第58話 続、ノノン先生の魔法講座。



 まだ日も出てない早朝。


 -ヒュヒュヒュヒュヒュッッ…………!


 私は、宿泊した箱貸し宿の小さな庭で水晶で出来た棒を振っていた。


 -ヒュヒュンッ、……ヒュヒュヒュヒュヒュンっ!


 久しぶりにポーチから出したハイエンド装備、『水晶棍【蛟】』を、普段抑えている深度千四百のステータスを使って、全力で振っている。


「………………ノンちゃん、なにしてるのぉー?」

「……あぁ、ルルちゃん。おはよ」


 物音が煩かったのか、起き抜けでまだ眠そうにお目々をこしゅこしゅと擦る可愛い兎さんが宿から出てきて、私は蛟を振るう手を止めて朝の挨拶をした。


「んゆ、おはよぉ……。それで、ノンちゃんなにしてるのー?」

「ふふ、ちょっとね。素敵な夢を見て、気持ちが上がっちゃってさ」


 結局、あの夢で私は師匠に刀術で負けて、杖術で勝った。

 だから宣言通りに、私は思いっきり師匠に抱き着いて、泣きじゃくって、甘えまくった。

 なんか色々話した気がするけど、正直師匠に甘えるのに忙しくて内容は良く覚えてない。

 だけど、夢の中とは言え全力の全力で戦った爽快感が目覚めのあとも残り、テンションが爆上がりしたままの私は今こうやって武器を振っているのだ。


「んゆー、よく分からないけど、ノンちゃんのそれ、キラキラしててきれーだね」

「でしょ? 私の自慢の武器の一つだよ。名前は蛟って言うの」

「みずちくん? ノンちゃんがくれたお花の飾りみたいで、きれーだね」

「ああ、クリスタルブローチか。材料はアレとほぼ一緒だったかな」


 私が前にルルちゃんにプレゼントしたアイテム。全能一割増しって言う結構な強装備だけど、それだけじゃなくて見た目も綺麗で人気だったアイテムだ。

 アレもこの蛟と同じ、『水晶龍ケルトゥラハイネス』のドロップがメイン素材なので、キラキラ具合は似たような物だ。

 ヘリオルートの巣窟に出る魔物の内容をビッカさんたちに聞く限り、多分あの巣窟の千二百階層くらいに出るんじゃないかな、水晶龍。

 ちなみに、貧民窟で回復魔法を使った時に出したクリスタルスタッフも同じ素材がメインに使われてる。本当ならあんなちょっとした欠損を治すためだけに使うような装備じゃ無いんだよね。

 ただ、ケルトゥラハイネスの素材って凄い使い易いので、普段のチョイ使いする装備にも良く使われがちな素材でもあった。

 凄いんだよあの子の水晶。水晶の癖にめちゃくちゃ加工しやすいし、倒せるなら簡単にドロップするから数も揃えやすくて大型武器にも使いやすくて、ほんとお世話になった。


「素材の水晶を落とす魔物もね、ものすごく綺麗でかっこよくて、…………龍が竜判定じゃなかったらあの子も契約したかった」


 ハイネス君は普通に強いし綺麗でかっこいいから人気のモンスターだった。レイドボスじゃなくて普通のモブだったから、サモナーもテイマーもこぞってあの子の獲得を目指した実装直後。

 でも運営から後々、龍は竜と同じ判定なので仲間に出来ないと告知された時の、ジワルドモンスターを愛でる界隈の阿鼻叫喚が懐かしい。

 運営も告知がおっそいんだよ。あの子のテイムやコントラクトに沢山のプレイヤーが大枚たいまい叩いて挑戦した後に後出しで無理でーすとか言われたら、荒れるに決まってるじゃんね。

 私もその一人です。

 竜はウチの三竜みたいに、イベント報酬で卵を貰うとかしないと手に入らない存在なんだよね。


「…………ああ、ハイネスくんにもう一度会いたい」


 まぁ会ったら殺し合うしかないんだけどさ。


「それで、そっちの人も何か御用で?」

「ふぁっ、ば、バレてる……!」


 宿から庭に繋がる扉、ルルちゃんが出てきたそこの影にさっきから隠れているのは、先日こっちに合流してきた貴族キッズの一人、ミハイリクさん。

 学園の二年生が一年生の付き添いとして同行するのは授業の一環なんだけど、彼はその評価を丸っと捨てるからコッチに合流したいと願い出た、ハル何とか王子の取り巻きの一人だ。

 なんでも、学園で習う魔法の授業が肌に合わず、声に魔力を乗せて欠片を使う段階で盛大に躓いてたところ、傭兵の女の子と同じように聞き耳スキルで私の授業を聞いたら一発で魔法が使えるようになったとか。

 そもそも基礎はもう出来てたみたいで、あとは声に魔力を乗せる感覚だけが必要な段階だったんだろうね。

 そんな彼は、その経験から私にめっちゃ懐いた。筋肉さんに倣って私を大先生とか呼び始めたので、どうにかランクを先生に落としてもらった。


「ご、ごめんなさい。盗み聞きするつもりは無かったんですけど」

「ああ、気にしてないから大丈夫ですよ。怒ってません」

「あの、わたしも先生に朝の挨拶をと……」

「なるほど。ミハイリクさんもおはようございます」

「ええ、おはようございます」


 最初は貴族らしいちょっと尊大な態度だった彼も、今では私を敬うような態度に変わってしまった。

 もともと、ルルちゃん達を半獣だと見下す感じも少なく、今では普通にルルちゃんたちに接しているので、私も気にせず受け入れてる状態だ。

 魔法が使えるようになった彼は、今日までの講義で更に腕を伸ばして、今の深度で使える欠片はだいたい扱えるようになってる。

 とは言っても魔物を一体も倒したことの無い彼は深度一だし、使える欠片は基礎のものだけなので、攻撃魔法も「《火よ》《穿て》」の二節詠唱くらいなんだけど。


「じゃぁ、ルルちゃんもミハイリクさんも、顔でも洗ってきてくださいな。朝餉にしましょう。……水は出せますよね?」

「うんっ!」

「もちろんです! いやぁ、魔法が自在に使えるって素晴らしいですね!」


 簡単な二節詠唱で「《水よ》《湧け》」が使えるようになっただけなのに、ミハイリクさんは凄い楽しそうだ。

 うんうん、分かるよ。出来ないことが出来るようになった瞬間って、控えめに言って最高にテンション爆上がりするよね。分かる分かる。

 私も師匠から教わったスキルを使わない縮地が出来るようになった時なんて、街中で無意味に縮地しまくってたもん。

 ちょっとポーションとかの消耗品を買い物にいくだけなのに、街の中をヒュンヒュン縮地してたよ。人にぶつかってめっちゃ怒られた。


「買い足したジャガイモと蕎麦粉で、ガレットでも作りますかね。なるべく油は減らす感じで、朝でも食べれる重さにしようか」


 私はルルちゃんと仲良く顔を洗いに行ったミハイリクさんを見送りつつ、出しっぱなしだった蛟をしまって宿の厨へ歩き出した。


 ◇


「じゃぁ、ここまで頑張ったミハイリクさんに取っておきの魔法を教えましょう」

「と、取っておきですかっ」


 いつも通り馬車に乗っての街道を往く一行。

 ルルちゃん、ネネちゃん、アルペちゃん、クルリちゃんの四人はやっと二節詠唱を八割くらい成功させられるようになって来た今、私は四人とは別にミハイリクさんに語りかけた。

 レイフログまであと少し。今日の夜には目的地に辿り着くだろうという旅のさなかで、私は授業をめっちゃ真面目に聞いて真剣に取り組んでたミハイリクさんにご褒美をあげることにしたのだ。


「ミハイリクさんも男の子ですし、やっぱり強い攻撃魔法に憧れますよね?」

「…………それは、まぁ、はい。強い攻撃魔法が使えたら、カッコイイですよね」

「でも、今の深度では使える欠片なんて殆ど無いから、二節詠唱が精々。そう思ってますね?」

「……えっ、違うんですか?」


 私が今日まで披露した魔法講義は、基礎の欠片をちゃんと扱える程度の授業に終始していた。

 だから、その内容を思えば《穿て》を使った二節詠唱が限界だと思うのも無理はない。

 でも、実際はそうじゃない。


「ふふふ、良く見てて下さいね?」


 私は馭者台の隣に座る彼に笑いかけてから、誰も居ない方向へと手を伸ばす。

 幼女四人は相変わらず桶に水を出す魔法を頑張ってて、ミハイリクさんとは魔法の練度が違う。なので馬車の中と馭者台で授業内容が違うのだ。


「《火よ》《火よ》《火よ》《火よ》」


 私は彼に見せるための魔法を組み上げ、同じ属性子を並べて見せる。

 そう、使える欠片の種類が少ないなら、同じ欠片を並べて節数を増やせば良いのだよ。


「《穿て》」


 火の属性子四つと方向子一つで組んだ単純な攻撃魔法。だけど五節も使ったそれは、誰も居ない方向に向かって勢い良く炎が走り抜ける。


「…………同じ欠片を、並べるッッ!」

「そうです。欠片によっては同じものを並べると干渉を起こして発動不全に陥りますが、属性子はもともと並べて使うものなので、同じものを並べても干渉しないんですよ。だから威力を増やしたいならコレだけでも十分な魔法になります」

「…………すごい!」

「そして、もう一つあります。……《火よ》《風よ》《光よ》《穿て》」


 次に使うのは、三属性を並べた四節詠唱の攻撃魔法。

 私の手のひらから生まれた魔法陣が、火を生み、風で煽って火を増幅し、そしてその炎が一条の赤い光となって誰もいない地面に向かって射出された。


「………ッッッ!?」

「こんな感じで、複合属性ならもっと威力が上がります。まぁその分制御が難しいんですけど」


 と言うか、見せてあげたけど、彼にはまだ三節詠唱くらいが限界だと思う。四節も五節も、魔力量的にも制御力的にも無理なはず。

 だけど、コレが魔法なんだよって私の思いは伝わると思う。


「…………わたしも、頑張れば今の魔法が?」

「使えますよ。今はまだ、精々これくらいが限界だと思いますけど……、《火よ》《風よ》《穿て》」


 最後におまけして見せたのは、火を風で増幅して飛ばすだけの魔法だ。

 でも二節詠唱に比べたらこれでも破格の威力だろう。事実、今の魔法をみた彼の目はキラキラしてるからね。


「これから深度を深めて、魔物を倒して、沢山の欠片を手に入れて強力な魔法が使えるようになるでしょう。でも、強い欠片なんか無くても、工夫しだいでいくらでも強い魔法なんて作れるんですよ。それを忘れないで下さいね」

「……はい先生!」

「魔法で一番大事なのは、欠片を上手く扱って綺麗に呪文を組むことです。強力な欠片でも下手な人が使うとゴミみたいな魔法になりますし、弱い欠片でも上手い人が使えば凄い魔法が組めるんです」


 ミハイリクさんに聞いた感じ、学園の卒業までに三節詠唱が出来ればかなり優秀な部類らしいし、このまま行けば彼は魔法が使えなかった無才から、三節詠唱で強力な攻撃魔法まで使える秀才に生まれ変わるんだろう。

 今も、早速教わった事を実行しようと頑張って三節詠唱に取り組んでいる。


「……《火よ》、《風よ》、《穿て》! ……んぐぅ」

「まぁ、いきなりは魔力がついてかないですよ。複合は単属性より制御が難しいですし」


 一応発動は成功したものの、制御が甘くて魔法が曲がり、放たれた魔法が馬車を牽くベガを掠めた。

 ベガはちょっと迷惑そうな顔をしながらも、光の翼を生み出して魔法を弾いてた。当たっても無傷だったと思うけど、まぁ気分の問題だよね。

 ホントなら私もブチギレる案件だが、やらかした本人が慌ててベガに謝ってるし、ベガも許してるからそれでいい。

 ちなみにベガの光の翼は一瞬しか出てないし、ミハイリクさんの反応速度じゃ多分何も見えなかったと思う。


「最初は無理せず、火の二連節で単属性を練習した方が良いですよ。三節詠唱自体に慣れてないんですから、最初から複合は難しいです」

「は、はい。気を付けます……! ベガさんも、本当にごめんなさいっ」


 ベガは優しい子なので、ええんやでって感じの優しい眼差しで振り返り、ミハイリクさんに頷いて見せた。


「……あ、もしかして、最初から攻撃魔法を練習せずに、水の二連節? を生活魔法で練習した方がいいんでしょうか?」

「ああ、その方が良いですね。私もうっかりしてました。もしくは風の二節で、《遮れ》辺りでも良いですね」

「なるほど! 頑張ります!」


 これで、旅の間に教えられる事はもう教えきったかな。

 あとは個人の魔力量を増やしたり、制御力を磨くだけなので、私が何かを教えることは無い。


 そして道中、弱い魔物が二頭ほどフラフラと街道に出て来たので、馬車を止めたあとに傭兵の三人娘とミハイリクさんが協力して魔法で戦うというイベントが起きたものの、何事もなく旅が終わった。


 目的地、港町レイフログへ到着である。


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