第45話 憂う妖精。



「ざっけんなっ……!」


 月の明かりに照らされながら、オレは目の前の愚か者を踏み付けた。

 つまらない。酷くつまらない。

 ここはもう少しマシな世界だったはずだ。


「まてっ、やめ……--」

「死ね!」


 けして拭えはしないイライラを慰めるために、オレは手に持った武器を振るって踏み付けていた愚か者の首を刎ねた。

 いつからだろう。この乾きが癒えなくなったのは。


「…………チッ、くそが」


 いいや分かってる。

 アイツが居なくなってからだ。


「クソッタレが…………。なに勝手に死んでんだよ、ののん」


 【屍山血河】ののん。ジワルドの最強。

 オレと同じ到達者で、同じ二つ名持ちで、同じ障がい者で、同じ戦闘狂。

 オレはおそらく、ジワルドで唯一ののんのリアルを知っているプレイヤーだろう。

 何せ同じ病院に入院してたんだから。


「クソがっ、クソクソクソ…………! 面白くねぇ!」


 オレはだったが、ののんは両手足欠損のうえ多臓器不全。生命維持装置が止まれば一分どころか数十秒も生きてられない体だと、本人から聞いた。

 それでも毎日楽しそうにジワルドで遊ぶののんが、オレは大好きだった。


 オレはアイツに会うまで、自分が不遇で仕方ない可哀想なやつだと思ってた。

 けど違った。足が動かないなんて結局のところ、歩けないだけなんだ。

 トイレにも介護が必要? それでも用は足せるよな。

 食事に専用のテーブルが要る? でも飯は食えるじゃねぇか。

 階段が使えない? 今どき何処でもバリアフリーくらいあらぁな。

 高いところに手が届かない? そんなの足が動く連中でも届かねぇところにゃ届かねぇよ。

 視点ひとつ変えりゃコレだ。本当に出来ねぇ事なんてひと握り。

 アイツに比べりゃ天国だった。

 ののんなんか、機械の助けがなけりゃ、心臓を満足に動かす事だって出来やしねぇのに。

 それでもアイツは明日を笑って生きてたんだぜ。

 カッケェなって、素直にそう思った。

 だけど、死んじまった。オレを置いて、アイツは死んじまった。

 お互い体が動かないから、病室を行き来するような事はほとんど無かった。そもそも知り合ったのがジワルドの中であり、同じ病院に居るなんて知ったのは偶然だった。

 それでも、オレは看護師に毎日ののんの様子を聞くくらいには、ののんの事が好きだった。

 だから知ってしまった。

 あの日、デケェ地震があって、病院が停電した日の翌日。いつものように看護師にののんの事を聞いたら、いつもとは違った反応を返された。


「クソがよぉぉっ!」


 生きてて欲しかった。ずっと生きてて欲しかった。


「もっと食わせろてめぇらァァあっ!!」


 小せぇ躯体に、短ぇ手足。

 振り回すは二本の大鎌、刈り取り啜るは断末魔。

 クソみてぇなPK集団にカチコミをかけるのは、オレが使うキャラクター。


「ちぃ! 見張りは何をしてやがったァ!」

「とっくにくたばってんよボケカスがァッッッ!」


 閃く翅。纏うはドレス。

 ジワルド史上最も小さいキャラクリで、ジワルド最大の大鎌を振り回す。到達者が一人、オレは【双鎌妖精そうれんようせい】のペペナボルティーナ様だ。逃げられると思うなよ雑魚共がっ!


「このクソ妖精が! 雑魚種族の癖に大鎌なんて振りがって、妖精が狼牙族にSTRで勝てるわけねぇだろ!」

「バカがよォ! 鋭さと競いてぇならSTRじゃなくてVIT誇れよ雑魚がァッッッ!」


 ジワルド内で最も貧弱で、最も小さな種族、を使う唯一の到達者、あいつが最高の鎌使いだと呼んでくれたこのオレ、ペペナボルティーナの技に勝てるもんなら、勝ってみやがれ!


「波涛石火!」

「ちぃぃいっ!」

鎌術れんじゅつ絶招!」

「させるかよぉ!」

「--大紅蓮鳳凰華くたばれ雑魚が!」



 ◇



「モンスター捜索ぅ〜?」

「はい。こちらはえっと…………、mkmktntnさんからの依頼ですね」

「はぁん? あのセクハラ筋肉がギルドに依頼だと? あいつは欲しいもんは自分でブン取る主義だったはずだぜ?」


 薄桃色のドレスをふりふりと揺らしながら、オレはPK団の討伐依頼完了の報告にギルドまで来ていた。

 このゲームの一番よく出来た所は、NPCがプレイヤーとの違いを理解してゲーム設定に落とし込まれているって点だ。

 オレらが死んでも復活する異常性も、ログアウトすると下手したら数日間、もっとするとそのまま引退して現れなくなる事実も、ゲーム設定の中にちゃんと落とし込まれていて、NPCのAIはそれを理解してる。

 だからこそ、プレイヤーが組織したPK団の討伐なんてクエストもNPCが発行したりもする。今回オレが受けたのはその手の依頼だった。


「………………金の獣ねぇ。ゴールドカーバンクルじゃねぇんだな?」

「はい。なにやら、この世界でも存在が確認されてない、新種のモンスターをお探しのようです」


 今喋ってるNPC、ギルドの受付嬢はプレイヤーもNPCも問わずにクエストの受注、斡旋を行う存在で、今オレは到達者が発行したらしいプレイヤー依頼の内容を聞いているところだ。


「つまり未実装、もしくは実装後にプレイヤーが発見してねぇモンスターを探してるってことか? んー、分かんねぇな。後で直接聞くか」


 ジワルドはゲームだ。運営がデザインするモデルに沿って新要素を捩じ込み、プレイヤーを踊らせ、オレたちゃそれを理解した上で踊り狂う特異な場所だ。

 そんな場所で、運営がまだ見せてない、あるいは実装した上で隠している要素をほじくり返そうなんざ、随分と酔狂な依頼じゃねぇか。何か事情でもあるのか、気が向いたら聞いてやってもいい。場合によっちゃ手伝ってやるさ。


「あ、あー、【双鎌妖精】! 本物!」

「あん?」


 受付嬢と話しを打ち切って外へ向かうと、ギルドに依頼へ来たらしいNPCがオレを指して喚いていた。なんだ?

 そのNPCは、他のモブに比べると多少いい服を着ているように見える。どっかの金持ちのガキか?


「うわぁーすごい! 可愛い女の子なのにガラが悪い!」

「おうガキ、何か用か?」


 オレは妖精族の特性で宙に浮いたまま、人を指さすクソ失礼なガキに対応してやる。マジで失礼だなこのクソガキ。


「あ、いや、用はないんだ。有名人が居るなって思って」

「そうかい。ならせめて、指をさして喚くのは止めろ。NPCだって手に掛けるプレイヤーは居るんだぜ」

「護衛が居るから大丈夫さ! それより、【双鎌妖精】っていつもその格好なのかい? それだけ荒々しいなら、もっと別の服の方が似合--」


 オレは全部聞き終わる前に、インベントリポーチから大鎌を展開してクソガキの首に添えていた。


「おいクソガキ、その先は命懸けで喋れよ?」

「…………………えっ、あぇ」

「このオレに、このオレ様のために、ののんが自分で作ってくれたこのドレスが、………………なんだって?」


 大鎌に力を入れる。


 コイツ今なんつった?

 あいつが、ののんが、「ぺぺちゃんも女の子なんだから可愛くしよ!」ってデザインから素材集め、制作まで全部やってくれた想い出のプレゼントが、なんだ、オレに似合ってないって?


「たった今言ったよな? NPCだって手に掛けるプレイヤーは居るんだぜ? …………オレとかな」

「まっ、まっ--」


 もう首刎ねちまうか。そう思ったオレは、周りの有象無象の影に隠れてたクソガキの護衛が繰り出す暗器を避け、ガキの首に掛けてた大鎌を外して護衛の腕を斬り飛ばした。

 つんざくような悲鳴。ギルド内が騒然とする。

 見ていたプレイヤーが「妖精! NPC殺しは不味いって!」と叫ぶが、知ったことかクソが。

 ののんが居なくなっちまったこの世界で、多少のカルマ値を貯めたからなんだってんだよ。薄っぺらいレッドネームなんてオレぁ気にしねーぜ?


「…………おいガキ、次はねぇぞ?」

「ひゃ、ひい!」

「声量だけは及第点な返事だな」


 とは言え、騒がれて萎えたのも事実。と言うかこんなクソガキでカルマ背負わされるのも良く考えると割に合わねぇわ。


「………………はぁ、マジくそつまんねえ」


 なぁののん、オレはどうすればまたお前に会えるんだ? オレも死ねば、会えるのか?


「……はぁ。…………ん?」


 ギルドを出て、都市を出て、乾きと飢えを誤魔化すようにフィールドを移動してると、見慣れないシルエットを見た。


 なにか、金色?


「…………もしかしてセクハラ筋肉の依頼のやつか?」


 森の手前から見た木々の向こう。色は金色だった。だがシルエットがカーバンクルじゃねぇ。


「このゲームで全身金色のモンスターはカーバンクル種のレアモンスか、穴蔵に引きこもってる金塊ゴーレムくらいだぞ」


 金塊ゴーレムは説明するまでもなく、カーバンクル種のレアモンスであるゴールドカーバンクルは、一口で言うなら金の兎だ。だか今見た影は、どちらかと言えば狼…………?


「…………はっ、おもしれぇ」


 ののんで繋がっていた到達者は今、その仲が少しばっか疎遠になってやがる。今見た金の狼がセクハラ筋肉の探してるモンスターってんなら、とっ捕まえて突き出してアイツを盛大に煽ってやろうか。


 少なくとも、ののんが居なくなってギスり始めた到達者連中の姿なんて、ののんは見たかねぇよな。あいつは何時も笑ってんだ。


「……煽り散らして顔真っ赤にしてやるくらいで丁度良いわなぁ!」


 さぁてゴールドウルフさんよ、ちっとお前の殺生与奪権、オレにくれねぇか?


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