第12話 盗み聞き。
私が貧民達に使った魔法は回復魔法と治癒魔法の複合魔法だ。
まず《遍く光よ》で光属性に属性を確定。次に《汝は優しき癒しなり》で回復効果を込めて、《奇跡を祈り》で治癒効果の追加。《矢弾となりて》は魔法の形を決めて、《天を穿ち》で発動する方向を真上に固定、《舞い踊る幾千の蝶よ》で魔法の形を変更しつつ効果の分散を入力。最後に《彼の者達へ祝福を届けろ》で魔法の目的と目的地を確定した。
ジワルドではこうやって魔法を作り上げて使用していたが、この世界でも同様に魔法を発動出来る。
魔法職はこの呪文の欠片を集めて出来ることを増やすのだ。
回復と治癒の違いは、回復が体力的だったり解毒だったりと目に見えない要素の復帰で、治癒が傷等の修復になる。
私がわざわざこの魔法を使って見せたのは、貧民達が落ちぶれる理由の一つとして、四肢の欠損はさすがに無かったが、指だったり目だったり、ちょっとしたパーツを失っていたからだ。
あるはずの物が無い。その辛さ、私は誰よりも知っているから。
「ぉぉお、女神よ………!」
「神は居たんだ………」
χ
泣き崩れる貧民達に、「武器の練習頑張ってね」と言い残して私は黒猫荘へ帰る。
朝から動き始めたが、そろそろ昼時だ。ビッカさんへお昼ご飯を作らなければ。
貧民から拝み祈り崇め奉られながら貧民窟を辞した私は、すぐ近くの黒猫荘へ無事帰れた。
ポチはめんどくさかったみたいで、正門まで待てずに塀を飛び越えて帰って行った。
主人を置いて帰るとは、なんて狼だ。ポチなんてやっぱり犬神様で良いよ。ポチだし。
「んー、ショートカットが物騒過ぎるし、入れ替えようかな?」
魔法は欠片を組み上げて詠唱する必要がある。が、私はビッカさんが黒猫荘へ来た日にリジルと戦った時、詠唱をせず魔法を発動させている。
どうやったかと言えば、予め組んである呪文をショートカットに登録して、必要な時に始動キーを口にすれば魔法が発動する仕掛けだ。そう言うスキルなのである。
ショートカットは現在四十個ほど登録出来るが、全ての枠が廃人御用達の広範囲殲滅魔法や超々高火力魔法なんかが登録されていて、先程使った様な七節程度の魔法が入る余地など残って無いのだ。
だが、深度が百も越えない事が普通であるこの世界でショートカットに登録された魔法に使い道が有るのか、怪しいところでもある。何個かは入れ替えた方が良いのだろうか………。
「でも何と入れ替えよう?」
私は黒猫荘のキッチンに辿り着き、下拵えしてあった食材をぱぱっと調理して、トレードバッグの中に放り込む。
作ったのはサンドイッチと味噌汁。鳥の照り焼き、タマゴ、ツナ、ハムとレタス、トンカツ等とたくさんの種類のサンドイッチと、魔法瓶の水筒に入れた熱々の味噌汁。
食べ盛りの金等級シーカーが迷宮でたらふく食べて、いっぱい戦って、満足して帰って来れるように、しこたま作って迷宮で戦うビッカさんの元へ送った。
ビッカさんには分裂したウィニーもくっ付いて居るので、百階層にも満たない迷宮では危ない事など万に一つも起こらない。
ビッカさんの安らぎを邪魔する全てを、私が薙ぎ払うと約束した。だからビッカさんが黒猫荘で寝泊まりしている間は全力で彼を補助する所存である。
そんな決心をしていると、件のウィニーがトコトコとキッチンに来た。
足元に来たウィニーをしゃがんで手のひらに乗せると、立ち上がって目線を合わせる。可愛い。
「ウィニー、どうしたの?」
「ちゅー」
ウィニーは勝鼠と言う鼠の魔物だ。
ジワルドでとある隠しクエストを最大評価でクリアした後に発生するチェインクエストを、また最大評価でクリアしてチェインクエストを発生させ、と言った具合に攻略して行って、最後の貴族と平民の裁判クエストを平民側の勝訴で終わらせクリアすると
、その勝鼠遭遇イベントが発生する。そこで契約出来るシークレットモンスターが勝鼠だ。
勝訴と勝鼠を掛けたユーモア溢れる種族名で色は全身純白。サイズと見た目はゴールデンハムスターのそれで、ついでにリスに似た尻尾を持っている。
この尻尾でペンを持ち、紙に文字を書くことが出来る賢すぎる頭脳を備え、小さな体で様々な場所へ諜報に赴き、主人へ文字で報告までする超有能なスパイマウス……、いやラット?
あれ、どっちだろう?
日本語ではどちらも鼠と統一されるが、英語圏だとマウスがペット用の小さく可愛い鼠、ラットが大きく汚い鼠とハッキリ別れていると聞いた事がある。
さらに、マウスには臆病者、ラットには裏切り者や卑怯者と言う意味もあったりするらしい。
そうなると難しい。勝鼠であるウィニーはハムスターの見た目をしていて、ゴールデンハムスターサイズだが小さくて可愛い部類に入るだろう。そうするとマウスなのだが、諜報が得意なので裏切り者や卑怯者と言う意味の言葉はウィニーにとって褒め言葉である。
はたしてウィニーはマウスなのかラットなのか………。
「ちゅー?」
「ああ、ごめんね。なんだっけ?」
思考が明後日の方向へ爆進した私を、ウィニーがツンツンして現実に戻してくれた。
ウィニーは分裂の他にもう一つ特殊な能力を持っていて、プレイヤーが使うポーチシステムの簡易版とも言うべきその能力だ。そこに紙とペンが入っていて、ウィニーはそれを使って主人に報告をする。
正直設定だけ先走っていてゲーム中では殆ど出番が無かった能力なのだが、ジワルドに似た現実世界であるここでは、ハッキリと意思疎通出来る召喚獣と言う唯一無二の希少価値がある。
ウィニーは私の手のひらの上で紙とペンを取り出すと、何やらサラサラ書き始めた。むぅ可愛い。
『お嬢、この鉄の棒? は何なんだ?』
書き終わってウィニーが私に提示した紙には、そう書いてあった。
しばらく考え、ああビッカさんに付けた分裂ウィニーを通したチャットが出来るのか、と納得した。
分裂したウィニー達は見た事、感じた事を共有出来るので、ビッカさんがAのウィニーへ話しかけ、それを共有したBのウィニーが紙に書いて見せれば、遠方に居ながら会話が出来ると言う仕組みだ。
……………え、何それ凄くない? 生体通信機?
考えても居なかったウィニーの利用方法に戦慄しながら、私は紙に書かれた内容を考える。
鉄の棒? なんの事?
「…………ああ! 水筒の事か!」
トレードバッグの中の昼餉を取り出して、水筒が何か分からなかったのだろう。
得心がいった私は、すぐにウィニーへ返信をお願いする。
「それは水筒と言う道具で、お茶や汁料理なんかの液体を、保温したまま持ち運べる道具です。先端の蓋を捻ると外れるので、それを器として使ってください。中には味噌汁が入ってます」
『本当か!? すげぇ! うめぇ!』
早速開けて味噌汁を楽しんだのだろう。速攻で味の感想まで返ってきた。
私は迷宮と黒猫荘を繋いでくれる有能なウィニーの頭をくりくりと撫でながら、いまお昼休憩らしいビッカさんと他愛ない会話をする。
「迷宮で探索の調子はどうですか?」
『最高だぜ? 黒猫荘でしっかり休んで、朝から美味い食い物食って、最高に調子の良い探索が出来てるってのに、昼餉まであったけぇ物が食えるんだ。これで文句言う奴なんざ居ねぇよ』
「ふふ、問題が無いなら良かったです」
『ふはは、問題なら今あるぜ。今日迷宮に入って今んとこ二十階層に居るんだが、この辺りは銅等級と銀等級もまだ多くてな、美味そうな昼餉を食ってる俺を羨ましそうに眺めてる野郎の多い事多い事……(笑) 奴らの昼はどうせ干し肉だからな』
ウィニーのお茶目で、文面での会話だからこそ(笑)なんて現代風の表現も混じる会話が成り立ち、向こうの様子が容易に想像出来てしまう。
会話のメリハリで句読点すら打ってくれるウィニーのお陰で文書も読みやすく、会話し易い。
「分けてあげないんですか?」
『嫌だよ。俺の食い物が減るじゃねぇか』
「ふふ、独り占めですか?」
『おうよ! お嬢の作った食いもんは全部俺んだ』
「食いしん坊ですねぇ。足りなかったら次の昼とか、量増やしましょうか?」
『本当か!? 是非たの………。あ? なんだザムラ。これか? 俺の昼餉だよ。あんだよ。独り言じゃねぇよ。なんだその手は、コレはやらねぇよ!』
どうやら、美味しいご飯を楽しむビッカさんに誰かが絡んで居るらしい。
それは別にチャットに書かなくても良いんだけど、面白いからそのままにしておく。ウィニーちゃんはお茶目なエンターテイナーだ。
『だから独り言じゃねぇって。ウィニー……、この鼠を通して今泊まってる宿の主と喋ってんだよ。あ? そうだよ女だよ。だからコレはやらねぇって。はっ、美味そうだろ? 実際すげぇうめぇぞ。だからその手は何だ、やらねぇっての! コレは俺んだ!』
お相手のザムラさんと言うシーカーさんは、執拗にサンドイッチを狙っているらしい。合間合間にビッカさんの「やらねぇよ!」が入る。
楽しそうに状況をスラスラ書いているウィニーは確信犯だろう。
今気が付いたのだが、別にトレードバッグ使わなくても、ウィニーの簡易ポーチを通せば昼餉を届けられたのでは?
『ああ!? 俺のミソシル! てめぇぶっ殺すぞ!?(激怒)』
お味噌汁が盗られたのだろうか? ビッカさんは今お味噌汁大好き魔人になっているので、これはブチ切れ案件だろう。
本当に盗られたのなら、可哀想だから追加で送っても良いのだが。鍋にまだ残ってるし。
『--そうだ。返せ。俺を本気で怒らせたくなかったら、ミソシルにだけは手を出すな。一番楽しみにしてたんだぞ』
どうしよう、ビッカさんが可愛い。
そんなにお味噌汁好きなのか。そして素直に返したザムラさんも面白すぎる。
ああー、迷宮楽しそうだよぉ………。
『わーかった、分かったから! 一つだけだぞ? 二つ取ったら殺すからな。くっそ、テリヤキ持っていきやがったっ………!』
ミソシルを奪い返してビッカさんが折れたらしい。テリヤキが一つ失われた。
「ぷくく、ねぇウィニー、ザムラさんの方も再現出来ない?」
「ちゅー!」
我慢出来なかった私の願いを快く聞き届けてくれるウィニーに、ご褒美のクッキーをポーチから出しながら、しゅるしゅると物語が綴られている紙を眺める。
ウィニーも次々と紙を出してこしょこしょ文字を書いている。
ちなみにこの紙は、ゲーム的なシステムで無限湧きする勝鼠専用の物だ。
『んめぇぇぇえ!? なんだこのパン柔らけっ! 肉も柔らけぇ! うっま!』
『もう良いだろ。一つって約束だぞ』
『硬いこと言うなよビッカぁ、俺とお前の仲じゃねぇかー?』
『腐れ縁だろうが。つーか金等級のおっさんがこんな階層で何してんだ?』
『あん? いや多分お前と一緒よ? 今日潜り始めで今ここ』
『………はぁ? って事はあれか? もしかしてこのまま俺に着いて来んのか? そんで食い物たかるのか?』
『…………ふっふっふ、ビッカお前莫迦だな。今の言葉で後の食事も良いもんが出て来るって教えたようなもんだぜ? 初日だから豪華なのかとも思ったが、まだあるんだな?』
『ぐがぁぁぁぁあっ!? もうてめぇ帰れ! 地上に帰れ!』
『はっはっはっはぁ! ここで俺に出会ったのが運の尽きだったな。同じ金等級つっても、お前じゃ俺を引き離せんぞ?』
『上等だこの野郎。お嬢に鍛えられた俺を、少し前の俺と一緒にすると痛い目見んぞゴラァ!』
笑い過ぎてお腹痛い。
どうやらザムラさんと言う人は、だいぶ愉快な人らしい。
ビッカさんの食事の量を増やす体で彼の分も用意出来なくも無いが、それを言ったらどうなるだろうか?
そんな事をニヤニヤと考えていると、なんとザムラさんの方から私にコンタクトを取ってきた。
『この鼠で向こうに伝わるんだったな? おーっす! 俺はザムラってモンだ!』
『てめぇこの野郎! おいウィニー良いからな、このオッサンは無視して良いからな!?』
『硬いこと言うなってぇ。聞こえてっかなー? 俺もこのうんまい食事が食いたいんだが、ビッカの持ってる分を少し分けて貰えないかー?』
『やめろぉぉぉぉぉおおおおっ!?』
ビッカさんの悲痛な叫びがほんとツボに入る。
ビッカさん、私から送ってるんだから手持ちなんて持ってないでしょう! なんでそんなに必死なんですかっ!
「ぷふっ、はいはーい。聞こえてますよー?」
『おおお、なるほど文字でやり取りするのか。この魔物凄いな』
『お嬢! お嬢良いんだぞ!? 無理にこのオッサンの相手しなくても良いんだからな!?』
「ふひひっ、あははははっ、ビッカさん凄い必死………! ビッカさんの食事は別に減らさないから大丈夫ですよっ………!」
本当にお腹痛い。
そんなこんなで、私はビッカさんの食事を三倍に増やして届ける約束をして、半分をザムラさんが食べる事になった。
さて、今夜は何を作ろうかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます