シーズカだけは見た目そのままの味なのでスズキと同じように食べても問題無いが、タメリンはカサゴに似てるけど煮物は合わない。一番美味しいのはフライだ。……釣れてないけど。

 エンメは青魚っぽい味わいなので、煮ても焼いても美味い。照り焼きにするとブリとはちょっと違う風味があるものの似たように食べれるし、塩焼きにすると身の厚い秋刀魚みたいで美味しい。


「…………釣りすぎたら怒られるんだったかしら?」

「食べれる量なら良いのでは? ダメならちゃんとお金払いますし。なんなら王族組に分けてあげても良いですよ。ハル何とか王子は正直面倒ですけど、ミナちゃんは一応友達ですし、筋肉王子は最近だいぶマシですし」


 取り巻きのクソ貴族キッズはウザイけど、そこはもう筋肉さんに黙らせてもらおう。

 あれでも王族だし、十八歳と大人だし、貴族の子供くらい黙らせてくれるでしょう。


「「ノノ姉様ぁ〜」」

「はーいどうした。釣れたの?」

「「つれたのぉー」」

「良かったねぇ。たのし?」

「「たのしぃよぉ〜」」


 双子ちゃんも最高にサラウンドしてる。お目々キラキラしてて可愛い。ふふ、狐っ娘萌えるわぁ〜。

 お魚釣ってきゃっきゃしてる幼女を撫でて、針から魚を外してバケツに入れる。すぐに絞めても良いんだけど、そうするとリリース出来ないしね。

 みんなのお世話をしながら、私も釣りを楽しむ。

 ミノーを投げてたけど、ちょっとルアーを替えようか。


「…………もうちょっと沖を狙おうかな」


 私は釣具が詰まった箱からちょっと重めの五目スプーンと呼ばれるルアーを出して、ラインに結ぶ。

 水の抵抗を受けてヒラヒラと踊るように魚を誘う金属片に針がくっ付いた物なので、その重さを利用してかなり遠くまで投げられる。

 私は早速スプーンを思いっきり沖へぶん投げて、技術もクソもないタダ巻と呼ばれる方法で魚を誘う。これは単純にリールをタダひたすら巻くだけの釣り方なので、誰でも出来るぞ!

 多分百ちょっとの距離をぶっ飛んだルアーをガシャガシャ巻いてると、突然手元にガツンと衝撃が来る。おっふ、何かデカいのが…………。


「お、おぉ、おおおおおおぉぉぉっ!?」


 重っも……!


「ぐぬっ、………これ、エイゼッゼだなぁっ!? ばっかやろっ」


 めちゃくちゃ重く、クソみたいに引いてくるこの魚は、多分地球で言うエイのように平たいゼッゼって魚だと思う。

 地球でもエイはクソほど重くてヤバいくらい引くって聞くし、下手したらぶっとい糸も切られるし、最悪竿がへし折られるような魚だ。私は現実で釣りしたこと無いけど、ジワルドではゼッゼもヤバい引きの魚だった。

 くっそぅ、市場で見なかったから油断してたけど、良く考えたらゼッゼなんて割りとどこにでも居るし、シーズカとか居るなら、なおさら生息圏被ってるじゃんよ! 私の莫迦め!


「……ぬぅぅう、ま、け、る、かぁぁあッッ!」


 手加減中止! 深度千四百のステータスかもん!

 私はゴリ押しでゼッゼを寄せた。アホめ。レイドボスすら殴り飛ばす私にただの魚類が勝てると思ってるのか!


「せいっ!」


 私が海から魚を引っこ抜くように竿を上げると、魚が海からすっぱ抜かれた。予想通りゼッゼだね。ふふ、私の勝ちだ平たい魚め。


「うわぁ、なにこれぇ! おおきい!」

「わぁ……、ひらたいの」

「これも、お魚なのぉ?」

「これはゼッゼって魚だよ。すんごい力が強くて釣るの大変だけど、身は柔らかくて美味しいんだよ」


 こいつも地球のエイとは見た目が似てても味が違う。どちらかと言えば海版のウナギと言うか、それにハモの味わいが混ざった感じで、蒲焼や白焼きでも美味しく、天ぷらや酒蒸しでも美味しい。

 ただヒレだけはエイヒレみたいに扱えるので、炙って酒のあてにしても良い。日本酒に合う。


「すごいすごい! あたしもコレ釣りたい!」

「んー、本当に力が強い魚だし、ちょっと難しいかも知れないなぁ。ルルちゃん、海に落っこちちゃうよ?」

「…………それはやだぁ」


 しかし、あのポイントでゼッゼが釣れちゃうのか。

 ふむ、良いな。こいつ数釣ってお土産にしよう。

 エイヒレとかヒレ酒をビッカさんとザムラさんにプレゼントだ。あと酒蒸し出しても良いし、沢山釣ろうか。


「ゼッゼは魚食性強いし、このままスプーンで沖の底を攻めようか」

「……ノノンちゃん、私ならどう? その魚行けそう?」

「んぇ、レーニャさんもゼッゼ狙います?」

「確かそれ、肝が美味しかった記憶が有るのよね」


 おお、ゼッゼの肝とか食べたことないや。あん肝みたいな感じかな?

 私もまだまだ知らない料理法があるらしい。これは俄然気合いが入るなぁ。


「じゃぁ、レーニャさんもルアー使います?」

「その、投げて巻くだけの奴ね? ちょっと楽しそうだもの」


 私はレーニャさんの竿から仕掛けを外して、出した五目スプーンを結ぶ。ルアーは沢山あるんだよ……。

 ルアーフィッシングはルアーロストとの戦いでもあるからね。


「さすがに深度六十越えの探索者なら力負けしないでしょ」

「まぁ、さすがに大丈夫だと思いますよ。それこそ『マグロっぽい魚カバメ』とか『サメみたいな魚メキジカ』じゃなければ大丈夫でしょう」


 さすがに力で勝ってても、質量で負けてたら分からないからね。

 膂力で引っ張っても足が浮いたらどうしようもないし。


 ちなみに、話しは変わるけど、日本の漁師はサメをフカって呼んだりする。この呼び方はあまり知られてないけど、それでも知らない一般人も実はサメの事を知らぬ間にフカって呼んでいる。

 そう、フカヒレの事だ。サメフカのヒレでフカヒレなんだ。これ豆知識な!


「…………そう言えばメキジカも味は違うけどヒレ食べれたよなぁ」


 フカヒレとは味が違うんだけど、フカヒレみたいな料理で食べれるのだ。

 まぁフカヒレと一緒で、ぶっちゃけそこまで「高級食材!」って感じの味でもないんだけど、ちゃんと料理すれば普通に美味しい。

 食感はなんというか、もりゅってしてて、ねっとりしてる。……説明が難しいな。


「ノノンちゃんは、お魚に詳しいのね?」

「はい。たぶん、世界中の魚を知ってますよ。ここの漁師さんが知らないような、外国の魚とかも」

「ああ、ノノンちゃんって元々外国の子だものね」


 ほんとはちょっと違うんだよね。外国じゃなくて異世界だし。

 いやでも異世界の国の出身だから、外国でも合ってる?

 あ、気が付けばポチが寂しそうにしてる。ほっといてごめんね? お魚食べる?


「この辺りだと、陸からならシーズカ、タメリン、エンメ、ゼッゼ、シマシマの茶色いタイマヌカ小さいクロダイヒメマヌカ岸寄りに居る小さいシーラコトベイくらいですかね、釣れそうなの。沖に出ればもっと色々釣れますよ」

「…………驚いたな、嬢ちゃん随分詳しいな?」

「んぉ? あ、漁師のオジサン」


 私がレーニャさんにこの辺のお魚を教えてると、突然背後から声が掛かる。

 気を抜いてたために背後からの接近に気付かず、驚いた私は間抜けな声を出して振り返った。

 そこに居たのは、このポイントとかを含めて色々と教えてくれたコワモテのオジサンが居た。


「いやぁ、素人が釣れなくて泣いてねぇかって心配で来てみりゃ、すんげぇ釣れてんじゃねぇか。えぇおい」

「ふふー、お陰様で爆釣ですよー」

「しかも、なんだこりゃ、見た事ねぇ釣竿だな」

「自慢の釣具で御座います。……オジサン、お仕事は良いんですか?」


 バケツに詰まった魚と、機械的な釣具に興味津々のオジサンに、私はこん所でサボってていいのか聞いてみる。

 あ、あ、ポチちゃんポチちゃん、ゼッゼ食べるのは勘弁して?

 シーズカならいくらでも食べていいから。


「ああ、俺ぁ今日、ほんとは非番なんだよ。だけどもよ、若ぇのが仕事出来るってぇから任せたらよ、わかんねぇ事があるっつって泣き付いて来やがってよ」

「あー、それでちょっと寄って尻拭いして、今やっとお休みってことなんですね」

「そゆことよ。…………いやしかし、すげぇな。あっちの見るからに素人のおチビちゃん達もガンガン魚上げてんじゃねぇか」

「道具が良いからですねぇ。ここからでも結構沖合狙えるので、船でも寄り付かないような中途半端な所は魚もスレてないんですよ」

「ほぁー、なるほどなぁ。…………このデッカイわんこが食おうとしてんの、もしかしてゼッゼか? 釣り師泣かせを良くもまぁ釣り上げたな。これも嬢ちゃんか?」

「もちろん! めちゃくちゃ重かったですけどね」

「いや普通は、重ぇって思う前に竿が折れらぁ。……ほんとに、よっぽどいい道具なんだなそれ」

「使ってみますか?」

「……いいのか?」

「色々教えてくれたので。是非どうぞ」

「…………へへ、実はすげぇ気になってたんだよ。悪ぃな嬢ちゃん」

「いえいえー」


 私はニッコニコしながらポーチから追加の釣竿を出した。

 何本あるんだよって突っ込まれそうだけど、釣り人って愛用の竿に不満がなくても、新しい釣竿が欲しくなっちゃう生き物なんだってさ。お父さんを釣りに誘った同僚さんも、お家に何十本って釣竿が有るらしいよ。

 現実でそれなんだから、道具とか集め放題のゲーム内なら、結果はお察しだよね?


 …………こっちの世界に来るまでに、計八十六本有りました。


 さすがに全部はポーチに入ってないけどね。種類が違う竿は全部別枠になるから、課金して枠広げまくった私のポーチでもさすがに枠を食い過ぎるから、三分の二は倉庫にあるよ。


「よく分かんねぇな。……どう使うんだいこりゃぁ」

「これはですねぇ……」


 私は親切なオジサンにリール竿の使い方を教えて、どうせなら新しい事をやりたいと言うのでオジサンもルアーフィッシングに挑戦だ。


「はっはぁー! すげぇなこの道具!」

「うわぁ、さすが本職……」


 そして速攻クソでかいゼッゼを釣り上げて高々と掲げていた。

 この大きさだと、ホントにバカみたいに引きが重かったはずなんだけど、「ステータスなんて関係ねぇ!」と言わんばかりに自前のマッスルでゴリ押しして見事釣り上げてた。

 やっぱり海の男は筋肉が凄いなぁ……。

 ジワルドのプレイヤーはみんなステータスの数値が同じなら出力するパワーも同じだけど、NPCやこの世界の人々は自前の能力をステータスで増幅するって感じなので、ステータスが低くても筋肉が凄ければ力も当然強い。

 そしてステータスが同じ数値だったとしても、ベースの能力が高い方が最終的な出力も高くなる。

 つまり何が言いたいかって、筋肉は凄いってことだ。

 この世界来たらテンテンさん天国だろうなぁ。

 まぁテンテンさんもプレイヤーだからベースの能力関係なんいだろうけどさ。


「せ、先生! せんせぇぇい!」

「はいはいどうしましたミハイリクさん」

「凄い、凄い重いのがかかってぇぇえっ!?」

「あ、そっちもゼッゼかかりました? 凄いなここ、ゼッゼ祭りじゃん」


 私は海に落ちそうになってるミハイリクさんを手伝ってちょいと小ぶりなゼッゼを上げつつ、私もオジサンに負けられないと釣りを再開した。


 結局、一番釣ったのは本職のオジサンで、漁師の底力を見せ付けられる形になった。

 漁師ってすげぇ……!

 オジサンは自分で釣った魚も私たちにくれたので、私は代わりに釣竿一式をプレゼントした。

 めちゃくちゃ喜んでくれて、むしろ申し訳無いくらいに恐縮してくれたけど、釣竿沢山あるしね。沢山あって使い切れないんだから、沢山使ってくれそうな人にプレゼントした方が、釣竿も幸せだよ。

 手入れの道具やラインや仕掛け、ルアーなんかの消耗品の予備含めて結構な数を渡したので、半年くらいは持つだろう。

 釣竿もラインも、一応ジワルドの素材で作られた物なのでこちらでもギリギリ再現は可能なはずだし、最悪ダメになったら王都に連絡をくれたら私が追加を送ると言って黒猫荘の場所を教えた。これで手紙は出せるだろう。代わりに私もオジサンの仕事場と名前を聞いたので、道具を送ることが出来る。

 オジサンの名前はイーシャというらしい。


「それじゃぁイーシャさん、さよならでーす」

「「おじさんばいばーい」」

「さよならなのー!」

「次はあたし勝つからねー!」


 めちゃくちゃ釣ったオジサンに対抗心を燃やすルルちゃんが可愛い。


 さぁて、明日は何をしようかな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る