第57話 今度は違う人。



 --ああ、これは夢だ。


 都外修学の目的地、レイフログへ向かう旅も終盤のこと。

 私は最後の街に辿り着いて、いつも通り箱貸し宿を取って眠りについた。

 そうして気が付くと、馴染み深い風景の中にいて、私はそう思った。


「…………これは、また明晰夢なのかな?」


 確か、テンテンさんと夢で会った時も、こんな感じだったはずだ。

 見覚えのある風景はジワルドの街並み。

 NPCすら一人も居ない、馴染み深いのに見たことも無い風景。

 いつも賑わってたこの場所が、こんなに静かだなんて不思議な感じがする。


「…………ぬし、もしやののんか?」

「……えっ、師匠?」


 声が聞こえ、振り返る。


「ほんとうに、ののんか?」

「…………師匠」


 見慣れた街並みに、たった一人佇んでいたのは着物を纏った一人の武人。

 ビッカさんにそっくりな色合いの、赤茶に光が浮く長い髪を後ろで一纏めにしたポニーテールが風に靡き、濃い灰色の地味な着物がトレードマークの侍。

 凄く綺麗な顔をした優しい女の人で、笑うと綺麗から可愛いに変わる柔らかい印象が人に好意を抱かせる、ジワルドで一番素敵なPKK。


 到達者が一人、【剣閃領域】の『ものむぐり』。私の師匠がそこに居た。


 師匠が居る。そこに師匠が居る。私に刀術を授けた最高で最強の侍がそこに居る。

 私はほとんど無意識で、緩む涙腺なんて気にせずに駆け出した。


「師匠っ!」

「ののん!」


 あと五歩。それで師匠に抱き付ける。

 そんな距離まで達した私は、ほとんど勘で


 -ギィンッ……!


 懐かしい音。懐かしい手応えを感じて、私は無意識でポーチから出てた決戦用の刀を振るって詰めた距離を離した。


「ふむ、腕は鈍ってないな」

「……師匠、それは無いよ。今のは感動で抱き合う場面じゃん?」

「む。まぁ拙者も、可愛い弟子と抱き合って再会を喜ぶのは吝かじゃないが……」


 -ギッギィン……!


 ほとんどノーモーションで二条、私は師匠と抱き合って再会を喜びたいのに、他ならない師匠の剣戟に邪魔される。


「拙者とののんの絆とは、常に刃を挟むべきだろう?」

「そう思ってるのは師匠だけだよ。私は師匠が大好きなのに」

「ふむ。拙者もののんが大好きだぞ?」


 いいながら、更に五条も剣戟が走る。

 相変わらず出が見えないクソみたいな剣閃だ。めちゃくちゃ強い。


「もう! 師匠がその気なら、ぶっ飛ばしてから抱き着くからいいもん!」

「ふふ、そう来なくてはな。……久々だ、アレをやろうか」


 テンテンさんの時と同じような明晰夢。幸せな夢。

 私が戦意を露わにして、師匠をぶっ飛ばしてから思う存分抱きつこうと決心すると、師匠も楽しそうに三歩ほど間合いを離して


「心を鎮め、己が業を積み重ね」


 それは、欠片を使わない特殊な詠唱。

 師匠は自分にだけ許された特別な力を行使するためにソレを歌う。


「しかして猛る、この狂気へ身を委ね」


 師匠のネームドスキルが来る。理解した私は遅れて自分も歌い始める。


「--かばねを積み上げ血河けつがを生み出し、こいねがうは更なる災禍」


 師匠のネームドスキルはネームドスキル以外の全てを封じる。なら少しでも有利を取るためには、自分もネームドスキルを使う必要がある。


「これ即ち無双の境地」

「滅びを嗤い悲劇に唄う」


 私の歌を聞いて楽しそうに笑う師匠が、懐かしくて愛おしい。


「我が一刀に、断てぬ者なし」

「我が身この血は破滅の序章」


 そして至る、運営かみがもたらした、ただ一つの暴力。


「--至れ、【剣閃領域】」

「--発動、【屍山血河】」


 激突。


「往くぞ我が弟子よぉぉおッッッ……!」

「素直に抱き着かれろ師匠のばかぁぁーー!」


 師匠のネームドスキル、【剣閃領域】がネームドスキル以外の全てのスキルを封じる結界を展開し、この瞬間私は肉体を使う以外の戦いを全て潰される、

 そして、私が発動したネームドスキル【屍山血河】は私を永遠に戦わせる為の力。

 体から黒い霧が吹き出し、私の強化段階に合わせてが広がり、濃くなって行く。

 ネームドスキル【屍山血河】は、私の攻撃全てに『状態異常:流血』を付与して、私が流した血と私の攻撃によって流れた血の総量、そして積み上げた屍キルスコアの数だけ無制限にバフを詰み、私の自己回復を行うスキルである。


「どぅれ、縮地は衰えてないか見てやろうかっ!」

「上等っ!」


 一瞬で間合いを潰して首を狙う師匠。これはスキルを潰された領域で行われたスキルじゃない縮地。つまり師匠は現実でもコレが出来るのである。とんでもない人だ。

 私は武器による防御は捨てて、膝を折りながら首を傾けて必殺の首狩りを躱す。代償に片耳を切り捨てられたが、私自身が流した血も私のバフになるからカス当たりならプラマイゼロとして扱って問題ない。

 決戦用装備、『炎雷呪殺刀【おおとり】』と『雹嵐鏖殺刀【おおとり】』を『霊皇装【らん】』の能力で一時的に融合した最終装備、『断殺絶刀【鳳凰ほうおう】』を突き出して師匠の脚を狙う。


「ぬん、少しぬるいな。やはり鈍ったか?」

「あいにく、こっちは相手が居ないんだっ!」


 突き出した刀をまさか膝蹴りで弾かれるとは思わなかった。

 返す刃で反対の脚を狙うも、師匠も返す刃で私の肩を斬り裂こうと刀を振る。

 ぬぐぅ、ギリッギリを攻めやがってぇ!


「ほれほれどうした、血が流れるまで受けの作戦かっ?」

「ぐぬぬぬぅぅうッッッ…………!」


 魔法で回復出来ない以上、【屍山血河】で無限に自己流血でバフを積むことは出来ない。自分のHPがバフの上限だ。

 この夢の世界がジワルド基準なのかこっちの世界基準なのか分からないけど、私の命が有限なのは間違いない。

 私は肘を跳ね上げて肩狙いの剣戟を弾く。が、そんなの折り込み済みだった師匠は肘を上げて緩くなった私の斬撃をまた膝蹴りで弾いて、そのままヤグザキックで私の腹を蹴る。

 ぐぅ、このぉ! 幼女の腹を蹴るなぁ!

 間合いが離される瞬間、苦し紛れに後閃の要領で師匠の脚を軽く斬り付けたが、あんな浅い傷、師匠にはなんの痛痒もない。

 ちくしょう、やっぱり強い。


「ふーむ、やはり少しぬるくなってるな。相手が居ないと言ったか?」

「…………居ないんですよ。周りには深度、いやレベル二桁の人しか居なくて、モンスターも思うように戦えない。そんな場所に居るんです」

「ふむ。……なら、残念だが刀をしまってを出せ。ののんは【剣閃領域】の中なら刀より杖術の方が強いだろう」

「……やだ。もうちょっと師匠と遊びたいもん」

「ふふふ、全く、可愛い弟子だ」


 今度は私から縮地で踏み込み、師匠に必殺の突きを放つ。

 それもあっさりと捌かれ、私と師匠の剣戟は速度を増していく。

 強い。ただ強い。

 刀術に限れば間違いなくジワルド最強の人で、そんな人とスキルも使えない刀術だけの空間で戦うこの状況は、自己バフ積んでも一歩届かない。


「だけどっ……!」


 楽しい。


「野良猫流」

「野良猫流」


 そう、楽しい。


「ねこぐるま」

「ねこまんま!」


 確信を持って放つ技が簡単に返され、必殺の刃が通常攻撃みたいなノリで返って来る。

 楽しい。凄い楽しい。

 続け、もっと、ずっと、この時間が永遠に…………!


「………ッ!? しま--」

「甘いぞ弟子よ」

「--ぬぁあっ!」

「ぬっ……!」


 隙とも言えない隙を突かれて、太ももを結構ざっくり斬られてしまった。

 せめて痛み分けと思って振るった刃は、師匠の中指の先を少し斬り飛ばすだけに終わった。くっそ、親指か小指だったらマトモに刀を握れなくなるのにっ……!


「ふふ、そろそろ本気でこい」

「…………むぅ、仕方ないかぁ」

「弟子が教えた技で足掻くのを見るのもオツだがな、そもそも弟子の技はどんな形でも愛いものだ。なぁ、ののん?」


 私は脚を斬られて機動力が落ちて、師匠はちょっとした痛手しか受けてない。刀術勝負は私の負けだ。

 だから、私は鳳凰の融合を解除して鳳と鳯にわけ、ポーチにしまう。

 そして取り出すのは、私が杖術を使う時の最強装備、『水晶棍【みずち】』。


「久々にみたな」

「私がジワルドから消えた時期も合わせると、一年半ぶりかな?」

「そのくらいになるか。……まぁいい、来い」


 持たば太刀、払えば薙刀、突かば槍。

 とある杖術の流派に伝わる、有名な言葉だ。

 私は透き通る青い棍を両手に持って師匠に肉薄して、蛟を振るう。

 当然師匠は刀で捌くが、私は突いて弾かれた棍の反対側を振るって師匠の膝を殴る。

 半身引いて対応する師匠の間合いに潜り、短く持った蛟を拳撃のように突き出し、引いた師匠に追い打ちをする。


「やはり杖術を使うののんは手強いなっ!」

「絶対に抱き着いてやるぅー!」


 脚が死んでる私は間合いを離されると不利だ。この脚じゃ縮地も出来ない。だから師匠の間合いに張り付いて、絶対に逃がさない。

 私の拳打を柄頭で弾く師匠は更に半身引くが、私はそのまま刀を逆手に持ったように蛟を振るう。

 杖術の利点は、棒の両端がどちらもである事だ。

 実際に斬り裂ける訳じゃない。でも、本物の刃が着いてないからこそ、両端のどちらをも同じように扱える。

 横一閃に振るわれた蛟を肘でカチ上げて防御する師匠は、だけど棍である蛟はそもそも打撃武器。生身でカチ上げたならそれはダメージだ。防げてない。


「ぬぅっ!?」

「絶対抱き着いてやるぅー!」

「全くっ、そんなに拙者が好きかいねっ!?」

「大好きだもーんッッッ!」


 持ち手を変えて、長さを変えて、縦横無尽に蛟を振るう。

 間合いを潰したうえで、手に持つ武器の間合いを自在に変えられるのも杖術の利点である。打刀どころか太刀を使う師匠はこの間合いで全力を出すのは無理だ。


「おらぁぁあッッ……!」

「しまっ--」


 半分に持った蛟の突きに対応した師匠は、持ち直して間合いを変えた私の突きに対応をミスった。

 みぞおちを全力で突かれた師匠は呼吸が止まり、一瞬だけ絶対的な隙を晒した。


「棍術絶招!」


 スキルは使えない。だから人力で、必殺技を。


無尽爆砕剛羅衝むじんばくさいごうらしょう!」


 テンテンさんも使える棍術の奥義。だけど使い方は違う私の棍術絶招は、一瞬の隙を余すとこなく使い切って師匠の全身をぶん殴った。


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