第34話 黒猫式体罰教育。



 ビックリした。

 ルルちゃんが急に声をかけたから、とかじゃなくて。

 私いまビックリするくらい物騒な事実行しようとしてたね?

 なんだろう、どうしよう、私ルルちゃんが傍に居ると何かタガが外れるみたいだ。

 まさか「ムカつく」ってだけの理由で人を殺そうとするとは。


「……のんちゃん?」

「あー、うん。ありがとうルルちゃん。もう大丈夫」


 ここは現実。ゲームみたいな力が使えても、ゲームの中みたいな世界だとしても、今私の横に居るルルちゃんが確かに命だと感じるなら、ここは私にとって間違いなく現実なんだ。

 なのにムカついたから人を殺す、なんて許されない。私が私を許しちゃいけない。

 黒猫荘を襲撃して来た馬鹿はもう何人か、間接的に殺したかもしれないけど、正当な防衛の理由もなく殺人は流石にダメだ。


「ルルちゃん、ありがとう」

「……えへへ、のんちゃん元にもどったぁ」


 にへらっと笑うルルちゃんに癒される。

 ルルちゃんが居て良かったなぁ。

 とは言え、どうしようか。もう感情が吹っ切れてしまった。今更下手に出て阿るのも違う気がする。

 かと言って殴りかかるのもちょっとどうかと思う。私蛮族じゃないし。さっきまで蛮族どころかネジの外れた戦場の兵隊みたいな事考えてたけど、ルルちゃんのおかげで正気に戻れたし。

 ニタニタ笑うハルシェイラの兄と、怒気を隠しもしないハルシェイラのやり取りを眺める。


「--つぅわけで、だ。おら半獣共、闘技場いくぞ」

「そもそも誰だよテメェ」

「……あ?」


 というわけで、感情が吹っ切れてしまったので、とりあえず猫を被る事を止めた。

 いや、そもそも猫を被るとかそう言う態度じゃ無かった気もする。

 私は自分を鏡だ何だと詩的な事を宣うつもりは無いけど、常に相手から貰う態度に相応の物を返して来たと思う。

 例えばビッカさんやザムラさんも、今目の前に居るクソ王族と似たような言葉を使うが、それでも彼らは私に対して敬意を持って接してくれる。だからこそ私は彼らに対して相応の態度で返すのだ。

 ところが、このクソ王族はどうだろうか。塵ほども敬うべき点が見当たらない。


「名乗りもしない不審者について行く訳無いじゃん。馬鹿なの? 闘技場でも墓場でも、勝手に一人で何処までも行ってこいよ」


 ハルシェイラが私の変化に驚いてあんぐりしてるけど、知ったこっちゃない。

 確かにルルちゃんのお陰で正気に戻ったけど、それはそれ。


「………ははは、オイオイオイ。なんだ、なんだ、随分おもしれぇ鳴き方しやがるじゃねぇか」


 明確にキレつつ、自分は大人ですよ? みたいなムーヴを必死に維持しようとする筋肉ダルマ。

 私は気にせずその仮面に金槌を振り下ろす。


「あ? その頭はこの程度のグリア語も理解出来ないの? その豪奢な服に詰まってる筋肉は頭も蝕んでるの? 馬鹿にされた事くらい理解出来る分、巣窟に出て来る小鬼の方がまだ賢そうなんだけど、あなた本当に人間なの? これはまた、随分貧相な教育を受けてきたんだね。可哀想に」


 --ブッチンッ……!


 何かがキレた音がした。

 限界迎えるの早いなぁ。さすが王族。クソだな。


 χ


「テメェぶち殺してやるからな」

「安心して? 手加減はしてあげるから」


 結局闘技場です。

 もう収まりがつかない筋肉ダルマと、一切収めるつもりが無い私。これは当然の帰結なのだろう。

 ルルちゃんとハルシェイラは見学だ。

 闘技場は小さなコロッセオのような造りで、と言っても学び舎に併設される運動場とするなら上等な広さがある。

 一応の理性は残っているのか、筋肉ダルマは刃を潰した豪奢な模擬剣を両手に握っていて、私はポーチから不殺猫を出した。

 あの筋肉で双剣使いなのか。似合わないな。大剣持てよ。


 さて、試合開始である。


「るぉぉぁぁぁああッ!」


 筋肉は気合いの雄叫びと共に吶喊。

 左手を肩から背に回しながら、右手で横一閃。


「………こんなもんかぁ」


 身体能力はそもそも埋まらない差があるので度外視するとして、踏み込み、構え、剣筋、体捌きの効率、見れるところを全て見た私の感想はそれだった。

 予想の六段くらい下で軽い失望を抱いた私は、すぐに終わらせる事にした。

 と言っても、有り余るステータス差でごり押すなんて品の無いことはしないし、スキルも同様だ。そんな手段は不要である。

 私は霞の上段に構え、鋒を下げて右からの横一閃、つまり私から見て左からの剣戟を剣先で拾う。

 続いて、間髪入れず筋肉ダルマが背に貯めていた打ち下ろしが来る。横一閃を上に捌きながら打ち下ろしも受けた私は、鍔迫り合いに持ち込む事すら許さず、刀を寝かせて体を押し込む。

 そして一刀で受けた二本の剣を置き去りにする様に、筋肉ダルマの脇を擦れ違いながら浴びせ斬り。


「………かすみねこ」


 ここまでおよそ一秒。

 真剣ならコレでほぼ終わりだけど、あいにく刃の無い刀で浴びせ斬りなんて食らわせてもダメージらしいダメージは無い。ただ鉄の棒が肉を滑って行っただけである。

 なので、浴びせた黒猫が筋肉ダルマの脇を通過し終わる寸前、肘を引いて刀を立てる。


「ねこのひげ」


 峰を滑らせて納刀するが如く、刃の無い刃が滑り終わった場所に立てた黒猫の鋒を刺し込む。

 例え刃が無くとも、そこそこ尖った鉄の棒である。

 刺す気は無いが死ぬほど痛い思いはして貰う。むしろ死ね。


「……あッ、ガァァァァァァあああッ!?」


 ジワルドでオリジナルの流派を興した侍プレイヤーが、私の為に作ってくれた技の内の二つ。「かすみねこ」と「ねこのひげ」。

 かすみねこは霞の構えから剣戟を受け、受けると同時に踏み込んですれ違う瞬間に浴びせ斬りを行う返し技。

 ねこのひげは肉に滑らせた刀を立てて、相手の肉体を鞘に見立てて納刀する必殺の剣。

 ステータスもスキルも使わず、技術だけ見ても私はコイツより優れている。

 なので、優れた私が劣っている筋肉に見下されるのは甚だ我慢がならない。


「百点満点で、十点あげれば良い方。つまり落第。雑魚。よくそんなクソみたいな腕で私に喧嘩売れたね? やっぱり脳みそが筋肉に侵食されてるの?」

「てぇっ、てんめぇっ……!」

「そんな筋肉で双剣持つから少しは期待したのに、双剣の基礎すら出来てないじゃん。なんで二本も剣持ってるの? 馬鹿なの? 死ぬの? というかそんな半端な剣術で戦場に出たら本当に死んじゃうよ? 自殺志願者なの?」

「ガァァァァァァアアアアッ……!」


 私が煽りに煽ると、簡単に我慢の限界を迎えた筋肉がダメージを無視してまたも吶喊。

 馬鹿の一つ覚えみたいに、片手を背に回して上段を残し、残った手を横一線。

 もしかしてこの程度の動きで「双剣の正しい使い方」だとでも思っているのだろうか?


「十点あったのに五点減点かな? 防がれた技なの理解してない? そんな頭も無いの?」

「クソがァァァァァアッ!」

「しょうがないにゃぁ……、ちょっと躾てあげよっか」


 私は現実では手足を失った達磨であり、そうなってから殆どの時間をVR空間の中で過ごした。言ってしまえば一級の異常者である。

 この身も、心も、精神も思考ルーチンも何もかも、殆どがVR空間ないしゲームにアジャストされている最高級の廃人。それが私だ。

 そんな私は、今でこそ魔法を組み合わせた侍スタイルが主流とは言え、そこに辿り着くまでに様々な武器や戦術に手を出している。

 もちろんその中には筋肉ダルマが使う双剣だってある。


「まず一つ。双剣とは基本的に普通の剣術の劣化技能である」


 双剣。両手に剣を持って戦うスタイルや、それに対応した刀剣の総称。

 武器が二つに増えるのだから、手数が増えて戦力アップ! なんて考えてる人は一度ガチの刀剣と同じ重さの棒を二本振り回して見てほしい。

 そりゃ武器の重さで威力は多少出る。が、当たり前の事だけど片手で振るより両手で振った方が早いし強い。


「だから、人は双剣を持つ場合、両手で持った剣に勝らなくてはならない」


 両手で持つ方が強いんだから、一回の攻撃で稼げるダメージ量は両手で持った剣の方が上である。

 そして、両手で持った剣の方が早く振れるのだから、実は言うほど手数に差が無い。

 いや、もちろん双剣の方が手数が上なのは事実であるが、だからと言って両手でしっかりと保持した剣で戦うメリットを上回る物じゃない。

 単純な話し、片手で持った剣を両手で持った剣で弾かれた場合、相当な筋肉と体重で押し込まなければほぼ確実に弾かれ、体勢が崩れる。それは戦いにおいて死んだも同然だ。

 そして鉄の塊である剣を片手で振ると、鉄の重さに腕が引っ張られて初速が出ない。そんな武器は怖くない。


「二つ、双剣を真に活かそうとした場合、剣筋は二本の剣で同時多角的に攻めざるを得ないから、


 簡単に言えば、素人が双剣を振るうと強みを活かす戦術を心掛けすぎて、読みやすくなるのだ。

 例えば左右同時からの一閃。例えば十字斬り。双剣を活かそうとすると攻撃方法が限定される。故に読みやすい。

 だから本当に上手い双剣使いは、あえて剣閃を並べて鉄槌のごとく威力を上乗せしたり、右と左でペースを変えたり、「武器が二本ある」強みを活かしたり殺したり、また強みを殺した場合にあっても別の強みを追求するものである。要は駆け引きだ。

 剣を片手で持つ。それは思うよりもずっと大きなディスアドバンテージ。


「三つ。そもそも武器が悪い」


 様々な物語の主人公がよく、ショートソードやロングソードを二本持ってドヤっている事がある訳だけど、そして今目の前に居る筋肉ダルマも主人公では無くともその一人で、要するに馬鹿である。

 双剣の強みとは同時攻撃と手数、この二つに尽きる。これ以外はだいたい「一本の武器を両手でしっかり持て馬鹿野郎」で解決する。

 なのであえて双剣を使いたい場合は、同時攻撃と手数を意識した速度が必要な訳で、つまり重い武器はアウトである。

 それでも、どうしても、ショートソードやロングソードで双剣やりたい! と言うならば、「片手で剣を持った状態で両手持ちに勝る」筋肉が必要になる。そしてそんな筋肉があるならやはり両手で持った剣を振った方が余程強い。

 だから双剣とは、短めのショートソードからダガー、ナイフ辺りでやるのが本来の形でありベターと言える。


「まぁ、ロマンとしては分かるけどね?」


 一閃。

 我武者羅に剣を振るう筋肉ダルマを不殺猫で打ちそえる。

 ステータスでごり押すなんて品の無いことはしない。スキルも同様。

 ただ捌いて、打つ。寄って、打つ。打って、打つ。

 仕舞いには筋肉ダルマが積み重なったダメージに膝をつき、もはや叫び声すら上げる気力も無くなったようだ。

 でもそんな事私に関係無いよね?

 挑んで来たのはお前なんだから。


「………ほら立てよ筋肉。私をぶち殺すんだろう?」


 お前が魂から理解するまで刻み込んでやるよ。

 こうべを垂れるべきはどちらなのかと言う事を。


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