第15話 準備。
黒猫荘でお酒を振る舞う様になってから数日、へリオルート学園から通知が届いた。
入学にあたって準備する物や、試験の概要などが記された羊皮紙である。
「ふむふむ。学園は制服が無くて、学園では女児は白い服、男児は黒い服で過ごすべし。なるほど?」
現代日本の様に教科書と言う物は無く、全て黒板に教師が板書して、生徒が自らノート的な物に書いて行くのがこの世界の普通で、そのノートに当たるものを相当数用意しておく事。
この世界ではスポーツなんて貴族の娯楽なので、体育的な実技は基本的に武器を持った戦闘訓練になる。だから、その為の武器と模擬武器をそれぞれ用意しておく事。
「うん。武器と模擬武器ね。あと服の他に女児は白い羽織? ケープかな? 男児は外套、マントなのかコートなのか………」
ビッカさん休養を終えて巣窟へ行っていて、ザムラさんは常宿へ既に相当な前払いをしているので帰っている。
新しいお客さんが来るかもしれないから、対応出来る留守番が居ない黒猫荘は私が常に居るべきなんだけど、夕暮れ兎に行きたい。
「ふむ。ドールとウィニーに任せようか」
ドールは喋れないけど人型だし、ウィニーは筆談が出来る。揃えば多分来客にも対応出来るだろう。
ちょっと最近ウィニーを酷使し過ぎている気もするが、ウィニーは気にするなって言ってるので甘えよう。
χ
「という訳なんですけど、ルルちゃんの物って準備してあるんですか?」
私は夕暮れ兎の食堂で、果実を絞ったジュースを飲みながら、シェノッテさんに学園から届いた通知の話しをする。
「ああ、まだだね。うちもそろそろ準備しなきゃぁねぇ」
シェノッテさんは料理の配膳や片付けをしながら私の話しを聞いてくれる。
シルルちゃんの入学願書は私と出会う前から出してあったらしく、通知も既に持っていた。
だけど武器も服も、この世界ではとても高価な物である。
それに武器はともかく、成長著しい八歳児に対して服を早めに用意して、いざ入学した時着れないなんて間抜けすぎるだろう。
「だったら、私が作っちゃダメですか? 武器作ってあげるって約束してて、どうせなら服もお揃いにしたいなぁ、なんて」
なので、まだ準備してないならその権利を私にください!
シルルちゃんとお揃いの服で学校行くんです! 八歳から病院で過ごした私に、友達と双子コーデでイチャイチャする青春の一ページを下さいませんかね!?
「………あんたの事はちょっと分かってきたよ。服も武器も、そんな高価なもん貰えないって言っても、お揃いに出来るならむしろお金払いますとか言うんだろう?」
「さすがシェノッテさん!」
テンションが高い私と反対に、呆れ返っているシェノッテさんからシルルちゃんを着せ替え人形にする権利を何とかもぎ取った私は、帰りにシルルちゃんを連れて帰ってお泊まりしつつ採寸をする事になった。
「それと、人ってどうやって雇えばいいんですかね?」
「あん? あんたの宿の話かい? 今はどうやってんだい?」
「一人で回してます」
「あんた頭良いくせに莫迦なのかい?」
私が学園に通うと、長い時間黒猫荘を留守にする事になる。
学園は十時過ぎから四時頃までなので、昼食さえ何とかすれば食事は問題無いし、ドールに任せればある程度他の仕事もこなしてくれるが、来客に対応出来ない。
今日はウィニーとドールを組ませてお願いしたが、あれは臨時かつ苦肉の策である。
出来るなら、人間が対応した方が良いに決まっている。
「お給与をどれくらい渡せば良いか分かりませんし、伝手も無いので」
「そんなもん、商業組合に言えば紹介してくれるだろう?」
「あー、その手がありましたか」
盲点であった。
シェノッテさんにまた呆れられるが、中世風の世界で人材派遣を考えてなかった。
たが、どうなのだろう? 黒猫荘は控えめに言ってオーバーテクノロジーの塊であるし、従魔も居る。普通の人を雇って大丈夫なのだろうか?
「んー、まぁ時間は有るし、気長に考えます。そういえば、私のルルちゃんはどこですか?」
「うちの娘を取らないでおくれよ。シルは居間で勉強してるよ」
「攫ってって良いですか? と言うかもうお嫁に貰って良いですか?」
「……あんたが男だったら二つ返事で送り出すけどね」
シルルちゃんをお嫁に貰えないらしい。残念だ。
私は許可を貰って夕暮れ兎の奥に入って、シルルちゃんに事情を話して黒猫荘へ招待する。
また黒猫荘へ遊びに行けるとわかったシルルちゃんは飛び跳ねて喜んで可愛かった。可愛い。
「じゃぁお預かりしまーす」
「はいよー。シルもいい子にするんだよ?」
「はーい!」
さて、黒猫荘へ帰ってきた私は早速シルルちゃんをプライベートスペースへ連れ込んで、服を剥ぎ取って採寸する。
「ふははは、服をぬげぇい!」
「きゃー!」
きゃっきゃとはしゃぐシルルちゃんをメジャーテープで測ると、あとは裁縫工房でポーチからユニコーンシルクを出して縫い縫いする。
やりたがったシルルちゃんにも端切れを渡して、針に気を付ける事を約束させて作業に入る。
デザインは今着ている課金和服ドレスのデザインをほぼそのまま使い、スカートはもう少しだけ長くする。
色は学園指定の白。柄は全て刺繍する。
自分の和服ドレスはいつも通りの蝶柄で、シルルちゃんの物は流水紋を使う。洗濯や予備に三着ほど作るので、柄の色は薄桃色、薄水色、そしてあえて白で刺繍して光の加減で柄が浮かび上がる仕様にする。
仮縫いが終わるとシルルちゃんに着せて鏡の前に立たせると、凄まじい興奮具合でドレスを脱いでくれなくなった。
何とか宥めてドレスを仕上げると、「がくえん行かないと、着れないの………?」と悲しげな顔をされた私は、シルルちゃんの普段時も和服ドレスで作ることになった。
泣く子と地頭には勝てぬなんて言うが、ほんとだね。シルルちゃんに泣かれたら私は国だって滅ぼすかも知れない。
まず黒で三着、柄は同じで柄色は真紅と白と、あえて黒を使う同じ手法で作る。さらにパステルピンクやパステルグリーンでも作り、シルルちゃんが大満足する頃には夕方だった。
「じゃぁ食事作っちゃうね」
「あたしもてつだうー!」
「ふふ、じゃぁ一緒にやろっか?」
本日のメニューは子供が大好きハンバーグと唐揚げに、ポテトサラダとほうれん草のソテーだ。ファミレスみたいなメニューを狙いました。
速達ウィニー便で巣窟のビッカさんへ届けると、すぐに『待ってたぜ! 今日はハンバーグか!』とお喜びのメッセージが届く。
ビッカさんはパンで、コチラはご飯で頂く。シルルちゃんは前泊まった時にご飯を食べてみて、好きになってくれた。そのまま私の事も好きになってくれていいんだよ?
「おいひー!」
「美味しいね。お父さんのとどっちが美味しい?」
「ノンちゃん!」
負ける事を前提に聞いてみたのだが、即答で勝ってしまった。兎のオジサンごめんなさい。そう言えばまだ名前も知らない気がする。
私は箸で、シルルちゃんはフォークとナイフで食事を進めて、食べ終わると眠そうにする。
「ほらルルちゃん、寝る前にお風呂入ろ?」
「ううん、はいるぅ………」
完全にお眠なシルルちゃんを連れて露天風呂を堪能すると、私のお部屋に戻ってシルルちゃんを寝かせた。
私はまだ動けるので、シルルちゃんと私が学園で使う武器でも設計して作りますか。
「んー、私はステータスゴリ押し出来るとして、シルルちゃんは普通の八歳児だからなぁ。刀使うって行っても、打刀は大き過ぎるかな?」
刀にはいくつか分類があり、しかもその分類も時代やその時の法律などでとても曖昧になっているが、簡単に分類すると以下の通りになる。
太刀。刃長が六十センチ以上九十センチ以下の、馬上での使用を前提で作られた、長くよく反った刀。
打刀。刃長が太刀と同じく六十センチ以上九十センチ以下の徒歩で使用する前提で作られた、太刀に比べると短い浅く反った刀。
脇差。刃長三十センチ以上六十センチ以外で太刀、打刀よりも短く、副兵装として用いられる刀。主に打刀と共に帯刀する。
短刀。刃長三十センチ以下の刀の相称。
こんな感じだが、太刀と打刀の差は前述の通りとても曖昧である。
何せ当時の法律で「長いのは武士階級の物」等と決められて、太刀を短く加工-擦り上げによって太刀から打刀になった刀や、打刀より短くなった太刀など、規格が入り乱れているのである。 さらに打刀になった元太刀の刀をあえて太刀と呼んだり、その辺の話しは混沌としている。
なので、六十センチ以上九十センチ以下の刀は総じて刀と呼ぶのが一番平和だと思う。
例えば、レギンさんに刃を向けた時の刀、小烏丸は、分類は太刀だが刃長六十二センチちょっとで、亀甲貞宗と言う打刀は刃長が七十センチも有るのだ。私は亀甲貞宗を持ってないが。
しかも亀甲貞宗は太刀から擦り上げで打刀になったとされる。もう訳が分からないのだ。
閑話休題。
そんなわけで、名刀コレクションはその限りでもないが、私が自分で打つ刀は全て打刀と定義する。
そして、シルルちゃんに打つ刀はなるべく短く仕上げようと思う。
一応、打刀は六十センチ以上と言う定義が曖昧ながらあるのだが、鳴狐と言う打刀が刃長五十四センチだったりする。
この鳴狐も私は持ってないが、他のプレイヤーが持ってて使わせてもらった所、反りも素直で程よく短く、すごい使いやすかった記憶がある。
なので、私は鳴狐の様な刀をシルルちゃんに作ってあげたいのだ。
「鳴狐、
有名な刀は断面図が菱形になるような
「よし、鳴狐みたいに素直で、大包平みたいな傑作を打ってやる!」
大包平と言うのは、現存する日本刀の中で最高の傑作と言われる太刀である。
刃長八十九センチと言う大太刀一歩手間の長物であるが、そのサイズになると二キロ以上の重量になるのが普通なのに大包平は重量が一キロ半も無くとても軽い刀である。
それは、そのくらいの長物になると刀は
長さと重ねの薄さを両立しながらマトモに刀を打つのは凄まじい技術が必要で、大包平は確かに最高の傑作である。ちなみに大包平は持っている。コレクションルームに飾ってあるしポーチにも入っている。
「寸法は鳴狐を参考にして、鎬造でどこまでやれるか……」
色々と盛り込みたい技術や技能はある。
例えば小烏造りと言う刀の鋒が両刃になる作り方があるのだが、私は小烏造りのやり方を知らない!
もっと言うと鳴狐を参考にするって言うくせに平造のやり方も知らないのだ。
ジワルドで私に刀鍛冶を教えてくれた、現実でも本当に刀匠をしているプレイヤーからは、鎬造しか教わっていない。
だが、私はやるぞ。むしろ長い刀は鎬造の方が自然なのだから、問題などひとつも無い。無いはずである。
「よっし、服だけじゃなくて武器もお揃いにするぞぉー♪︎」
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