第41話 絶戦。
熱く猛々しい戦意を乗せてなお冷たい刃が私の首を狙う。
不殺猫で瞬時に斬り払うが、返す刃で対応出来ないタイミングで私の脚を狙う剣閃が見える。
だが甘い。剣とは刃だけを使うものに非ず。柄も鍔も、鞘さえ使い切ってこそ武器であり道具なのだ。
力を込めて刀を振るうにはワンアクション余計に必要だが、柄頭で迫り来る剣を叩くだけなら剣戟を振り切った後にノールックで行ける。
「くはっ、これすら躱すのかね!」
「終わらせたら勿体ないでしょう?」
昂ると思わず身体能力の制限を外しそうだ。
別に何か特殊な能力を使って自分の性能を下げている訳じゃ無いので、興奮に負けて力むと戦いが終わってしまう出力を出してしまう。
それは嫌だ。もっと、もう少し、あと少し、遊ばせて欲しい。
「そろそろ戦技混ぜていきましょうよ。双閃ッ」
「柔剣!」
私の放った双閃が二条ともきっちり柔らかく受け止められ、返し技が飛んでくる。
しつこく足狙い。この身長差でわざわざ脚を狙うなんて良くやるよ。
「
「挟撃」
「後閃」
「
マニュアルと戦技の応酬。
呼吸する暇さえもどかしい。
このおじ様ほんとに強い。深度の差がなければもっともっと楽しめた。間違いなく到達者クラスの強者だ。
「楽しぃ……♡」
「滾るわい!」
どれだけ打ち合っていたのか分かない。
数分ではないけど、何十分か、何時間か、気が付けばエーバンスおじ様の双剣は不壊の効果がないためにボロボロで、これ以上の戦いには耐えられないだろうことが分かる。
「…………はぁ、もう終いなのか」
「……終わっちゃいましたねぇ」
エーバンスおじ様は汗だくで、だけど名残惜しそうにしつつも満漢全席平らげたような満足気な笑顔を浮かべている。
私の方は薄ら汗をかく程度だが、その他はおじ様と一緒だった。
「最後に、いいかな?」
「なんでしょう」
「頂きを、この老骨に見せてはくれまいか?」
互いに余韻を楽しむ時間の中で問いかけられ、私は一瞬何を言われてるのか分からなかった。
「手加減、しとっただろう?」
「あ、バレてました?」
「そりゃぁ、この道で生きて、ここまで歳を食ってる爺なのでなぁ」
エーバンスおじ様は、私がセルフ深度操作して戦っていた事に不満は無いものの、最後くらいは見せてくれと言ってるのだろう。
「じゃぁ、一回だけ、全力で。………死なないで下さいね?」
私は念の為にショートカットを起動してエーバンスおじ様に防御系のバフを盛り盛りかける。
突然の魔法陣と湧き出る力に戸惑うおじ様だけど、つまり支援が必要な程の何かが来るのだと理解してくれたみたいで、その目はギラギラしていた。
「行きますね。………刀術絶招。千刃無刀流--」
刀術最強のスキルを起動する。
私の手から、大気へ溶けるように握った刀が消えていく。
「--銀世界」
◇
「………刀術絶招。千刃無刀流--銀世界」
言葉が無かった。
自分を赤子のように捻り、師匠とも笑いながら戦う奴なのだから、俺の想像を絶する実力を持っていることは分かった。理解した。
ただ、ここまでだとは思ってなかった。
一体自分は、どんな化け物に喧嘩をふっかけたんだろうな?
今更になって恐怖に背筋が凍る。
「………楽しかったですよ、エーバンスおじ様」
その瞬間までは互角だった。
なのに、最後の一撃。そう、その最後のたった一撃で、戦いの印象はガラッと変わってしまった。
--師匠が、ボロ負けした。
そう脳裏に刻まれてしまう。
それ程までに圧倒的な技だった。俺程度には何が起こったのかも理解出来ず、師匠でさえ瀕死の重症を負いながら「何をされたか分からん!!」なんて笑ってる。
四肢がめちゃくちゃな方向にひん曲がって血塗れだと言うのに、まったく元気な師匠だぜ。
「………兄上」
「ん、ハルか」
戦いに魅入られ過ぎて、すぐ近くまで弟が来ても気が付けなかった。
いつからそこに居たのか、俺の後ろから声をかけてきた弟は、そのくせ視線は闘技場の中で佇む黒い少女に釘付けだ。
「これは、何事ですか?」
「いやなに、師匠があいつ……」
ハルに説明しようと奴を指さすと、改めて自分との差を思い出して体が震えてきやがった。
「あいつ、ノノンと遊んでただけだぜ」
「…………あの有様で、遊びですか?」
「両人とも笑ってんじゃねぇか。遊びだよ、遊び」
間違いねぇよ。
俺だったら模擬剣だろうと殺されてたに違いない剣戟の応酬を捌きながら、二人して高笑いしてたんだからな。あの二人にとって先の戦いは間違いなく遊びの範疇。
つまり、俺はあれを遊びでやれる奴に挑みかかって返り討ちにあったマヌケってこったな。
ほんと、死ななくて良かった…………。
本当に、なんの比喩でもなく奴は俺を簡単に殺せてたんだ。震えが止まらねぇ。
そのうち奴から筋肉さんじゃなく震えさんとか呼ばれるかもしれねぇ。
「で、お前は何か用かよ?」
「え? あぁ、そうでした。ミナから兄上達を呼んできて欲しいと言われまして。ノノンさんも交えて父上が昼食をと」
「……なぁハル。奴と飯食うのは良いんだけどよ、どうか親父達が奴の機嫌を損ねないよう、見張っててくれや」
「兄上の言葉とは思えませんね。……どういう風の吹き回しで?」
「いやなに、俺はもう単純に、奴を格上だって思っちまってんだよ。俺が師匠に逆らえねぇのは知ってんだろ?」
「つまり、ノノンさんはエーバンスさんと同格だと?」
「………はっ、お前馬鹿かよハル。あいつが師匠と同格?」
そのセリフ師匠に言ってみろよ。爆笑されるぞ?
「師匠以上だよ。あいつは」
そういや、奴は師匠と戦ってる間は心底楽しそうにしてたってのに、俺とやってる時は心底見損なったってツラしてやがったな。
……つまりそれだけ、俺の双剣がお粗末って事だよな?
くそ、本当に俺は調子に乗ってたらしいな。
「食事まであと一時ほど有るよな?」
「……兄上?」
「まぁ見てけよ。そんで時間になったら教えろや。俺もちょっと、ノノン大先生にボコって貰ってくるからよ」
俺はハルにそう言って、闘技場の中へ向かって踏み出した。
ははっ、自分からあの化け物に向かっていくと思うと本気で震えてきやがった。超怖いんだが?
だが、せめてあいつに対する恐怖心くらいは乗り越えねぇと、俺はもうこっから先強くなれねぇ気がするんだよな。
「俺がクソだったのは認めるけどよ。せめて筋肉さんは卒業してぇなぁ」
俺が馬鹿にしてた半獣。この国の大半の奴が蔑む半獣。
だが笑えることに、師匠を軽々倒して見せたあいつはこの国で誰よりも強いのだろう。なにせ師匠は王国最強と言われていたのだから。
誰もが見下した半獣が、誰よりも強い事実。
技人よりも魔法に劣り、獣人よりも膂力に劣る。だからこそ半獣は劣等種として見下される訳だが、奴を見てわかったことがある。
技人よりも魔法に劣り、獣人よりも膂力に劣る。それはつまり、獣人よりも魔法に秀で、技人よりも膂力に秀でているに他ならないんじゃないか?
技人と獣人のダメな所を合わせた存在じゃなく、技人と獣人のいい所を合わせた存在なんじゃないか?
俺はあいつにボコられてから、そんなことを考えるようになった。
事実、あいつが面倒を見てる兎の半獣も、結構やるらしい。
ケルガラ王家は基本的に文武両道。ミナでさえそこらの兵士くらいには強いはずなのに、兎の半獣は入学試験でミナを倒しているらしい。
「そう考えると、俺もずっと勿体ねぇことしてたよなぁ」
「………えーと、何がです?」
「いや、あんたら半獣を馬鹿にしてた事さ。俺にしては珍しく、口だけじゃなく本気で反省してんだよ」
「ほーう?」
考え事をしながら歩いた俺は、気が付けば闘技場の真ん中で、術師が来る前に師匠のことを魔法で治してしまったノノンの前に立っていた。
やっぱ超怖いんだが?
だが尻込みもしてられねぇ。
「悪ぃけど、胸貸してくれねぇか?」
さぁもう一度、悪夢を始めようじゃねぇか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます