第4話 違う!



 シェノッテさんが仕事へ戻る前にアイテムポーチの事を説明すると、自分でもポーチの操作に慣れてきた。


 シェノッテさんを部屋から見送ってからしばらくして、私はひとまず食事だと言って戻って来たシェノッテさんに連れられ、シルルちゃんも入れた三人で夕暮れ兎亭の食堂へ移動している最中だ。

 私はその時まで、部屋でポーチの中から刀コレクションを出して眺め、うっとりしながらポーチの内容を確認していた。

 何となく脳裏に浮かぶポーチのリストを見ながら、最初は正宗シリーズを出しては鞘から抜いて美しい刀身を眺めて戻して、次は天下五剣を出して抜いて眺めて戻して、至福の時間だったと言える。

 私がコレクションの中で特に実用するお気に入りはやはり正宗シリーズと宗三左文字、大包平、小烏丸の太刀や打刀が多く、短刀系の正宗シリーズはあまり使わず、蛍丸などの大刀や大太刀はノノンが小さいキャラクター故に使いにくい。

 脇差としては石田貞宗を使う事が多く、石田正宗と石田貞宗を共に帯刀する事も多かった。

 が、これからは少し考えよう。

 もし破損したら、二度と手に入らない可能性が大きい物なのだ。鍛冶スキルは持っているし、刀はなるべく自作できる物を使う様にしよう。


「お母さんあのね、ノンちゃんの剣すごかったの! ノンちゃんたくさん剣持っててね、きれいでかっこいいの!」

「んー、そうかいそうかい。危ないから絶対触るんじゃ無いよ? ノノンも触らせないでおくれね」

「もちろんです。妖刀とかもありますし………」


 そんな大量のコレクションを出したり戻したりしながら、ポーチを使うことに慣れて行くとポーチの内容もだいたい把握出来たので、ひとまずは安心出来る。


「………念じればポーチが使えるここは、やっぱりジワルドじゃないのかな………」

「ん? どうかしたかい?」

「あ、いえいえ。なんでもないです」


 独り言を拾われ、慌てて濁す。

 ひとまず、現状を受け入れよう。

 ここがジワルドじゃないと言う確証は次々出てくるのに、ここがジワルドだと言う情報はあまり出て来ない。

 使われている通貨が同じ金貨だと言うのはジワルドに通じる情報ではあるが、賎貨、銅貨、銀貨なんて通貨が存在する事実はジワルドとは違うので差し引きマイナスだろう。

 死に戻りが大聖堂で蘇生されるのもジワルドを思わせる仕様だが、大聖堂は神殿と呼ばれNPCは本物の生きた人間。こちらも差し引きマイナスだと思われる。

 ならば、もうここがジワルドでは無い別の場所だと仮定して飲み込むのが一番正しい選択だろう。

 元の体が生きているのか死んでいるのかも分からないし、日本に帰れるのかも分からない。

 なら、そちらも一旦諦める。

 どうせ胸を張って生きているだなんて言えない体だったのだし、これ以上両親に迷惑をかけるくらいなら、いっそ死んでいた方が良いのかもしれない。

 寂しいけど、悲しいけど、私を見る度辛そうな顔をする両親を見ないで済むのは、良かったかもしれない。

 幸いにして、本当に幸いな事に、私は今Lv.1400の強キャラクター『ののん』なのだ。

 このジワルドに良く似たジワルドでは無い世界で、Lv.1400がどれだけ強いのかは分からないが、少なくとも弱くは無いと思われる。

 なにせカンストレベルなのだ。弱かったら困る。

 大好きな両親に会えない事は胸が張り裂けるくらい寂しくて辛いけど、逆を言えばそれ以外わりと全部どうでも良い。強いて言うなら刀コレクションをこれ以上増やせない可能性が高い事も辛いが、そのくらいしか不都合が無い。


「………いや、コレクションは増やそうと思えば増やせる」


 課金によって容量が増えに増えたポーチには、ダンジョンを手作りできるアイテムも入っていたので、どこか土地を確保してダンジョンを作ってドロップ品を設定すれば、コレクションは増やせるかも知れない。

 となると、真に不都合なのは両親と離れる事のみか。

 あぁ最大の不都合だとも。やっぱり私はお父さんとお母さんが大好きなのだ。


「ほら、ここが食堂だよ」

「わぁ、人がいっぱい……」


 シェノッテさんに連れてこられたのは、ファンタジー色の強いジワルドでもお馴染み、大衆酒場を兼ねた食堂だった。

 全体的に木造で広く、乱雑に置かれた丸机と丸椅子には戦闘を生業にして居そうな装備を身に纏った人が多く座り、またそれ以外の一般人も何人か居た。

 カウンター席に幾つか空席が見受けられる以外は、基本的には満席に見える店内。

 皆一様に顔を綻ばせ、料理に舌鼓を打ち酒を煽り、その隙間を縫うように生成り生地のワンピースと前掛けを着た給仕の女性が忙しなく働いている。


「おうロレッカちゃん! 今日もいいケツしてんじゃねぇか!」

「触んじゃ無いよこのボンクラ!」

「あ痛てぇっ!?」


 今も濃い茶色の髪を背中まで伸ばした女性に、簡単な革鎧を身に付けた男性が手を伸ばし、女性が手に持つお盆で手痛い迎撃を受けては周囲がドッと沸いた。

 ノリが完全に夜の酒場である。


「ノンちゃんこっちっ」

「付け台が空いてるね。あんたあそこにお座りよ」


 付け台、カウンターの事だろう。

 私は勧められるままにカウンター席へよじ登って座り、するとカウンターの奥にある厨房から全身もっふりのオジサンが出て来てニッカリ笑う。

 謎が溶けた。オジサンが兎だった。人四兎六くらいの獣人さんだ。シルルちゃんはハーフだったんだ。


「おー、お前さんが行き倒れてた子供か。調子はどうだ?」

「あ、お世話になりました………。調子は悪くありません」

「そうかいそうかい、ずいぶん上品な娘さんだなぁおい。お貴族様か?」

「あー、違います。ただの根無し草ですね………」


 きっと私が言葉を間違えたのだろう。

 たははーと笑う私に、オジサンは悲痛な顔をして、気遣う声で同情してくれた。そう、同情してくれたのだ。


「根無し草だって? そんな身なりで孤児って訳じゃぁねえだろう? ってーと、置き去りに捨てられでもしたのか?」


 だから、ソレは悪気の無い言葉なんだろう。


「まったく、親の風上にも置けねぇクズも居たもんだな」


 だけど、私はソレを許容出来なかった。


「--違うっ!!」


 無理だった。

 許容出来るわけが無かった。

 思わず全身から怒気を吐き出し、ところ構わず威圧してしまう。

 両親は私の自慢だ。誇りだ。その記憶は宝物であり、私の心その物と言っていい。

 四肢が潰れて木偶になった私を大事に、本当に大事にしてくれた。

 二人とも忙しいのに、立場がある人なのに、頻繁に病院に通って私に構ってくれた。愛してくれた。


「クズじゃ、ないっ!!」


 クズなわけが無い。

 私が寂しくないように、四肢を失って悲しまない様に、馬鹿みたいに高価なジワルドの最高級筐体を買ってくれて、湯水のようにお金を使ってくれた。

 お金を使えばいいと言うものでは無いけど、両親はちゃんと私に会いに来てくれた。ジワルドの出来事を楽しそうに語る私の頭を愛おしそうに撫でてくれた。

 私は両親の元に帰ることを、簡単に諦めたわけじゃない。

 なのに…………!


「こんの、アホンダラ!」

「あづぅ!?」


 気が付くと、シェノッテさんがカウンター越しにオジサンをぶん殴っていた。

 そこで私も我に返って、Lv.1400の威圧を振り撒いていた事に気が付く。


「………あっ! ご、ごごごこごめんなさいっ!」


 喧騒が静まり返った店内に、私の慌てた謝罪が響く。

 気まずいなんてものじゃなかった。いきなりマジギレする幼女とか迷惑すぎる。扱いに困るだろう。


「良いんだよぉ。今のはウチの阿呆が悪いからね。心配すんのも良いけど、事情も知らないよそ様の家庭を貶してどうすんだいこのバカ!」

「わ、悪かった! 悪かったから殴るな! 嬢ちゃんもすまねぇ!」

「私もごめんなさい! あぁルルちゃんそんなに怯えないで……!」


 幼く、私の威圧に耐えられなかったシルルちゃんが真っ青な顔をして、涙を零しながらシェノッテさんの後ろに隠れていた。

 胸が痛い。

 店内のお客も似たり寄ったりで、皆真っ青な顔で私を見ている。

 いたたまれない。


「の、ノンちゃん………、怖いっ………」

「うぐぅ……!」


 その言葉は、名刀でバッサリいかれるより深く私の心を切り捨てた。

 そりゃまだ小さい女の子。到達者の威圧が怖くないわけが無い。気絶してないだけ御の字だ。


「シル、今のはウチのコレが悪かったんだよ。だから怖がらないであげなね」

「うぅ、ノンちゃん、もう怒らない………?」

「怒らないよ! ルルちゃんごめんねぇっ! あの、皆さんもごめんなさいでした!」


 私は席から飛び降りるとシルルちゃんに平謝りして、店内の静まり返った人々にも謝罪した。


「ルルちゃん、これあげるから怖がらないでっ………?」


 ついで、私はポーチからシルルちゃんの喜びそうな物を選んで手のひらに生み出す。

 魔力の粒子が集まって一瞬で構築されたそれは、クリスタルブローチと言う装備品だった。

 アクセサリー枠で、全ステータス一割増と言う薔薇を模した水晶のブローチだ。

 物で釣るとは卑怯だが、他に手が無いので許して欲しい。


「………くれるの?」

「うん。許してくれる?」


 店内には商人も居たのか、クリスタルブローチを見てガタッと音を鳴らした。

 確かに値打ちものかも知れないけど、あなたにはあげません。


「………きれー」

「大事にしてね?」

「うんっ!」


 すっかり機嫌が治ったシルルちゃんから許しを得た私は、改めて店内の人々とオジサンに頭を下げる。

 ガタッと音を鳴らした商人系お兄さんは「私たちには何も無いの……?」みたいな顔をしているけど、あげません。


「嬢ちゃん、ほんとに悪かったなぁ。何も知らねぇのにテキトーな事を言っちまって」

「ううん、私もごめんなさい。心配して、くれたのに……」


 和服ドレスの裾を握って俯く私は、謝罪に併せて誤解も解く。


「私のお父さんとお母さんは、ちゃんと私を大事にして愛してくれました………。私がいま一人で居ることと両親は無関係で、今も心配してくれてると思います。事情があって帰れないけど、決して悪い人じゃ………」

「もう良いよ。もう良いんだよぉ。涙を拭きな。このアホンダラ! なにこんな小さな子を泣かせてんだい! さっさとくりやに戻ってこの子の食事作ってきな!」

「お、おうおう!」


 話してるうちに泣いていたようだ。

 私はポーチから、昔イベントで手に入れたユニコーンシルクのハンカチーフを出して、涙を拭う。入れっぱなしで助かった。私のポーチは何でも入ってるね?

 また商人がガタッと椅子を鳴らすが、あげないってば。

 イベントに関係無いユニコーンシルクは、生地が素材としてポーチに残ってるけど、あげません。


「ほら、食いな!」

「………ふふ、早いですね」


 ハンカチで涙を拭いている間に準備された食事に、私は笑いを零して席に座り直した。もちろんよじ登って。


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