第44話 金の獣。



 とてもないた。

 だいのおとなが、ひとまえで。

 ちくしょう。


「お手数をお掛けして……」

「いえ。娘のためにそれだけ泣いてくれたのですから、親としてはありがたいくらいです」

「そうですか……」


 突然泣き出すという失態を犯した俺は今、何故かかなりお高そうなレストランで食事をしていた。

 紫苑さんと乃々華さんからはもう疑心は感じず、ここの支払いも任せて欲しいと言質を頂いている。

 何故信用されたかと言えば、真に迫る言伝の内容らしい。

 俺は言葉の意味をよく分かって無かったのだが、達磨になったとは文字通りの意味で、あいつは現実だと手足と一部の内臓を失って、生命維持装置で生かされるだけの状態だったそうだ。

 そんなあいつを想ってご両親はジワルドを与えた。たとえ電脳の中であろうとも、もう一度両の足で大地を踏みしめ、両の手で友の手を取れるように。

 なんと言うか、素敵なご両親じゃねぇかよ。なぁ、ののん?


「そう言えば……」


 そう言えば、ののんは常日頃から両親が大好きだと語っていたなと思い出す。


 ◇


 戦線無双〜闘争乱舞の変〜


 幾度いくたび開かれたジワルドの公式イベント。その一つ。

 ののんが【屍山血河】の二つ名を公式から贈られたきっかけのイベントであり、ののんがジワルド最強だと語る上で外せない出来事の一つである。

 イベントの内容は、参加者をイベント専用サーバーに振り分けて、サーバー毎にバトルロワイヤルを行い、脱落者が規定数を超えたらサーバーを混ぜてまたバトルロワイヤル。最終的に最後の一人になるまでそれを続ける殺伐としたイベントで、その時の参加者は約二万人だった。


 そして、ののんはその二万人を全員ぶち殺して最後の一人になった。


 正確には二万人全員を手にかけた訳じゃない。バトルロワイヤル形式だからののん以外に倒されたプレイヤーの方が多いだろうが、それでも相当数のプレイヤーがののんに殺されている。

 ありとあらゆるプレイヤーを捩じ伏せての堂々とした優勝だったと記憶している。

 そのイベント終了後の公式インタビューで、ののんは運営に聞かれたのだ。


 --この勝利を捧げるとしたら、どなたに捧げますか?


 ののんはゲームの重要NPCとも仲が良く、運営的にはそう言ったNPCの名前でも上げてくれれば盛り上がるだろうと判断しての質問だったのだろう。

 だがののんは即答した。


 --お父さんと、お母さんに捧げます!


 それは元気いっぱいの返事だった。

 そこから十分ほど、ののんは自分が病院暮らしである事に軽く触れ、そんな自分に両親がジワルドの高級筐体を贈ってくれた事を嬉しそうに語って、ずっと両親に対する溢れんばかりの愛を語り続けた。


 --いっぱい頑張ったから、お父さんとお母さん、褒めてくれるかなぁ?


 ◇


「なんて、そんな事があったんですよ。あいつ、ほんとに嬉しそうで……」

「………ぐぅぅっ、真萌ぉッ………!」

「うっ……、ひぅっ………」


 お高いレストランの個室で、啜り泣く声が響く。

 きっと、ののん本人からも聞いたことはあるのだろう。それでも第三者から聞くと違ったものが見えたりもする。

 一つ一つが二人にとって掛け替えの無い想い出なのだろう。だから、更に補完してあげるのも悪くないと思った。

 たとえそれで、更なる涙を誘うことになったとしても、恨まれはしないはずだ。


「まぁ、自分もそのイベントであいつにぶっ殺されたんですけどね。いやぁ、強かったですよ」


 俺は気分が乗って、ののんがどれだけ強かったのかを二人に教えて差し上げた。

 ののんに関する伝説なんていくらでもあるぞ。

 ゲームを始めた年齢を知れば納得だが、ゴールデンエイジに近い年齢で毎日をほぼ全部ジワルドに使い込んだののんは、マジで化け物みたいな強さなのだ。

 ジワルド専用の天才。それがののん。

 ゲーム内に居るリアル技術の玄人にも教えを乞うし、効率厨にも頭を下げて机上の空論さえギリギリな理論値を追い求めもしたし、リアル武術と最大効率のゲームシステム理論で構成された、リアルチートプレイヤー。それが【屍山血河】ののんである。

 あいつ、ゲーム内なら抜きと納刀が見えないアニメみたいな抜刀術をマジでやりやがるからな。


 --どうした、斬らないのか?

 --もう斬った。


 ってやり取りをマジでするからな。ラノベかよ。


「たぶん元々、天才って呼ぶに相応しい才能の持ち主だったんでしょうね。お二人のお子さんは、それはもう眩しいくらいに凄い立派な子でしたよ」


 本当に。

 ゲーム中に存在する全ての流派を修め、ゲームをプレイしてるリアル武術の達人に頭を下げて技を吸収し続けたあいつは、世が世なら一騎当千の英雄だったことだろう。

 いやホントに、ちょっと洒落にならないくらいの天才だったからな。

 今やサムライスタイルで落ち着いてるののんも、昔はあっちこっち手を出しては暴れ回っていた。

 ゲーム内のNPC剣聖をスキル無しでボコってた時には乾いた笑いが出たもんだ。

 あいつの剣術の師匠も大概化け物じみてたけどな。剣聖相手に「あー、アレはダメだねぇ。スキルが前提過ぎて、他の動きがてんでなってない。せめてスキル無しの縮地くらいは出来ないと話しにならないよ」とか言ってた師匠さんはご出身はどこのアニメですか?

 ゲームなんだからスキル前提の動きでもおかしくないよな?

 おかしいのはリアル技術で無双してる達人連中だよな?


「一時期、あいつが杖術にハマってた時があるんですけどね? その時はもうホントに手がつけられなかったんですよ……」


 杖術。

 持たば太刀、払えば薙刀、突かば槍。

 そんな有名な言葉が残る武術の一つだが、太刀も薙刀も槍も使えるののんが、公式が調子に乗って作ったイベント武器持って、魔法使いながら杖術で暴れてた頃はマジで悪夢だった。

 その結果、公式が速攻でイベント武器の下方修正するくらいにはナイトメアだった。

 そしてそのイベント武器が欲しくてののんを襲ってたPK連中は下方修正で泣きを見た。

 いやぁ、ののんが使うからこそヤバかった宝物を狙って三桁近くデスポーンしたってのに、その宝物が下方修正で砂と消えたんだ。しかもその腹いせで狙い続けても、下方修正食らったってそもそも杖術家として完成されてたののんにはなんの痛痒もなく、変わらず返り討ちにあってた。マジ悲惨。


「マジでぇ、強かったんだよなぁ……」

「…………霧島くんは、いや霧島くんも、真萌が好きだったんだね」

「えぇ、まぁ。子供らしい素直さで教えを乞う時にはちゃんと頭を下げ、全てを吸収したあとも師に対しては敬意を持ってました。強さも人間性も、尊敬に値する子でした」


 そうだな。これはもう、ある種の恋心と言ってしまってもいいんだろう。

 もちろん俺はロリコンじゃねぇ。そう言った意味でもねぇ。

 ただ、間違いなく惚れていた。あの強さに、あの笑顔に、あの世界を心の底から楽しそうに暴れ回るののんが、俺はたまらなく好きだったんだ。


「…………ねぇ紫苑さん」

「なんだい?」

「話し持ってきた俺が言うのもおかしな話しですが、本当なんですかね。アイツが異世界とやらに居るの」

「……もし本当なら、私たちも行ってみたいものだよ。真萌のためなら仕事だって責任だって、なんだって投げ出せるのに」


 そうだなぁ。俺はどうだろうか。

 俺はアイツの為に、コッチを捨てて異世界とやらに行けるだろうか?


「……せっかくですし、探してみますか? 異世界ってやつ」

「………………ふふ、そうだね。真萌の死を嘆いて潰れるより、いっそ空想を夢見て励む方が健全かも知れないね」


 答えなんて決まってた。

 アイツの為に全てを捨てられるか? 答えはイエス。

 異世界まで追いかけるほどアイツが好きか? 答えはイエス。

 本当に異世界なんて眉唾、信じられるか? 答えは、イエス。


「…………夢で聞きました。あいつ、ゲームの中で見たことも無いモンスターを見て追いかけたそうです」

「……続けて?」

「言っちゃなんですけど、あの世界に、ジワルドに、


 夢の中で聞いた、夢に相当する不安定な情報だと思ってた。

 でもののんが伝える場所に両親は居た。俺が知り得ない伝言の意味も伝わった。

 俺はあいつが達磨だなんて知らなかった。でも夢のあいつはそう言って、その言葉は両親に伝わった。

 全部真実。間違いなんて一個も無かった。


 なら、あいつが語る、異世界行きのきっかけは、真実なのか?


「探しませんか、金の獣」


 あいつがゲームで最後に見た、ゲームに実装されたモンスターには存在しない外見データ。

 もし仮に、本当にそいつがゲームに実装されて無い存在なら?

 なんのためにそこに居た?


「あいつが見付けた異世界への鍵。それを俺たちも手に入れらば、もしかしたら…………」

「…………ふふ、良いね。うん、実に良い」


 死を嘆き、俯いていたその瞳には、あいつそっくりの火が燃える。

 ああ、やっぱ家族なんだな。ギラギラした目がそっくりでやんの。


「妻と二人、有り余る貯金を崩せば数年はニート生活が送れるよ」

「…………あなた、ゲームの筐体も買わなきゃですよ」

「ああそうだな。真萌が使ってた物は、お前が使うか? 辛いならコッチで使うが」

「大丈夫よ。あの子が使ってた筐体で、私もあの子が歩いた世界を歩くわ」


 ご両親の答えは聞くまでもない。

 鍵はジワルド、俺のテリトリーの中にあり、この世で一番あいつを知る人の協力もある。

 はは、行ってやろうじゃねぇか異世界! 待ってろよラノベみたいな現実さんよ!


「お二人の準備が揃うまで、俺はゲーム内で二人を最速で支援する準備をしておきますね」

「……ありがとうね、霧島くん。おかげで自分も妻も、二人とも明日を生きる気力が湧いてきたよ。例え空元気だったとしても」

「気にしないでくださいよ。俺があいつに貰ったもんに比べたら、これくらい屁でもないです」


 クソみたいな毎日を終えて、楽しみのゲームに入る俺を、ありったけの絶技と暴力で迎えてくれたあいつの存在に比べたら、今更ジワルドで初心者支援の一つや二つ、軽すぎてチュートリアルにもならねぇぜ。


「ははっ、待ってろよののん。すぐに両親を連れてってやるからな」


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