第32話 明確な理由。



「そもそも、皆さんどうして巣窟の深部を目指すんですか?」


 学園からの合格通知も届き、諸々手続きを終わらせて入学を明日に控える私は、全員が揃って朝食を摂るダイニングでふとした疑問を口にした。

 現在この黒猫荘へ宿泊しているお客様は三人。そしてその全員が金等級探索者、いわゆるゴールドシーカーと呼ばれる人々である。

 私がゲームで戦っていた時はその戦いこそが目的であり、ドロップアイテムは戦いを有利にする為の手段だった。

 普通のプレイヤーならばドロップこそが目的で、戦いはドロップを得るための手段かも知れないが、その二つがほぼイコールで結ばれる関係である以上は、目的と手段の反転は些事である。

 だけど、命が失われれば普通に死ぬ現実世界であるここでは、間違っても戦闘は目的足りえない。

 もちろん戦闘狂なる人種も居るのだろうが、今はマイノリティの事なんてどうでもいいのだ。


「……どう言うことかしら?」

「えっと、皆さんが巣窟に潜るのは、生活の為ですよね?」

「まぁ、そうだな」

「なら、生活に必要な金銭を得られるのであれば、ある程度の階層で足踏みしてても問題なんてありませんよね?」


 当たり前過ぎることだが、この世界では普通、ドロップや戦闘を目的に巣窟に潜るの訳じゃない。

 探索者にとってそれが仕事であり、巣窟に潜って戦う事で金銭を得られるからそうしているはずだ。

 ゲームでは命の危険が無いからこそリスクを許容してダンジョンの奥深くへ進めるが、現実でそんな事すれば早晩死に絶えるだろう。

 要するに、三人はもう既に充分に稼げる階層で活動出来ているのだから、これ以上危険な階層を目指す事はリスクとメリットの天秤が翻る筈なのだ。


「極端な話、黒猫荘で生活するための金貨一枚とその他の雑費をひと月で稼げるのであれば、わざわざ危険を犯す必要はありませんよね」


 もちろん、一定の実力を持っていると喧伝する為には到達階層の更新は手っ取り早いだろう。

 だが三人は既にゴールドシーカーなんて言う看板を持っていて、これ以上の実績など普通なら必要無いし、それこそ王族に伝手を持つ様な目的が無いなら、到達階層更新なんてただ危険なだけだ。

 でも三人とも権力者に渡りを付けて良い思いをしたい、だなんてタイプの人間じゃない事は分かる。


「……あー、そっか。お嬢はこの辺の出身じゃぁねぇんだっけか」

「……? どう言う事ですか?」

「いや、俺らにとっては当たり前のこと過ぎてな。嬢ちゃんはこの辺りに伝わる御伽噺を知ってるか?」


 ザムラさんが言う。

 御伽噺。英語で言うとフェアリーテイル。

 それは夢や願望、または教訓などを寓話で伝えるフィクションである。

 物によっては史実や信憑性の高い伝承を元にした物もあるが、基本的には非現実的な物語であり、私はこの世界の事を勉強するにあたって、御伽噺や読み物語の類は全て無視していた。


「……いえ、知りません」

「まぁ、簡単な話しなんだよ。巣窟って言うのは何か、その奥には何があるのか、そう言う類の御伽噺だ」

「別にそれを根っから信じてる訳じゃぁ無いんだけどね。一応の目標足り得る伝説って言うか、最高の一攫千金と言うか……」

「要するに、だ。巣窟の最奥には伝説の宝が眠ってるって言い伝えがあるんだよ、お嬢」


 聞けば、良くある類の御伽噺であるらしい。

 なんでも、「願い事が叶う宝珠」なんて物が巣窟の奥底に眠っているらしく、探索者は皆、それを手にする自分を夢見て危険に挑むのだと言う。

 それを聞いて、一割くらいは「なるほど」と思うも、九割が「そんなバカな」と言う気持ちを抱いた。

 そんなバカな、「とは願いを叶えるアイテムなんてある訳無いじゃん」、なんて考えと、「そんな不確かで意味不明な御伽噺を皆がみんな信じて命掛けてるの? 嘘でしょ?」と言う気持ちを合わせての「そんなバカな」である。

 だって、「五発中四発弾が入ったリボルバーでロシアンルーレットして、生き残ったらどんな願いも叶えよう」って言われれば、飛び付く人間が一定数存在するのは分かる。でも、「五発中四発弾が入ったリボルバーでロシアンルーレットして、生き残ったらどんな願いも叶える………、かもよ?」って言われて引き金を引く人間は早々いない。居たらそれは狂人だ。むしろそんな巫山戯た事を言う相手に向かってこそ引き金を引くべきである。

 愛の字を冠する地下帝国だって、多重債務者を使役するのにもう少しマシな報酬を提示すると言うのに。一応ペリカは確実に貰えるんですよ? 外出許可などの釣り針がクソでかいだけで、残念賞くらいは貰えるのだ。


「……みなさん、その御伽噺を信じてるので?」

「まさか」

「さすがに無いわよ」

「俺ぁ、あったら良いなとは思ってっけどよ」


 ああ良かった。聞いたら否定してくれた。

 もし肯定されたらどうしようかと思った。狂人と一緒に暮らすのはさすがに怖いものがある。


「では、なぜ?」

「まぁ、さすがに願い事がー、なんてのは信じるに値しねぇけどよ、それに近しい物はあると、巣窟が証明してんだよ」

「……? どういう……?」

「あー、お嬢。巣窟は奥に潜る程、強力な武器や道具が手に入るだろ? そんで、深ければ深いほど、力が強い物が落ちる。物によっては天候を変えちまう宝剣とか、それこそ御伽噺みてぇな物が現実として手に入っちまう」

「だからね、階層が深いほど現実離れした物が手に入るなら、最深部に近い場所には『願い事を叶える宝珠』なんて御伽噺も、少なくもとそれに近い力を持った『ナニカ』が手に入っても、おかしくないと思うのよ」


 ……なるほど。

 御伽噺は信じてないが、経験と統計で可能性は見た、と言うところか。

 それに、『天候を変える宝剣』もそうだし、例えば『どんな病も治す薬』や『水が無限に湧き出る水筒』なんて物が仮にあったとして、それを求める者にとっては確かに、『願いを叶えるナニカ』である事は間違いないのだろう。

 そう思えば、最深部に近い程現実離れする巣窟に対して、可能性を感じるのはおかしくないかも知れない。


「つまるところ、最深部に到達出来なくても、『自分の願いを叶えられるナニカ』が落ちる階層が、先にあるかも知れない。そういう事ですね?」

「そうよ。別に何でもかんでも叶えられる必要はないもの」

「金が欲しい、女が欲しい、権力が欲しい。そんな単一の願いなら充分可能性はあるってこったな」

「離れた場所に一瞬で移動する、巫山戯た道具もあるしな」


 

 その日は、そんな雑談に興じながら、平和に終わった。



 ただ、その日から私の中に、消えない炎が確かに灯ったのを自覚した。

 だって、階層が深いほど現実離れして、瞬間移動テレポート出来るアイテムも存在するのなら、最深部に近い場所なら『別の世界にテレポート出来るナニカ』も在るのでは? と。

 そう、思ってしまったから。


「可能性があるのなら、私は………」


 ◆


 目が覚める。

 静かな興奮に苛まれ、浅い眠りを繰り返していた私にとって少々辛い朝であるが、今日は学園に入学する日である。

 記憶には無いが、魘されでもしたのか寝汗が酷くて気持ち悪い。


「………お風呂入ろ」


 部屋を出て、ドールに指示を出してから女湯へ向かう。

 パジャマを脱ぎ捨てて浴室へ、そして取り敢えず温度を下げた『ギリギリお湯』というぬるま湯のシャワーを浴びて目を覚まし、思ったよりも寝汗が気持ち悪かったのでしっかりと体を洗う。


 わしゃわしゃ。


 自慢の黒髪もシャンプーとコンディショナーでつやつやにしたら、空を見上げて露天風呂に体を沈める。


「………はふぅ」


 まいった。

 雑談してたら、急に両親と会える可能性が浮上するとか、勘弁して欲しい。心が持たない。


「……もし帰れるなら、この体で帰れるのかな」


 この体には、両親の血が通っていない。真萌の体じゃない。

 このまま帰ったとして、両親は私を歓迎してくれるのだろうか。


「………あぁー! やめ! こんなのもう、何回も考えた! 意味無いからもう止め!」


 気持ちを切り替える為に頭を振って、つられて動く髪に弾かれたお湯がバシャバシャと音を立てる。


「ビッカさんじゃないけど、こんちくしょー! って感じだよまったく。中途半端に夢なんて見させやがって、巣窟のばかやろう!」


 そうだ、難しく考える事は無い。

 取り敢えず、巣窟は気に入らないからその内ぶちのめして、ついでにアイテムを確認すればいい。

 それで、帰れたなら帰って、両親に会って、受け入れられなかった、こっちに戻ってルルちゃんと結婚しよう。そうしよう。


「意地の悪い世界め。そのうち丸裸にしてやるからな」


 この、ジワルドにそっくりなのにどこか違う、変な世界。貴様も覚悟しろよこの野郎。

 巣窟のあとはお前も三枚におろして、中身見てやるからな。


「………よし、すっきり。着替えて、朝餉食べて、ルルちゃん迎えに行こっと」


 をして、風呂から上がる。

 なんだかんだ、学校は楽しみである。

 なにせ、私は幼少から達磨になってしまったので、殆どマトモに学校生活を送った事が無い。ゼロではないが、ほんの数年だけだった。

 それが、最初からルルちゃんと言う超絶ぷりちーアニマルガールと一番仲のいいお友達と言う超高額オプションじみた状態で、入学出来るのだ。控えめに言って最 & 高。

 よし良いぞ私、落ち込んだ時はそれをぶっ飛ばす程楽しくてワクワクする事で心を満たすのだ。そうすれば心はワクワクとムラムラで落ち込む暇なんてないのだから。

 ちなみにムラムラというのは、単純に私がルルちゃんに抱く想いの結晶である。

 うさみみ幼女は最高だぜ。


 そんなこんなで、起きて来たみんなの食事やその他の雑事を終わらせて、制服用に作ったの着物ドレスを着て、ベガ馬車を準備して黒猫荘から出発する。いってきまーす。

 道中、相変わらずベガ馬車は目立つ。

 オーダーメイドの優雅なコーチ馬車は目立つし、美しい白馬のベガも目立つし、超絶可愛い私も目立つし、何より馭者も居ないのに進むベガ馬車がその物が意味不明過ぎて凄く目立つ。

 前世で言うと運転席が空なのに走ってる乗用車である。色んな意味で怖すぎる。

 もう街全体が動き出している時間で、物凄く久しぶりに見たレギンさんが、道端からこちらを見て普通にびっくりしていた。

 彼とは夕暮れ兎で小烏丸を向けた時以来の邂逅か。何か言いたそうにしてるが、でも無視して進む。なぜなら私は用が無いから。

 正直今偶然顔を見るまで存在を忘れていた。

 そんなレギンさんがコチラに向かってこようとするが、人混みが邪魔で歩みは遅い。今のうちに夕暮れ兎までささっと行ってしまおう。


「ルルちゃーん、迎えに来たよぉー」


 馬車道にベガ馬車を停め、夕暮れ兎亭に入る。

 中は未だ朝食時で、食堂は宿泊客と一時利用客で盛況の様だ。

 さすがに宿の入口からは聞こえないのだろうと、客を掻き分けて厨房へ向かって、シェノッテさん達に挨拶をした後にルルちゃんをもう一度呼ぶ。


「のんちゃんきたー!」

「はーい、ルルちゃんおはよ♪︎」


 夕暮れ兎の居住からぴょこぴょこと現れたルルちゃんは、白地に白の透かし刺繍の着物ドレスを纏って、今日も宇宙一可愛い。


「よし、じゃぁ行こっか」

「うん♡ あのね、のんちゃんとずっと一緒なの、たのしみだったのー!」

「可愛いかよ」


 そんなこんなで、私の学園生活が始まろとしている。


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