第33話 王族が気軽とか言う悪夢。



「や、やぁ。奇遇だね」


 入学式を何事も無く終えて、クラスの発表と案内も受け取り、無事に第一学年三組花弁級の生徒として入学出来た私は、同じく第一学年三組花弁級のルルちゃんと一緒に教室でこれからの事を聞いて、本日の予定はそこで終わりだと言われた。

 解散後に帰っても良いし、残って学園を見学しても良いらしく、殆どの生徒は残って見学を選び、私もルルちゃんと一緒にそうしている。

 本当なら同じく入学しているはずのネネちゃんとも一緒に行きたい所だったが、庶民の入学人数が多い関係で等級毎に教室が違い、ネネちゃんとは別の教室らしく未だに会えていないのだ。

 そんなこんなで、半獣に対しての冷ややかな視線を周囲から感じながらの自由見学をしていると、見知った顔に声をかけられた。


「…………………ハルシェイラ様、御機嫌よう」


 一瞬どころかたっぷり十秒ほど名前を思い出せず、危うい所だった。いやホントに危ない所だった。

 王族に「誰だっけコイツ」なんて不敬も不敬、面倒事が起きるに決まってる。

 そんな冷や冷やしていた私と変わって、ルルちゃんは本気で「だぁれ?」ってなってて可愛い。ほぼ面識無いはずだもんね。


「ルルちゃん、こちらはケルガラ王国が第三王子、ハルシェイラ様だよ」

「おーじさま?」

「うん。ご機嫌麗しゅう、白いお嬢さん」


 コテっと首を傾げるルルちゃんに、キラっと光る王子スマイルで挨拶をするハルシェイラ。

 お前ルルちゃんに色目使ったら殺すからな。

 ……と言うか、奇遇だねじゃないよ。明らかに待ち伏せじゃないか。ミナちゃんはどうしたの。百合に挟まる野郎は撲滅するんじゃ無かったのか。

 本当なら取り巻きやら護衛やら、色々と周りに居るだろう立場の彼が、ほぼ完全に単身ここに居る事が、「わざと」ここに居る証明である。

 どうやら本当に、残念な事に本当の本当に、彼は私を気に入っているらしい。本当に残念だ。


「ノノンさんは、その、け、見学かな?」

「ええ、その通りにございますわ。これから通う学園ですもの」

「そ、そうか。そうだよね。……はは」


 ルルちゃんにはキラっと笑ってみせる癖に、私と喋る時だけキョドりやがる。

 ちなみに、ここは普通の廊下で、今は三人で廊下に突っ立って会話している状況である。

 特に何も無い一本道で、彼は壁に背を預けてソワソワして待っていた。そして私達が通ると判りやすく表情に喜色を滲ませて、近寄って声をかけてきたのだ。勘弁して欲しい。

 大声でミナちゃんを呼んだら駆け付けて来てくれないかな……?


「ハルシェイラ様は、ここで何を?」

「……えっ、いやぁ、ちょっと一人でぼーっとしてただけだよ。うん」

「そうなのですね。では、お邪魔してしまったようで……」

「いやいやいや! そんな事は無いよ!」


 一人でいたいなら私達邪魔だよねって消えようとしたら、食い気味で否定された。めっちゃ必死である。

 クソが、今は私とルルちゃんのデートだと言うのに、今はボンボンプリンスに構ってる暇は無いのだ。

 自分が一般人を待ち伏せする事でコチラに発生する不利益とか、この人は考えないんだろうな。アホそうだし、多分「平民庶民にも平等に接する僕カッコイイ」とか思ってそうである。

 そんなはた迷惑なポリシーを持ち出されても、周囲に居る個々人が私達に向けて来るだろう悪感情やらの責任とか、取ってはくれないんだろう。それで何か事件があった後に神妙な顔になって「僕のせいで……」みたいな事を言うのだろう。


 やっぱり王侯貴族はクソだな。


 なるべく関わらない方がいい。

 と言うか権力構造が根本から違う階級に住む人間がくっつける訳無いだろいい加減にしろ。

 仮に私が目の前の王子に靡いたとして、その結果王子に相応しい教養や知識についての教育が施されるのは私の方でしょ?

 王子側に「平民と付き合うための教育」なんて物は発生しないでしょう?

 なぜ求めたのは向こうなのに、改善が要求されるのはコチラなのか。

 そのくせ王子はそれが当たり前の事だと考えるのだろう。


 やっぱり王侯貴族はクソだな。


 さてさて、お互いの相性がすこぶる悪い事を再認識したのは良いのだけど、どうやってこのウザったい男を躱そうか。

 手の一つとして、思いっきり遜るのも良いけど、相手が開き直って命令して来たら負ける。そも前回なにやら偉そうな事をベラベラ喋ってしまったし、今更遜るのも遅い気がする。

 なにより、私は良いとして、この程度の男に対してルルちゃんが跪くのを見たくない。許せないと言ってもいい。

 そてどうしよう。そう考えていると、隣から「あっ」と声がした。


「おもいだしたよ! この人、のんちゃんのこと大好きなおーじさまだよね!?」


 突然のキラーパスである。

 ルルちゃんは先日のお茶会でしっかりと話しを聞いていたのだから、年齢を考えればこの反応もおかしくは無いのかもしれない。


「すっ……!? あぇっ……--」


 ノータイムで致命の必中技を食らったハルシェイラは一瞬で赤面する。まるで漫画みたいだ。

 とは言え、ここでルルちゃんのキラーパスを受け取った相手が開き直った場合、権力の度合いを考えると大分メンドウだ。

 なので、インターセプトするぜ、そのキラーパス!


「ふふ、ルルちゃん何を言ってるの? 王家の血を引く直系の方が、庶民に恋などする訳無いんだよ。そんな無責任な事しちゃいけない立場の人なの。そんな失礼な事言っちゃダメだよ?」

「え、でも………」

「ルルちゃん、ダメだよ? 王家の方々はその立場に責任があるの。庶民に心を寄せるなんて、噂でも許されないの。ルルちゃんが今言った言葉は、偉い人が聞けば『責任を放り出して色恋に耽る無責任な王族だ』って言ったのと同じなんだよ」

「ぇう……」

「ハルシェイラ様が、そんな尊敬出来ない方な分けないでしょ?」


 聞こえよがしにルルちゃんへ伝える私の言葉に、ハルシェイラはガチッと固まる。それはもう見事な固まり具合だった。

 今ここで私の言を認めなければ、自分は尊敬するに値しない無責任な王族だと認める事になる。それは醜聞が流血に繋がる権力者には出来ない事のはずだ。

 そして、今ここで否定出来なければ、自動的に庶民の私はハルシェイラのお相手候補として不適格になる。

 なにせ、目の前で立場が違う事を認めるのだから。

 ふふ、勝ったぜ。

 あとは目力でルルちゃんを説得するだけだ。


「………ごめんなさい」

「私にじゃないよ、ルルちゃん。ハルシェイラ様に謝らないと」

「い、いや私は………」

「いくらお優しいハルシェイラ様がお許しくださっても、立場が違うのだからね。……大丈夫、もしルルちゃんが不敬と言われても、私も一緒に罪を被るから」


 私はしょんぼりしているルルちゃんの代わりに、冷たい床に三指をついて頭を下げた。


「ハルシェイラ様、どうか此度の罪は私に………」


 ルルちゃんが跪く光景は見たくないけど、私の軽い頭ならいくらだって下げて見せよう。

 私が長々と土下座謝罪をすればルルちゃんも追従するだろうけど、さっさと済ませればそうならない。だってルルちゃんオロオロしてるもん。

 そしてハルシェイラもオロオロしている。何せ想い人を目の前で這い蹲らせているのだから、マトモな神経をしていれば慌てる。

 さて、あとはさっさと場を締めて、ぱぱっと帰ってしまおう。


「お、なんだハル。そいつらが噂の半獣か?」


 そう、思ってたんだけどなぁ。誰だテメェ。

 チラッと顔を上げて、新しく増えた声の主を確認する。

 ハルシェイラの向こう側からやって来ただろう人物は男性で、その見た目を端的に表すならデカくなってワンパクになったハルシェイラもどきだった。


「あ、兄上……? どうしてここに……」

「あん? そんなの、おめぇが気にしてる半獣が気になったから探しに来たに決まってんだろうが。……しかしまぁ、お前が相手を土下座させてるとは思わなかったけどよ」


 クッソが。

 王族が一匹追加されやがった。

 と言うか、確か王族って国王と妃を除いた直系だと全部で五人じゃ無かったかな?

 黒猫荘に来たクルミルムとか言うのが第一王女で、ミナちゃんが第二王女でしょ? そんで目の前でワタワタしてるのが第三王子で、今やって来た筋肉ダルマ式王族が第一か第二王子、多分見た感じの年齢だと第二王子でしょ?

 ……わたし、あと第一王子で国王の子供コンプリートなんだが?

 どいつもこいつも、気軽に接触してきやがって。


 やっぱり王侯貴族はクソだな。


 自分の身に宿す権力を理解してから生きて欲しい。そして城から出て来ないで欲しい。率直に迷惑。

 何かあったらコチラの生活が文字通り終焉を迎える様な存在が、気軽に道端を歩いてるとか、それなんてクソゲーだろう。

 即死トラップが自走するとか、悪夢以外のなんだと言うのか。しかもコッチの行動に左右されないとか、ランダムエンカウントじゃん。せめてシンボルエンカウントにして下さい。見たら逃げるから。


「半獣を手篭めにしてぇなんて言った時は正気を疑ったが、なんだお前もやっぱり半獣は嫌だったのか」

「違います! 適当な事を言わないでください!」

「いや、だってよ、這い蹲らせてんじゃねぇか」

「あ、いやこれは、誤解があっただけで……!」


 クソムカつくぶっ殺したい。

 と言うか手篭め? 死ぬか? あ?

 ちくしょう。こんなにムカつく相手が居るだなんて聞いてないよミナちゃん。

 何が家族になるのを楽しみにしてただよ。こんなクソが居る家に嫁いで楽しく暮らせる分けないじゃないか。

 仲良く出来ると思ったけど、やっぱりミナちゃんも王族なんだろうね。感覚がこっちと違うんだ。

 向こうは合わせてもらうのが当たり前で、人に合わせて生きるなんて理解出来ないんだろう。


 何度も確信するけど、やっぱり王侯貴族はクソだな。


 さてさて、ハルシェイラだけならお茶を濁してなんとでもなったけど、跪くタイミングで他の王子が来たのは面白くない。立つタイミングを失った。

 ここで許しを得ずに立ち上がる事は不敬に当たるのだろう。私だけならどうでもいいけど、今はルルちゃんも居る。

 と言うかクソ二匹目が現れて土下座が長引いてしまったから、とうとう隣でルルちゃんも私の真似をしてしまった。

 ただルルちゃんの姿勢はなんと言うか、土下座と言うか、頭を抱えて蹲ってる感じの、何かカリスマ的なアレが何かをガードしてる様なポーズになってる。可愛い。

 ルルちゃんの膝を汚したくなかった訳だけど、こう、可愛い事されると困る。もっと見たいじゃんね。


 と言うかハルシェイラてめぇ私が好きなんじゃ無いの? いつまで這い蹲らせているの? 殺すよ?


 私のそんな想いさついが届いたのか、ハルシェイラは慌てた様子で私とルルちゃんを立たせてくれた。


「はっはっはっは! こんな薄汚れて地に這う半獣が本当にハルや俺よりつえーのかよ? ミナの目もついに腐ったか?」

「兄上ッ!」


 立ち上がって埃を払う私たちを指さして笑うバカが居る。

 ああ、本当にムカつくなぁ。

 なんで私こんなに良い子に振舞って、我慢してるんだっけ?

 別にもう、良い子にしててもお父さんもお母さんも、頭を撫でてはくれないのに。

 もう、殺せば良くない?

 大丈夫だよ、殺してポーチに死体を遺棄すれば完全犯罪だよ。

 コイツら程度なら二秒も要らない。スパッと首を刎ねてササッとポーチに隠せば、誰も気が付かないよ。うん。よし。


「殺--」

「のんちゃん、ダメだよ?」


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