第56話 恋は盲目。
僕は、焦っていた。
褒められた行為じゃなくても、あまりにも機会が少なかったから父上に頼み込んで、都外修学に学園の二年生を課外授業の延長で捩じ込むなんて暴挙にも出て、必死で愛しい彼女との接点を稼ごうとした。
そしてやっと漕ぎ着けた、ノノンさんとの旅。
二人きりじゃないし、そもそも旅の団が別だったけど、それでも同じ旅路を往くなら、接点くらいいくらでもあると思ってた。
しかし全くない。
接点が無い。話せない。触れ合えない。
もうビックリするほど関われない。
この六日でノノンさんと一番会話したこっちの人員が、まさかの兄上って言うのがもう、驚きを通り越して感情が死にそうになる。
旅で寄る町や街で泊まる宿も、ノノンさん達の財力なら僕らとそう変わらない場所を選ぶと思ってたのに、何故か毎回箱貸し宿なんて程度の低い場所を選ぶ。
なら僕らも「これも良い経験だから」なんて言って二回目から箱貸し宿に泊まろうとすると、ミナと兄上はまだしもゼクト達側近候補が邪魔をする。
……………………こいつら、邪魔ッッッ!
僕は生まれて初めて学友に殺意を抱いた。
僕がどこに泊まろうと僕の勝手だろ! なにが「殿下に相応しくない」だよ! ノノンさんに釣り合わない僕への嫌味かっ!?
旅の途中は学園に指定された装いじゃなくても許される。今のノノンさんはいつも学園で見る白い服では無く、色とりどりの可愛らしい服を着ていて凄く可愛い。
他の子に囲まれてコロコロと笑うノノンさんが、愛おしくて堪らない。
話したい。仲良くなりたい。僕にもあの笑顔を向けて欲しい。
ただそう願うだけのに、ゼクト達が凄い邪魔をする。ほんとに邪魔。
僕の恋路を助けてくれると思ってたミナは、何故か助けてくれるどころか邪魔をし始めるし、兄上も何故かノノンさんを大先生とか呼んで慕って、僕よりノノンさんを優先するし。
いや、ノノンさんを優先するのは良い事だ。素晴らしい事だ。
でも僕の邪魔はしないで欲しい!
なんなんだ! なんでみんな僕の邪魔をするんだっ!?
そう、邪魔をされる。
道中に保護した傭兵らしき女性三人がノノンさんの一団に合流して、何やら魔法の講義らしき物をしていると、同行してる側近候補のミハイリクが聞き耳の技能で教えてくれた。
同じく側近候補のレイリーとゼクトはノノンさんを何故か嫌っているが、ミハイリクはノノンさんのその魔法講義を聞き耳で聞いて、実際に真似してみたら学園の授業で躓いてた魔法発動があっという間に成功したのだ。それをきっかけに、元々態度もそう悪くは無かったミハイリクは、彼女を見る目がガラッと変わった。
僕は「これだ!」と思い、ミハイリクに邪魔をする二人の抑えを頼んで、昼餉の休憩時にノノンさんへお願いしに行った。
僕たちにも魔法を教えて欲しいと。
悩んでた魔法について簡単に成功させたノノンさんからの講義に、ミハイリクは目の色を変えて協力してくれた。ゼクトとレイリーはミハイリクが抑えてくれる。
そして、邪魔をされた。
万魔の麗人レーニャ。金等級のシーカーで、ノノンさん達の護衛。
彼女は、不干渉を決めれた僕たちの一団が接触するのはオカシイと正論を吐き、僕の恋路に立ち塞がった。
結局、僕は正論に勝てずコチラの馬車に戻らざるを得なかった。
「……ハル、おめぇいい加減にしろよ。せめてレイフログまで待てや。大先生困らせてんじゃねぇぞ」
そして場所に帰ると、兄上にそんなことを言われた。
…………なんなんだよ!
兄上なんか、ノノンさんにとんでもない暴言吐きまくってた癖に、なんで僕より仲良くなってんだよ!
いい加減にするのは兄上だろう!?
僕は頭に来て、でも側近候補が見てる前で無様に喚き散らす訳にも行かず、顔を赤くして耐えるしかなかった。
そんな風にプルプルと震えていると、ノノンさんの講義を受けられないと知って僕に失望の視線を向けていたミハイリクが、一人でノノンさん達の方へ行った。
お、おいミハイリク? 頼むからノノンさんに失礼なことは……。
「……学園の評価は捨てるから、こっちに加えて欲しい……? まぁ、私たちの評価が下がらないなら、別に良いですよ?」
「本当かいっ!? ああ良かった! 学園の魔法講師は説明が分かりにくいんだよっ! 君のお陰でわたしは、簡単に魔法が使えたんだ! ああ本当に良かった。ありがとう。ありがとうノノンさん!」
なんでっ!?
ちょ、おい護衛! なんで僕はダメでミハイリクには注意しないんだよ!
なんでだよ!
「おい待てハル、おめぇはダメだ」
「ダメですわ?」
「何でですかっ!?」
納得出来ないと、もう一度あっちへ突撃しようとした僕は、兄上とミナに袖を引かれて止められた。
なんで僕だけダメなんだ!?
「おめぇが行ったら、コイツらも行くだろうが。大先生に負担かけんじゃねぇよ」
そう言う兄上の視線の先、リハイリクを苦々しげに睨むゼクトとレイリーが居た。
…………おぉう、コイツら本当に邪魔ッッッ。
さっきまでミハイリクが抑えてくれてた二人は、僕が今向こうへ行けば一緒に着いてくるだろう。そして半獣であるノノンさんや、同じく半獣であるシルルさんやキノックス姉妹に悪態を着くだろう。
コイツら、あれほど口酸っぱくノノンさんに非礼を働くなと言い含めたのに、あっさりと破りやがって…………!
「…………ミナミルフィアも、向こうに加わりたいですわ」
「いや待てよミナ、これ以上は止めとけ。分かるだろ?」
「ええ、まぁ。…………ゼイルお兄様はベガ様が見れて幸せですものね。ミナミルフィアは羨ましいですわ?」
「ふふ、まぁな。ほんとベガ君は見てるだけで癒されるぜ。あんな名馬、どこ探せば見つかるんだか」
「……前にテティ卿と伺った時に見た、あの荷車を牽いてる狼様を見るに、ベガ様も魔物の類なのでは?」
「っ、なるほどな。普通の馬じゃねぇのか。……そりゃあんなデカブツを一頭立てで牽けらぁな」
兄上達が何かを言ってるが、どうでもいい。
どうすれば、僕はノノンさんと仲良くなれる? どうすれば楽しく話せる?
くそうっ、なんでミハイリクがあんなに楽しそうにノノンさんと喋ってるんだっ! 羨ましい……!
「殿下」
「…………何かな、ゼクト」
「どうして殿下は、あのような半獣を気にかけていらっしゃるので?」
「君には関係ないだろ。……それより、僕は彼女たちに失礼が無いようにと言い含めたよね? それを良くも破ってくれたな」
「ですがっ、あの半獣は殿下達に不敬な態度を--」
「他ならない僕達がそれを許している。君はそれを覆せるのか? それこそ不敬なんじゃないかい?」
口うるさいゼクトの文句を捩じ伏せる。連れて来なければ良かった。お陰でノノンさんと喋る難易度が天井知らずだ。
「……なぜですか。なぜゼイルギア様もミナミルフィア様も、あのような半獣に--」
「おうコラ、ゼクトちゃんよ。まだそんなこと言ってんのか?」
途中、ミナと喋っていた兄上がゼクトの頭を掴んでミシミシさせながらコチラの会話に加わって来た。
「あいだだだだだだっっ……!?」
「あのなぁ、大先生に迷惑かけるなって言ってるよな? あ? あの人は、俺の師匠すらも打倒できる戦士だって教えただろうが」
「有り得ませぬ! 指南役様をあんな半獣が倒せるなどっ……!」
「…………はぁ、まぁ俺もよ、似たような考えで大先生に絡んでボコボコにされたからよ、人のこと言えねぇが、……けどよ、おめぇは俺や師匠の、何を知ってるってんだ? あん? あんま舐めたこと言ってっと、潰すぞ?」
ミシミシからメリメリと音が変わって、凄い痛そうなゼクト。
兄上、その、さすがに都外修学で人死はまずいのですが……。
「…………なぁハル、お前ちょいと落ち着けや。少し焦りすぎだぞ」
「……………………分かってます」
「いや分かってねぇよ。仲良くしてぇんだろうが、無理に絡むと嫌われるって分かんだろ? おめぇ、ちょいと話すだけで満足なのか? その結果嫌われても良いのか? ん?」
万魔の麗人も、兄上も、正論しか吐かない。
いや分かってる。『正しい理論』だから正論なんだ。でも、じっとしてられるなら、僕のこの気持ちは恋だなんて言わないだろう。
分かってても止められない。だから初恋なんだ。
「あーもー分かったよ。分かった分かった。後で大先生に掛け合って、何かしら機会を作ってやるからよ。今は落ち着けや」
「……えっ、兄上、応援してくれるので?」
「大先生が城に入ってくれりゃあ、俺も師匠も喜ぶさ」
何故かミナは応援してくれないけど、兄上は応援してくれるのか。
なんだろう、ちょっと嬉しいし、感動してきた。
あの兄上が、半獣を蔑んでた兄上が、僕とノノンさんの仲を応援してくれるなんて……!
「だがよ、望み薄だぜ? 相当に男磨かなきゃぁ、大先生には釣り合わねぇよ」
「そんなことは分かってますとも!」
「いいや、分かってねぇよ。おめぇは分かってねぇ」
そう言った兄上は、僕の両肩をガシッと掴んで目線を合わせる。
その瞳は力強く、その奥には何かが秘められていた。
「おめぇの認識じゃ足りねぇんだよ。大先生を知れば知るほど、それが分かる」
「…………兄上には、ノノンさんの、なにが分かると言うので?」
「ケルガラ王家は文武両道。だか俺ぁ正直、頭が良くねぇ。だがよ、武のことなら人一倍だと自負してるつもりだぜ」
兄上は、探索者を除けばこの国でも上から数えた方が早い手練だ。
ノノンさんからの評価は著しく低いらしいが、エーバンスさんから剣を教えられた兄上は、間違いなく強者の部類。
「なぁハル。大先生があんな小さいのによ、あれだけの技を身に付けるのに、どれだけ血反吐撒き散らして来たか、おめぇに想像できっか?」
ノノンさんの技。
あの夢で見た内容も含め、この国最強の双剣士であるエーバンスさんすらも倒したノノンさんの絶技。
それを、齢八つで身に付けるに足る経験。
「分からねぇよな? 俺にも分からねぇ。ただ、大先生はそれを成した。それを成すに足るだけの何かが、大先生の中にあるのは分かるぜ」
それは、きっと、……ノノンさんの家族のこと。
あの夢で見た、ノノンさんが心から想うご家族のこと。
絶望と希望を綯い交ぜにした真っ暗な諦念。そこに燻る火種こそが、きっとノノンさんをノノンさん足らしめるナニカ。
「おめぇが本気で大先生と添い遂げてぇならよ、おめぇはそこに踏み入らなきゃならねぇ。…………ハル、おめぇにそれが出来んのか?」
それは、あの日抱いた恐怖だ。
僕はこの先、あれほどの感情をノノンさんから向けてもらえるのか、今も尚僕の中にこびり付いた不安。
「………………それでも、好きなんです」
「ふ、そうかよ。…………なら頑張れや。俺はあいにく、大先生と良い仲になろうなんて気はねぇからよ、邪魔はしねぇよ。……ただ、ハルと大先生を並べたら、俺ぁ多分大先生の味方になるけどよ」
そんな兄上の言葉が、旅の途中ずっと僕の中に残ってた。
あと、めちゃくちゃ楽しそうなミハイリクの笑顔に殺意が沸いた。
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