第42話 昼食会は耐久会。



「率直に、どこであれ程の技術を?」

「故郷ですね。私の故郷には手練が沢山いたので」

「…………なんとも羨ましい」


 エーバンスおじ様と戦い、その後何故か稽古をつけて欲しいと願ってきた筋肉さんを程よくボコった私は、ボコボコになった筋肉さんとエーバンスおじ様、あと何故か居たハルシェルラ? 何とか王子と共に城の廊下を歩いている。

 顔面が腫れすぎてまともに喋れない筋肉さんは会話に参加出来ないし、ハル何とか王子も黙ってるので、私は必然的にエーバンスおじ様との会話を楽しみながら歩いている。


「多分もう誰からしら調べてると思いますが、私はどこか遠い地から魔法的な事故でコチラにやってきてしまったんですよね」

「ふむ。神殿の神台に突然現れた、というやつかの?」


 石造りの城は冷たく、歩く廊下の空気も肌に優しくない。

 この手のお城の造りとして、攻められた場合を想定して迷路の様になってるのが相場だが、ここも例に漏れないらしく右に左に上に下に、意味不明な道順で目的地まで進んで行く。


「やはり、深度が足りぬか」

「そうですねぇ。エーバンスおじ様の深度が私と一緒だったら、もっと楽しかったと思います」

「しかし、今から深度を磨くにしても、よる年波には……」

「あ、だったら若返ります?」


 会話を楽しむ中、私としてもエーバンスおじ様の深度が深まれば嬉しいと思ってとある薬をポーチから出した。


「これ、どうぞ」

「……これは?」

時遡じその霊薬です。簡単に言うと若返りの薬ですね」


 私が取り出したのは薬が入った五本の試験管。

 キャラクターをエディットし直せるプレイヤーには意味が無いが、NPC相手に売る事が出来る換金用アイテムの最高峰である。

 調薬に関わるスキルを数多く鍛え上げ、廃人レベルまで磨かないと精製できないヤバい薬だ。

 超難度レイドボスである時の神竜クルボアや混沌の毛皮マブリブルスなど、運営の正気を疑うレベルのヤバいボスからレアドロップする素材を、丁寧に丹念に処理して調合する薬である。

 一本で二十億ほどの値がつく上に値崩れしない換金用アイテム。

 フレーバーテキストには一本飲む毎に十年若返るとあるので、五本もあればエーバンスおじ様はエーバンス青年くらいには生まれ変わるんじゃ無いだろうか。


「…………なんて?」

「ですから、若返りの薬です。一本で十年若返るそうですよ」


 さすがに眉唾が過ぎるとエーバンスおじ様は半信半疑なので、故郷では凄まじく希少ではあるが知られた物であると説明する。

 ゲームの設定では、老いを恐れる王族や高位貴族が喜んで大金を出す程の薬なので、効果は間違いないはずだ。

 まぁ、フレーバーテキストの通りに効果があれば、だが。

 一応、王族系NPCの年齢が百六十歳とかだったりとか見たことがあり、公式設定でもその王族は時遡の霊薬を服用してると記載されていた。

 ゲーム通貨がグリア金貨として使えたり、ゲームではほぼ使わなかったウィニーの特性が有用だったりしたので、フレーバーテキストにも意味があるはず。なら効果はあるだろう。


「五十年も時間が出来れば、深度千くらいは行けますよね?」


 私がニヤッと笑うと、エーバンスおじ様も真似して笑う。

 意を決して試験管のコルクを外して一本飲み干したエーバンスおじ様は、直後に顔を歪めた。


「体が、熱いな」

「効果が出てるんですかね? 私は使ったことが無いので。……この年齢で十年若返ったら消えちゃいますから」

「ほっほ、そりゃそうじゃな」


 服用した瞬間を初めて見た訳だが、どうやら時遡の霊薬は一気に効果が出るタイプじゃなく、徐々に効いてくるタイプらしい。

 ふむふむ。換金用アイテムのフレーバーテキストさえ現実になるなら、他の換金用アイテムも探したくなる私がいる。

 今持ってるそれは時遡の霊薬だけだが、実装されてる換金用アイテムは沢山ある。

 例えば最後にダメージを無かったことに出来る訓練用フィールドを生成するアイテムなんて、元々PvPが出来るプレイヤーには不要なアイテムもある。

 時遡の霊薬と同じ理由でキャラクターの再エディットが可能なプレイヤーには不要な性転の霊薬とか、変貌の霊薬とか。

 とにかくプレイヤーには意味が無いけどその世界で生きるNPCにはとんでもない効果を発揮するアイテムが沢山あったのだ。

 だいたいダンジョンドロップだったので、ここでは巣窟からドロップするのだろう。

 訓練用フィールドアイテムは是非欲しい。やっぱり最後に殺さないよう手加減をする模擬戦より、殺す気で戦える方が楽しいし訓練になる。


「………まぁ手っ取り早く深度を深める秘薬もあるんですけど、こういうのお嫌いでしょう?」

「そんなとんでもない物も有るのかね? まぁ、言われた通り、あまり好かんが」


 余剰分の経験値を貯めておく経験値薬は大量にある。さすがにカンストする程じゃ無いけど、それでも深度千は超えるくらいストックがある。

 ただここまで自分を磨き続けた武人に対しては不要だろう。私だってこんなもの飲まない。

 経験値って文字通り経験の値なんだ。様々な戦いを経験して強くなった値を数値化したものであるはずだし、そうあるべきなんだ。

 それをお薬飲んでドーピングだなんて、風情が無いにも程がある。

 他のゲームでは知らないけど、VRゲームではナンセンス過ぎる。

 実際に体を動かすテクニックはどうしても重要になるし、そうなると戦いの試行数は多い方が良いに決まってる。


「………あれ、エーバンスおじ様、もう一年くらい若返ったのでは?」

「ほう? ふむ、確かに少し体が軽い気が……?」


 ここまで大体三分くらいなので、薬の効果が完全に発揮されるのは三十分くらいだろうか。すると五十年若返るには二時間半かかる計算か。


「……少しずつ実感出来てきた。こんなものを、本当に貰って良かったのかね?」

「確かに希少な物ですけど、惜しくありません。そんな薬よりもずっと、おじ様の体現した技術の方がもっとずっと価値のある宝物ですよ」


 紛れもない私の本心。

 この城にあるどんな財宝も、エーバンスおじ様の剣術と比べたら石ころ程度の価値しかない。

 時遡の霊薬もそう。こんな薬よりもエーバンスおじ様が体現した剣術の方がよっぽど価値のある宝である。


「若返ったら、また遊びましょうね」

「ほっほっほっ、こちらからお願いしたいことさ」


 そんなやり取りをしながら、私は穏やかな気持ちで王族との昼食会に臨んだ。




 そして昼食会。


「どうしようヤバいキレそう」


 昼食会が始まり、初手で私が呟いた言葉がそれだ。

 見るからにキラキラピカピカした豪奢で広大な部屋に通され、エーバンスおじ様に言われて席に座って待つこと二十分ほど。

 ハル何とか王子と筋肉さんも座って待ち、エーバンスおじ様はどうやら陛下を呼んでくるらしく出て行ったのが二十分前。

 そしてようやく現れた、国王陛下含め残りの王族全員。


 --コイツらやりやがった。


 会ったことはなかったが、それでも王族の情報なんて上っ面だけなら都市で聞けばいくらでも手に入る。

 だが見た感じ、聞いていた年齢と違うのだ。陛下と王妃三人の、のだ。そして明らかに全員が上機嫌でツヤツヤしてる。

 もう一度言おうか。コイツらやりやがった。

 エーバンスおじ様にあげた時遡の霊薬をコイツらが使ったのだ。じゃなきゃ丁度四人が丁度十歳ほど見た目が違うってありえないだろう。

 いや一人か二人なら童顔なのかと納得も出来る。だけどきっちり全員がってのはありえない。


「キレそう」


 流石に、相手に聞こえるような声では言わないが、それでも私の立ち位置はもう決まってしまった。


 --王族は敵。無理。もう二度と関わりたくない。


 私はそっと、陛下と一緒に入って来たエーバンスおじ様に視線を向けると、おじ様は困ったような顔をする。確定か。


「絶対許さんからな」


 時遡の霊薬は、私じゃ作れない。この世界じゃもう二度と手に入らない薬である。

 まず材料が無いし、材料をドロップするレイドボスがどこに居るのかも分からない。そして調薬出来る人が居ない。

 ジワルドでも時遡の霊薬を作れるプレイヤーなんて百人も居ないのに、その誰かが私と同じようにこの世界に迷い込んでくれなきゃどうやっても作れない神の薬を、コイツらエーバンスおじ様から奪いやがった。

 何があったのか分からない。もしかしたらやむにやまれぬ事情があったのかもしれない。

 エーバンスおじ様も納得の上差し出したのかもしれない。私が関知する事じゃ無いかもしれない。

 だが許さん。絶対に許さんからな。この王族どもめ。

 私はお前たちの為に薬を譲ったんじゃない。

 私が私のために、エーバンスおじ様なら到達者とも遊べる逸材だと思ったから渡したのだ。お前らが十年延命したところで何になるって言うんだ。

 クソが。ダメだ。イライラする。キレそうって言うかもうキレてる。

 もう会食もクソもない。ニコニコしてるジジイとババアの首四つを今すぐ刎ねたい。それがダメなら今すぐ帰らせて欲しい。

 クソがクソがクソがクソが!


「筋肉さん、私帰っていい?」

「ッ!? --ッ!」


 未だに顔面が腫れ上がったままの筋肉さんに聞いてみるも、晴れが酷くてまだ喋れそうにない。使えない筋肉だ。

 テーブルが広すぎて近くに座ってる筋肉さんとハル何とか王子にしか聞こえない声だったと思うが、もう聞こえてしまっても良いやって気分である。

 結局、私は帰ることが出来ないまま会食が始まってしまった。

 一等背もたれが高い椅子にクソジジイが座って合図をすると、控えていた給仕がささっと料理の準備をし始める。

 か、帰りたい……。これルルちゃんとデート出来るチケットくらいじゃ割りに合わない気がしてきたぞ?

 私は不機嫌さを押し込めて、頑張って顔に笑みを貼り付けてるけど、何やら顔色を読むのが得意っぽいミナちゃんは私のガチギレしてる内心を読んで真っ青になってる。

 そのミナちゃんは筋肉さんに「何したのっ!?」って顔を向けるけど、違うんだよミナちゃん。悪いのは君のパパとママたちだよ。今日の筋肉さんは結構マシだよ。


「さて、では始めようか」


 私がひたすらイライラしてると、癇に障る声がクソデカダイニングに響いた。クソジジイ陛下の声だ。

 もう嫌い過ぎて声すら不快。喋るなテメェ。呼吸もするな。

 そう願っても、ホストは向こうなのだ。ここまで来たらルルちゃんとデートするためにある程度は我慢して会食を済ませなくてはならない。

 まぁ我慢しすぎるつもりも無いけどね。


「食前の祈りを済ます前に、客人に紹介を済ませてしまおうか」


 クソジジイの声によって、王族の自己紹介が始まる。

 さぁ、私のストレス耐性はこのクソイベントを乗り切ってくれるのだろうか?


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