第40話 結局登城する。



 用意なんて出来てなかったから、今日の朝食はシンプルにベーコンエッグトーストにサラダとスープで済ませる。

 せっかくなので王族二人もご一緒に。クソ貴族は私がキッチンで準備してる間に帰ったらしい。

 帰ったクソ貴族によって多分後で何か問題が起きるだろうけど、その時はその時だ。

 黒猫荘のことを度外視すれば、この国どころかこの世界には私を罰することの出来る存在はまず居ない。だって逮捕が出来ないから。

 武力によって屈服させることが出来ない相手を、捕縛が出来ない存在を罰することは不可能だ。

 だからと言って好き勝手に振舞って言い訳じゃないけど、あんまり下手に出るのも良くないと気付いた。

 私が我慢を重ねて爆発したら、文字通り国が滅ぶから。嫌な時は嫌だと最初から意思表示するのはワガママじゃなく優しさである。


 ………まぁ詭弁だけどね。


 ビッカさん達を送り出した私は、ミナちゃんから貰えるルルちゃんとのデート券に釣られてさっさとお城までやって来た。

 当然王族二人がやって来てるのだから、専用の馬車が用意してあったのだけど、それを見たベガがめちゃくちゃヤキモチを妬いたのでベガ馬車で登城となった。

 王族送迎用の馬車は送り返し、ミナちゃんと筋肉さんもベガ馬車に乗って一緒に来ている。

 いや別にお互い別の馬車で行っても良かったのに、ベガを見た瞬間二人ともコッチが良いと言って馬車を返してしまったのだ。


「………………」

「…………ほら、行きますよ」

「………………」

「ほら筋肉さん、いつまでベガ見てるんですか」

「………なぁ、あの馬って--」

「譲れとか売れって言ったら、私は今度こそ本気の本気でブチ切れますが、ベガがどうかしたので?」

「……いや、なんでもねぇ」


 ベガ馬車で辿り着いたお城だが、なにやら馬車から降りた筋肉さんがベガを見つめて動かないので急かす私。

 やはり貴族や王族って生き物は馬が好きみたいで、そこらの名馬を鼻で笑えるほどに美しく完成された肉体を持ってる純白の別名ちゃんは、青き血が流れる筋肉さんのハートを掴んでしまったらしい。


「ベガは私の大事な家族なので。家族を売れとか譲れって言われたら、普通怒りますよね?」

「言わねぇ。言わねぇから、おっかねぇ顔しないでくれ。本当は俺、あんたの近くに居るだけで震えちまうんだ」


 よく見ると本当にカタカタ震えている筋肉さんの目をじーっと見てると、今度はミナちゃんに袖を引かれた。


「ノノン様。ベガ様のお世話と馬車の管理は言いつけて起きますので、ベガ様に見蕩れているそこのゼイルギアお兄様はほっといて、行きましょう?」

「あ、うん。よろしくね。……言っておくけど、他の貴族がベガにちょっかいかけたても私怒るからね。その辺ちゃんとしてね」

「もちろんですわ」


 とは言っても、ベガも私の召喚獣である以上、深度千四百に影響を受けた強さを持っている。この国の誰がちょっかいをかけても返り討ちに出来るはずだから心配はいらないのだけど、それはそれだしね?

 本当に置いていこうと思った筋肉さんだが、心底名残惜しそうにベガから視線を外して着いてくるので、一緒に城内へ。


「て言うか、そのまま来ちゃったけど服とかこのままで良いの? そも、当日に来ても予定空いてるの?」

「イクシガンお兄様がとても優秀なので、お父様は予定を空けやすいのですわ。もしダメでも空けさせますわ?」

「ふむ。最後の王族はイクシガンって人なんだねぇ。筋肉さんはゼイルギアだっけ」

「………初めて名前呼ばれた気がする」

「そりゃ、こっちを人として見てない人のこと、人として見るわけ無いですよね? 私、まだあなたから謝罪すらされてないんですが?」

「……そう、だな。……今更だが、すまなかった。自分がどれだけ調子に乗ってたのか、文字通り痛い目にあって学んだぜ」

「それは上々ですね。まぁ、言いやすいのでこれからも筋肉さんって呼ぶんですけど」

「…………好きにしてくれ」


 私の中で本物の筋肉さんとはテンテンさんのとこだが、この世界には居ないので暫定彼が筋肉さんだ。

 テンテンさんは運営からも【オールマッシブ】なんて二つ名を貰うくらい、全てを筋肉で解決する本物の筋肉さんだったのだが、彼はどうだろか?

 テンテンさん、彼は物理九割カットのレイドボスを相手に物理攻撃だけでMVPを獲得するくらいには筋肉さんなのだが……。

 あの日のテンテンさんは神がかっていた。映像記録も残してある。「筋肉とは自由であらねばならぬ! 貴様を倒せないなんて不自由は認めんぞぉ!」とか叫びながらハイエンドスキルを理論値超えて回し始めた時は目を疑ったよ。

 あまりにも酷い光景だったもので運営にバグかどうか聞いちゃったもの。

 ただ真相はなんてことなく、その時はまだ知られてなかったテンテンさんの二つ名に宿るネームドスキルを使ってただけだったのだけど。


「……それで、服は?」


 私は懐かしい思い出を振り払って、まだ答えてもらってないドレスコードについてミナちゃんに聞く。


「ノノン様のお召し物が不適当だと言うなら、ミナミルフィアもゼイルギアお兄様も不適当ですわ」

「なるほど。まぁコレ腐ってもユニコーンシルクだしねぇ」


 ユニコーンシルクは、この世界で入手出来るかも怪しい最上級の最上級品なのは間違いない。これがダメなら王族すらドレスコードを満たしてない事になると言われれば納得するしかない。


「さぁ、では参りましょう?」

「はーい。……まだ昼前なんだけど、ホントに予定空いてるのかなぁ」



 そんなこんな。



「待っておりましたぞ。小さき武人よ」


 私はこの城へ、王様に会いに来たはずなのに、何故か城の中にある闘技場みたいな場所で、渋み切ったイケオジと対面していた。

 完全に謎である。

 いやまぁ分かるけどね? 筋肉さんが会わせたかった人なんでしょ? 分かるよ?

 私と王族二人は立派なお城に入り、そしてあっという間に鎧を着た騎士っぽい人達に案内されてここへ来た。

 そこで待っていたのがこのイケオジだ。


「………いや流れで誰かは分かりますけど、一応聞いていいですか? ………どなた様?」

「ほっほ……、私はエーバンス・リコルギルス。王家の剣術指南役ですわい」


 身長は目測で百八十ほどか。厚みのある筋肉がその身を包む鍛え抜かれた肉体美を体現するおじ様。

 短く切り揃えた銀髪と同色のカイゼル髭が良く似合い、その声すら優しさと古めかしさの中に力強い生命力が感じられる武人。


「それはどうも、ご丁寧に。……私は笑う黒猫荘が女将、ノノンにございます」

「ほっほ、お噂はかねがね。どうですかな、一戦?」


 お茶でも一杯って気軽さで幼女に聞く事じゃないんだよなぁ。

 しかも私にはお茶に誘われるより効果的なのがまた始末におけない。


「まぁもう、ここまで来たらヤりましょうか。私も戦うのは嫌いじゃ無いので」

「ほっほっほっほっ! そう来なくては!」


 面倒ごとは嫌だ。とても嫌だ。叩き伏せる前提でも面倒は面倒なのだ。

 だけどそれでも、私は戦いが好きだ。

 だからもう、既に面倒な事態になってて、その上で私に戦いを申し込むならもう、是非もない。

 それにこのおじ様、私の予想だと超強い。


「………えへへ、ちょっと楽しくなってきました」

「うむ。分かりますぞ。こんな老骨でも感じられる、この確かな武威……! お嬢さんも相当な手練ですなぁ」


 既に軽鎧と刃引きのショートソードを二本腰に差してるおじ様、エーバンス。

 私も常に身に付けているポーチから不殺猫ころさずのねこを出して腰に差し、ゆったりした動作で抜刀する。

 朝から突然こんな場所に連れてこられて、意味不明に意味不明を重ねた今日だけど、今はどうでもいい。そこに戦いがある。手応えのありそうな人が居る。食いでのありそうな敵がイル。


「さぁ、ヤりましょうか」

「ええ、ヤりましょうぞ」


 少し喋って、分かった。

 この人は私と同類だ。

 筋肉さんは場外の安全な場所にいて、ミナちゃんは諸々の折衝で席を外してる。

 チラホラと近衛騎士やら親衛騎士やらの姿も見えるが、それら全てが背景だ。

 身のこなしでわかる。エーバンスおじ様の深度はだいたい六十。ほぼジャストくらい。

 なので私も、楽しむために自分の能力をそこまで落とす。


「疾ッ……!」

「ふんッ!」


 始まりの合図なんて無い。

 模擬戦なんてつもりもない。

 お互いに相手を殺すための一手を指し、殺される一手を躱す。

 謁見がどうとか食事がどうとか、王族とか城とかもうホントにどうでも良い。

 互いに踏み込み、斬り合い、一合、二合、打ち合える。

 そう、のだ、このおじ様。


「ふふっ、ふふふふふ…………、たぁっのしっ」


 なんでこんな人材が深度六十とかで止まってるのか。勿体ないなんてレベルじゃない。

 技術の極地。技の至宝。

 多分この城に眠るどんな財宝でも、エーバンスおじ様の前では無価値に過ぎる。

 フルダイブVRでリスポンにデスポン重ね、、ひたすらに積み上げた私の戦闘技術と同等。下手したら上回る剣技、絶技の宝箱。


 打ち合う。打ち合う。打ち合う。打ち合う。打ち合う。


 深度を体感で六十まで下げなきゃ終わってしまう、繊細で儚いお菓子みたいな。

 筋肉さんの師匠と言うから期待してなかったのに、とんでもない。

 この人はだ。

 二本の剣が縦横無尽に舞踊り、その演舞の全てに意味がある。

 足運び、体捌きはもちろんの事、剣閃の速度に剣身の形状、傾斜に至るまで全てが戦いに対するアンサー。

 よくぞ深度六十程度の底辺のままそこまで磨き上げたものだと感動する。もはや芸術。


「ッッッッひゃあぁ! たまんないなぁッ!!」

「ほほっ、お嬢さんも素晴らしいですなぁ!? その齢で! よくぞそこまで!」

「うひっ、ふひひひひ!」


 楽しい。脳汁がヤバい。語彙力が死ぬ。

 さぁさぁ素敵なおじ様? あなたはどこまで私と踊ってくれますか?


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