第43話 故郷。
「………ここか」
晴れた日。貴重な休日。
週に五日働くとして、仕事を始めてからの人生において七分の二しかない貴重すぎる時間を使って、俺はスピリチュアルな体験に浸っていた。
「表札は、明智。…………夢の通りだなぁオイ」
先日見た不思議な夢。幸せな夢。
最もリスペクトして、最もリベンジしたい最高最強最愛のゲームフレンド、到達者【屍山血河】ノノンが夢に出てきたあの日の延長が、今日という日なのだ。
毎日ゲームに居たのに、ある日を境にパッタリと見なくなったジワルドの最強。それが夢に出てきて、自分はリアルで多分死んだ。今は異世界に居ると宣った。
おもしれぇ夢だなぁなんて思ってたら、夢のアイツは個人情報をバンバン吐き出して、確かめて来てくれと言った。
普通は信じない。でも、仮に信じれなくても、俺はここに来ただろう。
「……………ジワルド最高にして最強のプレイヤーに頼まれたんだもんなぁ」
託された。家族に言伝を。
夢の中で見たアイツの、震えて絞り出す声を、託されたありったけの愛を、「夢だから」でポイ捨てするなんて出来なかった。
俺は気合いを入れ、目の前の豪邸を見据える。
ここに最強の家族が居る。………はず。
到達者ノノンは最強である。
これはジワルドのPvPランキング一位のプレイヤーさえ迷うこと無く肯定する、ただの事実である。
ランキングでノノンの上に居る極小数のプレイヤーは、全員が全員ノノンを徹底的にメタって、それ尚ギリギリの勝利を重ねた奴らだ。
誰に対しても自分のプレイスタイルを崩さないノノンを、最上位プレイヤーがプライドをかなぐり捨てる勢いでメタってやっとギリギリ勝てる、そんな存在がノノンなのだ。
メタを捨てて、自分のプレイスタイルで戦った場合、今のところ誰もノノンには勝てない。純粋な最強。
ちょっと強いくらいで使われる軽い言葉じゃなく、文字通りの「最も強い」プレイヤー。
そんなノノンがジワルドから消えた。
正直、大事件だ。
ランキング上位陣なんか荒れに荒れてる。
みんな自分のスタイルでノノンをぶちのめす日を夢見る廃人ばかりで、そのゴールがフッと消えたのだ。界隈は阿鼻叫喚。
そうじゃなくても、ノノンは凄まじい数のプレイヤーに愛されている。みんなノノンを心配してる。特定のNPCすらノノンの安否を気にしてる程だ。
「よし、行くか」
またアイツと遊びたい。その気持ちを胸に、俺は豪邸のインターホンを押した。
『………どなたですか』
インターホンを押してしばらく待っていた俺の耳に聞こえたのは、ゾッとする程暗く濁った女性の声だった。
彼女が、ノノンの母親だろうか?
いつもニコニコしていたノノンからは想像も出来ないギャップだ。
いつまでも黙ってるわけにもいかず、俺はカメラの向こうで見てるだろう相手に向かって挨拶をする。
「どうも、初めまして。自分は霧島といいます。こちらは明智真萌さんのお宅でお間違い無いでしょうか?」
『---……!?』
インターホン越しに、相手の雰囲気が変わった。
別に武の達人って訳じゃない俺にも分かるほど、それは劇的で明確な変化だった。
『あなたは真萌の、なんですか? どんな関係ですか?』
「同じゲームをしていた友人です。ゲームで彼女から頼み事をされてましてね。尋ねさせて頂きました」
『………頼み事、ですか?』
「はい。二つほど。…………頼まれごととは関係無いんですが、先に一つだけ確認しても良いですか?」
『…………どうぞ』
俺は夢がただの夢だったのか、あれはあれで現実だったのか、確かめなければならない。
「…………真萌さんは、ご存命ですか?」
『…………………………上がってください』
答えは貰えず、代わりに閉まっていたゲートが開き、俺は豪邸の敷地に足を踏み入れた。
見るからに金が掛かってそうな邸宅だ。ゲートから玄関まで十メートルはあるぞ。
「…………さぁて、信じて貰えるかな?」
気合いを入れ直す。
自分でも半信半疑だった話しを、ノノンが死んだかも知れない両親に話さなければならない。下手すればイタズラだと思われてぶん殴れる。少なくとも逆の立場なら俺は殴る。
先のことを思いながら、広い敷地を歩いて玄関へ。玄関にもあるインターホンを……、いやオートロックが外れる音がした。上がって来いって事だろうか。
◇
「はじめまして。明智紫苑です」
「妻の乃々華です」
「どうも。霧島大輔です」
特に歓迎されてない俺は、玄関をくぐった所で待っていたノノンの母親、乃々華さんに案内されてリビングに来た。
そこに旦那さんの紫苑さんも居て、夫婦のどちらも陰鬱な雰囲気を纏って目が濁ってる。
高級そうなソファに座って、乃々華さんがお茶の準備をしてくれたところで話し合いが始まる。
「先に一つだけ。今から自分が話すのは、イタズラでもなんでも無く、お二人を馬鹿にしたい訳でもありません。内容を信じれなくても良いので、その事だけはご理解頂きたい」
「…………何が言いたいんですかな?」
「……そうですね。夢の中で真萌さんに会って、ここの住所を聞き、言伝を頼まれた。……そう言ったら信じれますか?」
胡乱気な視線が二つ。まぁそうだよな。
「それを素直に信じれる人は稀有かと」
「ですよね。まぁ自分も半信半疑だったんですが、来てみたら住所は合ってたんですよ」
「不思議な話ですね。……で? たかが夢で聞いた頼み事のために、わざわざお越しくださったと?」
「ええ。大事な友人からの願いですから」
乃々華さんは会話に加わらず、濁った目で俺を見てる。
まだ明言されて無いが、ここまで暗い雰囲気を出されたらもう確定だろう。
明智真萌は死んでる。
その前提で話しを進める。
そして、そこで俺は一つ気が付いた。
別に、ご両親に信じて貰う必要は無い、と。
ノノンに頼まれたのは、ノノン自身の安否確認と、両親への言伝だけ。そのどちらも、俺の話しを信じて貰う必要は無い。
そう思うと、少し気が楽になった。
「ひとまず、言伝だけ先によろしいですか?」
「……聞きましょうか」
まず、約束を果たす。
信用については成るように成れ。
思い出す。あいつが、ノノンが口にした最愛の存在へ向けた言葉を。
ひび割れた心に、震えた声。湿った眼差しと、溢れた寂寥。
「--『大好き、愛してる。達磨になった私を愛してくれて、ありがとう』。そう言ってました」
果たした約束。
言葉がフローリングを跳ねて、友の親へと伝わる。
冷めきった空気はその瞬間、熱を持つ。
「----ぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」
紫苑さんが声を上げ、乃々華さんは声を殺して涙を零す。
感情の発露。震えたのは空気か、彼らの心か。
俺は結婚してない。当然子供も居ない。
その死をこれ程までに悼む相手が居ない。
「……やはり、真萌さんは」
「--穏やかな顔で、逝きました」
「そう、ですか…………」
気持ちと涙が収まるまで待った俺はノノンの安否を聞いた。
やはり、ノノンは死んでしまったらしい。辛い。思ったより辛い。
え、ヤバい辛い。覚悟してたのに確定情報貰っただけで心臓が痛い。胸が痛い。
「…………そっかぁ、あいつ死んじまったのかよォ」
涙が堪えられなかった。
もう、あいつとジワルドで遊べねぇのか。
「マジかよォ………!」
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