第5話 宝物竜のレギン。



 ガラッと、扉が開いた。


 夕暮れ兎亭は宿と大衆食堂が一緒になったタイプの施設で、宿の玄関は食堂の出入口と共用になっている。

 その玄関は木造建築に沿って木造りの引き戸であるが、大衆食堂の入口と言う事でそこそこ大きい作りをしている。

 私がオジサンに出された鳥っぽい何かの香草焼きを三口ほど食べた所にその音が聞こえ、振り返ると入口には一人の青年が立っていた。

 格調高い学ランのような、黒いカスタム軍服に身を包んだ青年だ。薄茶色の短髪に切れ長の三白眼が威圧的なイケメンである。

 彼は咥え煙草のまま店に入って来て、その三白眼で店内を睥睨している。


「ちょっとアンタ! うちは火葉紙ひばがみ禁止だよ!」


 ここでは煙草を火葉紙と呼ぶらしく、シェノッテさんは入って来た青年に威勢よく言を飛ばすが、青年は舌打ち一つすると聞こえなかったかのように無視して、薄い唇を開く。


「おい、さっき、すげぇ気配出した奴はどいつだ?」


 それは私の事でございます。

 誰も口を開かない代わりに、店内の視線が私に集中する。

 皆さん、それは答えたのと同じです。


「…………おめえか?」


 皆さんの無言の回答を得てターゲットを私に絞った青年が、咥え煙草、じゃなくて咥え火葉紙のままズカズカと歩いて私の前、正確には食事のためにカウンターの方に体を向けたまま振り返っているので、私の後ろに来た。


「……おい、おまっ--!?」


 青年が言い切る前に、私は体勢を直しながらポーチから名刀-小烏丸を出して、神速の居合抜きで彼の咥えた火葉紙の先を切り取って鋒に乗せた。

 さっき名刀の使用は控えようと思ったのに、小烏丸出しちゃった!


「火葉紙禁止って、聞こえませんでした?」


 今度は間違えず、指向性を持って青年のみを威圧する。

 その瞬間、青年は瞳孔をかっぴらいてワンステップ後ろへ下がり身構え、腰に佩いた直剣-ブロードソードの柄に手を掛けた。

 ブロードソードは『幅広の剣』と言う意味だが、生まれた場所と時代が刺突剣レイピア全盛期だったので、レイピアと比べて幅が広いと言うだけで細めの剣である。

 まぁ全て地球での話なので、コチラではどの様な扱いかは知らない。


「………てめぇっ」

「もう一度言います。火葉紙禁止って聞こえませんでしたか? 聞こえていて無視したなら営業妨害で衛兵さん? とかに 突き出します。聞こえなかったのなら、次回から気を付けてくださいね」


 睨み睨まれながら、私は鋒に乗った火元を足元に落として踏み消す。

 マナー的には最悪だが、後で綺麗にするので許して欲しい。

 そもそも、禁煙エリアで堂々と火葉紙を吹かしてるこの男が悪いのだ。

 それに、火葉紙はちゃんと煙草の匂いがするので、成分的にはほとんど同じ物の筈。ならば、相手は毒を振り撒いて現れたと言っても過言ではない訳で、正義はコチラにあると言える。はず………。


「…………いつ抜きやがった」

「見えませんでしたか?」


 私がいつ小烏丸を抜いたのか、と言う質問だろうけど、まぁ見えなかったよね。

 Lv.1400のステータスで行った、元々技の出が早い抜刀術なのだから。

 ただ、スキルを使わないこんな技も見切れない程度の実力で、オラオラとイキらないで欲しいものだ。迷惑極まりない。

 私の言葉を挑発と受け取ったのか、青年は青筋を浮かべながらブロードソードを握る手に力が入る。


「もちろん、ソレを抜いたらタダじゃ済みません。済ませませんよ」

「…………てめぇだって抜いてんじゃねぇか」

「火葉紙は微弱とは言え依存性の毒を含んでいます。あなたは火葉紙が禁止された場所で火葉紙の毒を増し散らしながら現れた人、つまり悪漢ですよ。お店に押し入った悪漢に刃を向けるのは当然ですよね? コチラは正当な防衛ですけど、アナタが武器を抜けば、強盗、脅迫、恫喝、営業妨害、色々と話しが変わってきますよ?」


 余裕そうに対応しているけど、正直ちょっと慌てている私。

 斬り合いになったら余裕で勝てる自信が有るけど、お店に被害を出さない条件だと、咄嗟に出した得物が悪い。

 相手との距離が打刀か太刀で丁度いい感じだったので、何となく小烏丸を抜いたが、小烏丸は刃長六十二センチちょいで人混みで振り回すにはちょっとだけ長い。太刀としては短めで使い易いのだが、今はほぼ満員の飲食店の中に居る。

 そんな事を言ったら所持している刀はほぼ全部そうなのだが、要するに私は短刀か脇差を選べば良かったと今更考えている。

 お願いだから暴れないで下さい。最悪、神速で首を刎ねるしか無くなる。

 ゲームではPVPもPKKたくさん経験したけど、ここはゲームじゃない可能性が高いわけで、ならばなるべく殺人なんてしたくない。

 八歳からオンラインゲーム漬けの倫理観のせいで、余程のクズならむしろ殺すべきだと思うけど、思ってしまうけど、咥え火葉紙に歩き火葉紙だけで斬首はさすがにやり過ぎだと思うのだ。


「……………ちっ、まぁ良い。実力は見れた」


 私の願いが通じたのか、舌打ちした青年はブロードソードから手を離して構えを解いた。

 だが待って欲しい。ふざけないで頂きたい。実力が見たかっただけなら、ちゃんと手順を踏んでマナーを守って正々堂々挑んでくれば正面からブチのめして差し上げたのに、そんなしょうもない理由で営業中の飲食店に火葉紙を吹かしながら入って来て店側の注意を無視して唯我独尊に振る舞うんじゃない!

 やっぱり首を刎ねてやろうかコノヤロウ!。


「お前、名前は」

「……………ノノンです」

「ノノン、覚えたぞ」


 それは覚えてやがれ! とか、夜道に気を付けな! 的な奴でしょうか?

 それなら返り討ちにしてあげますのでジャンジャンかかってきてください。基本的に私は戦うのが好きなのです。


「…………邪魔したな」


 そう言って青年は踵を返して店から出ようとする。


 --お前は名乗らないんかーい!


 そう思ったのが通じたのか、青年は出口で止まり振り返ると、流し目を私に向けながら言った。


「俺は探索団『宝物竜ほうもつりゅう』の頭、レギンだ。お前が潜るつもりなら、うちへ来い」


 それだけ言うと今度こそ青年、レギンは夕暮れ兎亭から立ち去った。


 --結局名乗るんかぁーい!


 こう、色々と突っ込みまくりたい気持ちでいっぱいになって、不完全燃焼である。

 そんな悶々とした気持ちで居たら。


『うぉぉぉぉおおおおおおっ!』


 突然周囲が湧いて店内に歓声が響く。

 いったい何事!?


「嬢ちゃん良くやったぁ!」

「いやぁカッコよかったなおい!」

「まさか宝物竜に喧嘩売るなんてな! 将来が楽しみだぜ!」


 何が何だか分からないが、とりあえず小烏丸を納刀する。

 鞘を腰に佩いたまま、しゅる、キンッ! なんてカッコよく納刀出来れば良いのだけど、六十二センチちょいの太刀は幼女とって納刀しずらい。

 まぁ大太刀の蛍丸とかよりはマシだ。蛍丸は刃長だけで百センチ越えるし、柄も入れると百三十六センチになる。幼女には抜刀も納刀も出来やしない。

 もっとも、一応鞘を投げ捨てる感じで抜けばいけるし、そもそもゲームの装備なのだから『いつの間にか抜いてた』的なシステム抜刀も可能なので、使えない刀なんて存在しないのだが、ここは一応現実っぽいので、ゲーム的な抜刀には期待出来ない。


「シェノッテさん、さっきの人は有名なんですか?」

「ああ、アレはそうさね。本人が言った通り宝物竜って探索団を率いてる男でね、金等級探索者として名が通ってるよ。若い子は探索者をシーカーとか言うんだっけね」

「探索者? しーかー…………?」


 聞いたのは私だけど、言葉になにか言い知れない違和感を覚えて首を傾げて眉根を寄せる。

 なんだろう。シーカー? 別におかしな言葉じゃない。なぜ私は違和感を感じている?

 シーカー。スペルにするとseeker。捜し求めるなんて意味を持つseekに、『~する/〜する者』と言う意味のerが付いて、seekerシーカーとなる。

 探し求める者、探索者。シーカー。何も問題無い。なにも変な事は無い。

 ちゃんと通じる英語…………---


「………え、えい、ご?」


 また、ゾッとした。

 いったい何回目だろうか?

 違和感の正体が分かってしまった。


「……………シェノッテさん。私、いま、何語喋ってます?」

「はぁ? 何言ってんだい? ちゃんとを喋っておいでだよ。…………あれ? あんた遠くから来たんじゃ無かったかい? そっちもグリア語だったのかい?」


 もう嫌だ。怖い。怖すぎる。

 なんで私はこんなにスラスラと、全く知らない言語を喋っているのだろう?

 流暢に喋れ過ぎて、今の今まで違和感が無かった。日本語を喋っているつもりだった。なんだこの感覚、気持ち悪い。おぞましい。

 そうだ、シーカーだ。急に横文字風の言葉が出て来たから違和感があったんだ。今自分が知らない言語を喋っているから。

 食器のフォークやナイフすら四つ歯串とか片刃食器とかなのに、いきなり横文字。しかも、何となくシーカーと言う単語が探索者を意味すると理解出来ていた。理解出来てしまっていた。

 さっきから私は何回怖がれば良いんだろうか。

 明智真萌あけち まほの記憶を持ち、オンラインゲームのプレイヤーキャラクター『ののん』の体を動かし、真萌も『ののん』も知らないはずの言語を当たり前のように喋るノノン。

 そんな私は、いったい誰なんだ…………?


「ど、どうしたんだい? 急に黙り込んで……」

「あは、あはははは………、なんでも無いです………」


 忘れよう。とりあえず、今は。

 考えても理由なんて分からないし、推測すら出来ないのに、考えるだけ怖くなって損ばっかりだ。だから考えないようにしよう。そうしよう。

 シェノッテさんと何か喋って早々に忘れてしまおう。困った時はシェノッテさん頼みだ。


「シェノッテさん、シーカーって何ですか?」

「ああ、アンタは遠くから来たんだっけね。そっちには居なかったのかい?」

「シーカーが職業を指すなら、居なかったですね。でも何となく何してる人かは分かります。魔物とか倒すんですよね? こっちでは冒険者って呼んでました」

「そうそう。魔物倒して巣窟を駆けずり回って、自分の命を使って金を稼ぐ奴らさね」

「ほう、巣窟。それってアレですか? 中に魔物がうじゃうじゃ居て、奥へ行けば行くほど魔物が強くなって行く感じの?」

「よく知ってるじゃないか。そっちにもあったのかい?」

「そうですね。私も一応向こうじゃ巣窟に潜ってました」


 気を紛らわすために喋っているのに、私は日本のゲームの話しをしているのか、ジワルドの世界の話しをしているのか、その言葉は真萌の言葉なのかノノンの言葉なのか、どんどん分からなくなって行った。


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