第46話 とばっちりの白虎。



 --キンっ…………!


 乾いて響く、決別の金属音。

 私が落胆と共に納刀した歌姫黒猫が、その鯉口で鳴いたのだ。


「…………はぁ、つまんなっ」


 私はイライラしていた。ここ数日ずっっとイライラしている。

 例の王族との食事会、私は終始イライラしていた。当たり前だよね。おじ様にと渡したお薬が王族にパチられたのだから。

 その態度は外に滲み出て、段々と王様も不機嫌になって来て、シェル何とか王子とミナちゃんもハラハラと顔を青くして、筋肉さん二号も胃が痛いって顔をしていた。

 もちろん王様はそんな空気を読まず、と言うか『空気を読む』なんて立場には居ないのだろう。だって割りと最初から冷え切ってた空気の中で、会食始まって初手からおじ様に渡した薬の事をワックワクした様子で聞いて来たもんね。私は食い気味で「無いです」って即答した。お互いに機嫌がどんどん悪くなっていったのはその後だったかな。


「もうちょっと粘ってよ、厄災白雄やくさいびゃくゆうガルマドゥーガ」


 食事会は最悪の結果になったと言える。王族は私というくそヤバい存在の不興を買い、私は王族の不興を買った。お互い近付かないのが一番良かったのに。

 その日は何とか終わり、翌日から始まった学園も、筋肉さん二号を公然とボコった私は腫れ物を扱うような対応に晒された。それも原因でイライラが募り続ける。


「…………スキル縛り、魔法縛り、武器縛り、これ以上の手加減が必要なの? あなた深度レベル八百、伝説級の深度を持つ化け物でしょ?」


 そう、イライラするのだ。このままでは爆発する。

 自分でもコレは不味いなって思った私は、学園にある図書室で調べ物をした。

 この世界はジワルドにそっくりなんだ。だから、私の乾きを潤すことが出来る存在が絶対何処かに居ると思って、文献を調べた。

 そうしてやっと見つけた、巣窟の外に居るレイドモンスター。


 --災厄白雄ガルマドゥーガ。


 この世界にもソイツが居ると知った私は、黒猫荘のメンバーに頭を下げて二日ほど時間を貰い、ベガに乗って単身空の旅へと出かけた。

 ガルマドゥーガは巣窟の外に居るタイプのレイドモンスターで、その見た目を簡単に説明するならめちゃくちゃゴツイ白虎である。

 体の節々が凍って尖った氷の装甲を有した、白と青の虎柄が綺麗な超大型の虎。それがガルマドゥーガ。

 こいつは氷特化の属性持ちで、海を凍らせて作った手作りの島でふんぞり返ってるモンスター。この世界では時折海から襲って来る天災扱いだった。

 文献で「海からやってくる氷を纏った大型の肉食獣」ってだけで記憶の中のコイツでビンゴだったから、私はベガに乗って大海原を探索し、そして見付けた。

 その後はもう、氷の大地でふんぞり返ってるモンスターに喧嘩を売って今に至る。

 深度が八百のバケモノで、ゲームでもレイドモンスター扱いの完全なる強者。だけど深度千四百である私にとっては間違いなく格下。

 私に今必要なのはガルマドゥーガの素材じゃない。ガルマドゥーガとの戦闘経験でもない。


 私が今欲しいのは、ただ頑丈なサンドバッグ。


 スキル、つまりこの世界で言う戦技は禁止。瞬きしてる間に終わっちゃうから。魔法も同じく縛る。下手したら一撃だもの。

 武器もジワルドで使ってた決戦用なんて使わない。あれは作刀の師匠が私のために作ってくれた傑作なのだ。たかだか天災級の化け物Lv.800に使うには惜しいのだ。だから私は深度二百まで使える試算の歌姫黒猫だけを使う。


 避けて斬る。躱して斬る。流して斬る。合わせて斬る。


 戦技は要らない。ただ純粋な技術、私が師匠に習った絶技、歴史と研鑽の果てに辿り着いた技の極地だけで山のようなモンスターを捌き切る。

 でもおかしいな。一条の傷を与える度に、私の中の乾きが潤って、代わりに虚しさが募って行く。

 おかしいな。おかしいな。なんでかな。

 私は戦いが好きなはずなのに、なんで私の飢えは満たされない?


「…………ねぇ、嘘でしょ? もう終わりなの? 治してあげるからさ、もっと頑張ってよ」


 何をしても触れることすら出来ない私に、ガルマドゥーガは理解出来ないナニカを見るように怯え始め、やっと終われると思った矢先に体を癒され--

 その双眸が絶望に歪んだ。

 魔法は禁止だけど、ガルマドゥーガに使う回復魔法はノーカウントで一つ、よろしくね。


「ごめんねガルマドゥーガ。本当にごめんね」


 悪いとは思ってる。ガルマドゥーガだってこの世界ではリポップするモンスターじゃなく、この世界に生きる一つの命なのに、私は私の都合でこの命を凄惨に弄んでる。


「私が今からあなたにやる事全部、ただの八つ当たりだから」


 ヨーヨーで戦いそうな電気少年みたいなセリフを口にする。

 ここまで弄んだんだから、せめてその後は黒猫荘で引き取って優しくしてあげるのが良いんだけど、ジワルドではレイド級モンスターの契約は出来なかった。竜は従えられるのにね。おかしいな。


「本当にごめんね。せめて、あなたのドロップは余すところなく使い切るから」


 攻撃は当たらず、重ねた斬撃は巨体の芯に届きうる。容易く自らの命を断てる存在に弄ばれ、回復までされては終わることすら許されない。

 ガルマドゥーガの深い絶望が乗った、やぶれかぶれの攻撃が迫るけど、私は縮地と幻歩法で躱して前脚を斬り裂いた。

 帯電した冷気を纏う太い前脚が鮮血に染まり、氷の装甲が弾け飛ぶ。


「…………もうダメか」


 何時間そうしていたのか、やがてガルマドゥーガはもう回復しても動かなくなった。心が折れたのだ。

 体力を完全回復して傷も全て塞いだのに、巨大な体で猫のような「ごめん寝」ポーズをして固まり、震え、泣いている。

 酷いことをした。分かってる。ガルマドゥーガがいくら天災の存在だとして、数多の命を奪って来たモンスターだとして、ここまで存在を踏み躙られるほどに悪辣な生き物じゃない。

 この虎とて生きるための行動をしていた。なのに私は不必要な痛みだけを与え続けた。悪魔の所業だ。分かってる。そんな事は分かってる。


「ごめんね、ガルマドゥーガ。次生まれるあなたが居るなら、今回の詫びは絶対するから」


 戦いは終わった。縛りは解かれた。ならせめて、もう苦しまないように一撃で。


「《ブレイブハートビート》、《リミテッド・アンリミテッド》、刀術奥義--羽々斬構え、抜刀術絶招--」


 ひたすら震える哀れな大虎仔猫に、六十八節と七十二節のバフを乗せた戦技を構えた。


「--無念夢想流、水鏡」


 ガルマドゥーガが生み出した氷の島を消し飛ばせるような斬撃を、全て集約してガルマドゥーガの首に滑らせた。


 ずるりっ……。


 氷の島ごと真っ二つになったガルマドゥーガ。文字通りた頭と胴体が滑って鮮血を撒き散らす。


「…………ガルマドゥーガのお肉って美味しいんだっけ? この世界でも巣窟の中だとドロップ現象は起きるけど、巣窟の外だとゲームと違ってドロップじゃないもんね」


 この世界はジワルドとそっくりだ。でもで、完全に一緒じゃない。

 巣窟の中でモンスターを倒すと、その存在が凝縮していって魔石化する。確率で魔石じゃなくアイテムになる。それがこの世界のアイテムドロップ現象であり、巣窟の中だけで適応されるある種の奇跡、その一つ。

 だけど、だから、巣窟の外でモンスターを倒しても亡骸はそのまま。この大きな虎は私が自分で解体しないと素材にならない。


「まぁその分、ゲームで使えなかったドロップしなかった素材も使えるって思えば、一長一短かな」


 ゲームではガルマドゥーガのお肉なんてドロップしなかったし、骨だって頭骨と牙と爪が精々だった。ガルマドゥーガの肋骨や背骨なんて素材、ゲームには存在しなかった。


「ふふ、【薬師神すくしがみ】さんが居たら、発狂しそうな仕様だよね。モンスターの血も骨も骨髄も脳漿も、何でも全部使えちゃうなんて」


 私はエーバンスおじ様に渡した時遡の霊薬を作ってくれた到達者を思い出して笑う。ジワルド最高峰の生産職の一人、【薬師神】のオブラート二世さん。元気かなー?


「うん、よし。フレンドの事思い出したらちょっと元気出て来た」


 みんな元気かな。今もジワルドで楽しく遊んでるのかな。寂しいけど、みんなが元気なら私も頑張れる気がする。

 テンテンさんは夢で会えたし、今度は親友のぺぺちゃんとかも会いたいな。また夢で誰かに会えないかな。

 師匠たちも元気かな? もうみんなリアルの歳が歳だから、引退とかしてないかな?

 寂しいな、けど楽しいな。みんな元気だといいな。


「テンテンさん、ぺぺちゃん、オブさん、コロちゃん、トムヤムさん、勇者さん、ものむぐりちゃん、ぺったんこさん、それと--」


 --お父さんと、お母さん。


「あ、ダメだ莫迦わたし」


 想い出に浸り過ぎた。感情が溢れ出す。

 蓋をしていた奥底から諦念と絶望を混ぜ込んだ原液が噴き出してくる。

 この世界特有の現象なのか、私の感情に呼応した魔力が吹き荒れる。

 泣き出した私を心配して、空で様子を見ていたベガが急いで駆け下りてきた。


「べがぁぁあっ、ぁぁああぁあっ…………!」


 優しい白馬の首に縋り泣きじゃくる私を、ベガは暖かい舌でベロっと舐める。

 こんな想いをするなら、異世界なんて来なくて良かった。恐らく向こうで死んでる私の亡骸と共に、この意思も魂も全部一緒に燃やして欲しかった。


 ああ、会いたいよ。みんなに会いたいよ。


 ◇


「シェノッテさぁぁぁぁぁあん!」

「んぶっ!? な、なんだいノノンッ!?」


 ガルマドゥーガの亡骸を解体もせずにアイテムポーチへ突っ込んだ私は、振り切れた寂しさを誤魔化すためにルルちゃんの実家、つまり夕暮れ兎亭に突撃していた。


「甘えさせて、くださいっ!」

「ちょ、ノノン? 客もみんな見てるさね?」

「構いまぁ、せん!」


 私はこの世界では掛け値なし信用出来る相手、もはや第二のお母さんとも呼べるシェノッテさんに甘えるために速攻でヘリオルートまで戻って来た。

 客入りの良い食堂で給仕をするシェノッテさんのお腹に抱き着いた私は、控えめに言って迷惑な存在だろう。マジでごめんなさい。


「もうちょっと! もうちょっとで完全回復出来るんです!」

「いや、まぁノノンにはうちのシルも世話になってるからねぇ。事情が事情だし、甘えてくれんのは構わないよ。ただね--」


 --ゴツンっ……!


「痛っづ……!」

「物を持ってる時に突撃してんくじゃ無いよっ! この莫迦娘! 危ないだろうっ!?」

「あいっ、ごめんなざいっ」


 頭をぶん殴られた私は、それでもちょっと嬉しくなって笑ってしまった。


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