第16話 本気で刀鍛冶。
ビッカさんは巣窟に行っていて、シルルちゃんはすやすやと可愛らしく寝ていて、従魔は闘技場に作られた獣舎で休んでいる。
静けさ深まる深夜、私は黒猫荘の鍛治場に居る。
ここは、ほぼ刀鍛冶専用に作られていて、他の剣も作れるが、やはり刀を打つための場所である。
そこまで広いスペースは要らなかったので、六畳くらいの部屋である。
まず一番奥に
火床の前には椅子と金床と木の台と舟がある。
金床はいわゆるアンビルと呼ばれるツールで、刀剣を鍛える際にハンマーで打ち付ける時に刀剣を置く金属の台である。
舟は、大量の水を入れておく鍛冶場の水槽で、刀鍛冶の焼き入れと言う非常に重要な工程で使う物だ。木の台はそのまま木の台。
あとは、部屋の隅に砥石が沢山置いてある研ぎ場と、鞘を作るための作業場が詰め込まれた、こじんまりとした鍛冶場だ。
「ふぅー、
私は、火床に火を入れて温度を上げると、椅子に座って材料を出す。
特に変な物は使わない。魔物の素材だとか、超希少金属とか、そう言った物は使わずに、ジワルドのショップで普通に買える最高級玉鋼を使う。
これを
さぁ、刀鍛冶の始まりだ。
玉鋼が赤熱したら金床に乗せてハンマーで叩き、平たく延ばしたら舟に突っ込む。
すると急激に冷やされた玉鋼は炭素が多い部分が砕け、炭素が少ない柔らかい鉄が残る。
ただ私は鍛冶スキルを使用しているので、この作業をするとスキル補助が入って、炭素量別に金属が纏まる。本来は、自分で鉄の炭素量を見極めなくてはならないのだが、スキルのおかげですぐ次に移れる。
「
炭素量別に纏まって砕けた鉄を、コテと言う鍛錬用の道具の上へパズルの様に綺麗に積み重ねて行き、濡れた和紙で積んだ鉄が崩れない様に包み、藁灰をかけて泥状の粘土をかける。
この粘土は刀鍛冶用の物で、本来なら自分で特殊な調合をしたりするのだろうが、ジワルドでは生産系ショップで売られている。
泥粘土をかけた物をまた火床に突っ込み、粘土が溶けるほど熱したあとは、叩いて鉄片同士を鍛接しながらブロック状に整える。
それを、炭素の少ない軟鉄や炭素の多い鋼など、種類別に行う。
今回は四種類の鉄を使用する。
「鍛冶スキル相槌、起動。折り返し鍛錬」
私はスキルを起動して、本来数人で行う刀鍛冶を一人で行うための補助システムを顕現させる。
金床を中心として、空中に大小様々な透明のハンマーが浮いていて、私の意思で鉄を叩いてくれる。そう言うスキルだ。
積沸かしで鉄をブロック状にしたら、火床に入れ加熱し、ハンマーで叩いて延ばしていく。
ある程度延びたら道具で縦に線を入れて線に沿って鉄を折り畳む。それをまた熱して延ばし、今度は横に線を入れて折り畳む。延ばして縦に畳んで、延ばして横に畳んで、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
縦と横に鉄を畳んで延ばす。この折り返し鍛錬と言う工程を、部材毎に繰り返し全部やる。
折り返し折り返し折り返し折り返し折り返し折り返し--……。
「造り込み」
折り返し鍛錬が終わった鋼材。今回は刃に使う硬く粘りのある
コレを四方詰めと呼ぶ。他にも甲伏せと言うやり方や、本三枚と言うやり方が有る。甲伏せは二種類の鉄を使って刀を作り上げる方法で、本三枚は三種類使う。
今回は四種類の鉄を使う四方詰めで作っている。
しっかりと部材が一つになったら、コテを切り離して
「………
出来てきた刀身を熱して、相槌も使って長く薄く延ばしていく。
完成を目指して、反り以外の想定する寸法をここある程度形にする。
叩いて叩いて叩いて、想いを槌に乗せて、使い手に届く様に。刀身は打刀の基本より短めで、重ねは薄く、身幅は広く………。
「
刀身の先端を、刃側の頂点から棟側やや下に向かって、三角に切り落とし、ハンマーで叩いて先端を薄く、曲げる様に後ろへ延ばして行く。これが鋒になる。
「火造り」
刃側の鉄を薄く叩き延ばし、棟側も少し薄くする。棟は鋭角になるように造り、刀身の側面の頂点-
「
スキルで一旦刀身の温度を、急速冷却とならないように下げて行く。
そうしたら、荒い砥石で刀身の表面の汚れを研ぎ落として、ハンマーで刀身の微調整をしたら、刀身を削るためのカンナで刀身表面の凹凸を削る。
「生研ぎ」
カンナで付いた削り跡を砥石で落とし、その後藁灰を刀身にまいて水で洗い、スキルで乾燥させる。
「土置き」
刀鍛冶が分からない人には「え、何してんの?」と言われそうな工程だが、ここで刀身に『
塗る場所によって専用の物があり、刃は薄く、棟側に厚く、刃紋は筆で描くようにそれぞれ粘土を塗りたくって行く。
遊んでいる訳じゃないのだ。とても大事な工程なのだ。
「焼き入れ」
焼き柄と言う専用の道具を出して、刀身の茎を焼き柄にキツく嵌める。
そして、鞴を吹かして火床の温度を上げたら、土置きして焼き柄をはめた刀身を、火床に深く入れる。目安として八百度。スキルが目の前で赤熱する刀身の温度を教えてくれる。
「…………ここ」
私は火床から出した刀身を一気に舟の水に沈ませた。
凄まじい水蒸気が吹き出して、鍛冶場の湿度が一気に上がる。火床は暑いし湿度凄いし、不快指数は凄いことになっているだろう。
舟の水温は刀匠の秘技であり、その温度を盗もうと弟子が手を突っ込んだら師匠にそのまま手を斬り飛ばされたと言う逸話もある程だ。
冷た過ぎると過冷却で刀身が割れたり罅が入ったり、目に見えなくても刀身がズタズタになったりする。
逆に温度が高過ぎても、冷却不足で十分な焼入れ効果が狙えず刀身が柔らかくなったりする。
程よい温度の水で、一気に冷却する。刀鍛冶の極意。
十分に冷えた刀身を舟から出すと、これこそ刀と言わんばかりに刀身が浅く反っている。
この瞬間がたまらなく楽しい。きっと本物の刀匠や刀工達も、この瞬間は好きなんじゃないかと思う。
だがまだ終わらない。
「合い取り」
火床から少し離した所に刀身をかざし、温度を百五十度くらいに熱して、焼き入れで変化しきれなかった部分を馴染ませる工程だが、刀の反りは横にも発生してしまうので、木の台に乗せて真っ直ぐに直す。
ここまで来たらあと少しだ。
「鍛冶押し」
最後の微調整過程だ。刀身を見て具合を確かめながら荒削りをする。
反りの微調整もここでやり、刀身のシルエットはもう完成している。
「茎仕立て、
茎をヤスリなどでゴリゴリして形を整えて、柄を付ける時に安定するように加工する。柄を固定するのに使う目釘穴も開ける。
終わったら、刀身の鎬から棟側に、『樋』と言うスリットを掘る。
これは強度を上げたり、肉抜きする事で重量を減らす意味がある。
「ふぅ、鍛冶は終わったかなぁ。本来ここで銘を切るんだけど、後で良いかな」
ここまでが鍛冶師の仕事なのだが、完成までまだ仕事が残っているのである。
仕上げの研ぎ工程は専門の研ぎ師がやる物だし、
だが、一人で完成を目指すならそれらも全て、私の仕事になる。
「さてさて、一気にやっちゃおうかな」
χ
チチチ、と外から鳥の囀りが聞こえる。
熱中し過ぎて朝でございます。シルルちゃんと同じベッドでぬくぬくイチャイチャする計画がご破算です。
あれから鍛え上げた刀は四本。打刀二本と脇差二本である。
-打刀・歌姫黒猫。打刀・舞姫白兎。
-脇差・黒姫仔猫。脇差・白姫仔兎。
共に打刀が刃長五十センチの重さが六百二十グラムで、脇差は刃長四十三センチの重さが四百四十二グラムだ。
まず反りに多少の違いはあるが、ほぼ同じように四本の刀を仕上げた後、打刀二本を残して他二本の寸を詰めた。
仕上げ研ぎまで終わらせた刀身に、それぞれ鍔と鎺と柄を付けて柄巻を巻き巻きして、鞘も作って漆塗りまでした。
歌姫黒猫と黒姫仔猫は真っ黒い柄巻に真っ黒い鞘。
舞姫白兎と白姫仔兎は真っ白い柄巻に真っ白い鞘。
そして四本の刀の鍔は全て同じ、猫と兎が戯れる意匠の物をはめて、最後に鍛冶スキルで刀身の色を変更して終わりである。
漆黒の刀、歌姫黒猫と黒姫仔猫。
純白の刀、舞姫白兎と白姫仔兎。
張り切りすぎて、たぶん深度二百まで使えそうな武器になってしまった。
あまり強過ぎるとトラブルになるかも知れないと思って材料を普通の玉鋼にしたのだけど、思いのほかいい出来になってしまった。
しかも、作成中に不滅効果を付与したので、折れず曲がらずを地で行く上に研ぎいらずの刀だ。
「………まぁいっか。あとは模擬武器だけど、先に食事作るべき? それともルルちゃん起すべき?」
日が昇り始め、へリオルート全体が目覚め始める時間帯。
ビッカさんに送る食事の事もあるし、先に朝食を作ってしまおう。
私は完成した四本の刀をポーチにしまい、キッチンに向かった。
「………ノンちゃん、夜どこいってたの……」
そしてコレクションルームでシルルちゃんに捕まる。
不満そうに頬を膨らませているうさみみ幼女は愛らしいの一言に尽きるが、私あなたの為に徹夜で武器作ってたんだよ。もうちょっと労わって。
「ふふ、寂しかったの?」
「…………うん」
ごめんなさい可愛い。素直可愛い。労わられました。
私はそんなシルルちゃんを連れて一緒にキッチンへ行き、朝食の準備に取り掛かる。
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