第3話 あんた何してんだい!?



 泣き疲れて涙が止まると、シェノッテさんは仕事も忙しいだろうに、私にゆっくり事情を教えてくれた。

 まず私が大聖堂、ここでは神殿と呼ばれる建物から出てきた時から、風変わりで綺麗な服を着ている女の子だと目を惹かれて見ていたらしい。

 そうしたら、急に私の様子がおかしくなり、震え始め、ついにはぶっ倒れてしまったからさぁ大変。

 一緒に買い出しに出ていたシルルちゃんと共に、倒れた私に急いで駆け寄ると、線の細い女性だと言うのに私を抱えて神殿の中に駆け込んだのだと言う。

 まぁ線の細い女性がどうとか、今の私が幼女サイズになっていて軽かったみたいだから問題無かった様だが。

 そして、出て言ってすぐシェノッテさんに担ぎ込まれた私を、あの聖職者が対応してくれたらしい。

 聖職者さんも、私がなんだが急いで神殿から出たがっている様に見えていたので、神殿で預かるよりもシェノッテさんの宿で介抱する方が良いと提案して、今に至る。

 確かに私は聖職者さんや神殿に対して、意味不明なバグ的な怖さを感じて外に出ようとしていた。そう言った感情を見透かされていたようだ。

 そんな心の機微に対応出来る点から見ても、やはりNPCでは無いのだろう。


「あの、大変ご迷惑をおかけして………」

「良いんだよぉ。子供がそんな事気にするんじゃないのさ。本当に畏まった子だねぇ。ウチの子と同じくらいだろう? シルもこれくらいお淑やかになったりするのかねぇ?」

「なれるよぉ!」

「嘘おっしゃい、このっ!」


 とても仲の良い親子愛を見て、胸がズキリと傷んだのは内緒だ。

 ジワルドの外。現実では手足を失って達磨になってしまった私を、大きくなって素敵な男性と結婚して、子供を作って両親に孫を抱かせてあげる事も出来なくなった私を、何年も何年も大事にしてくれた両親の顔が脳裏に浮かぶ。

 私がノノンとして、ジワルドでは無いこの場所に居る今、病院でジワルド用の筐体の中で点滴や生命維持装置の管に繋がれているはずの私は、どうなっているんだろう。

 死んだのだろうか。中身が抜けただけで意識不明だったりするのか。そのどちらだとしても、両親はどんな想いで過ごしているのか。


「…………ッ!」


 考えると胸が痛くて、張り裂けそうになって、また涙が出そうになる。

 何とかシェノッテさん達に気付かれない様に涙を袖で拭いて誤魔化すけど、暗い考えが頭の中でグルグルと捏ねくり回される。

 仮に、希望的に考えて、私の体がまだ生きていたとして、手足が震災で潰れて手術で切り取られ、内臓もいくつかダメになって様々な装置によって生かされている私が、その中身、心や魂と呼べる精神が抜けてノノンに宿っている今、明智真萌は生きていると言えるのだろうか?

 そもそも生きていても何も出来ないのに、外部装置が無いと死んでしまうのに、魂すら無くなった人間は、死人と呼んだ方が早いのでは?

 ただ寝ているのとは違う。意識を失っているのとは違う。いままさに『ののん』と言う体に精神を移してしまっている真萌と言う人間は、本当に生きているのか?

 そもそも、生きていられるのか?

 瀕死の人間から精神が抜けて、外部装置だけで命がつなぎ止められるのか?

 もっと言うと、なぜ私は『ののん』に宿ったのか。何かあって真萌が死んでしまったから『ののん』に宿ったのでは?


 恐怖がぶり返してくる。


 考えれば考えるほど、絶望的な推測しか成り立たない。

 これは行けない。だめだ。考える事を一旦辞めるべきだ。


「あの、シェノッテさん」

「ん、なんだい?」


 考えを無理矢理打ち切るために、話題も無いのにシェノッテさんへ声を掛けた。

 話題は後から考える。今考える。


「えっと、ここは、宿なんですよね?」

「そうだよ? 宿は動物の名前から取るのが習わしでね、夕暮れ兎亭って言うんだよ。へリオルートじゃ結構いい宿だと思うよ」

「夕暮れ兎、可愛い名前ですね」


 シェノッテさんの母性と人柄、そして宿の名前のおかげで少しだけ笑う事が出来た。

 シルルちゃんが兎だし、関係があるんだろうか?


「おや、なんだい、笑えばとっても可愛いじゃないかい。暗い顔してないで、もっとお笑いよ」

「えへ、へへ、ありがとうございます……。あの、私が寝てるここって、やっぱり客室なんですか?」

「まぁそうさね。部屋も空いていたし、人助けと思えば悪い事も無いさ」

「ご、ごめんなさいっ! あの、お金払います! いくらですか?」


 穏やかな話しが出来ていると思ったら、やぶ蛇と言うかなんと言うか。

 金も払って居ない子供が、宿の稼ぎに直結する客室を一室潰している。そんなの申し訳なさ過ぎて別の理由で泣きそうになる。

 慌てて脳内でポーチを確認すると、ゲーム通貨である金貨が大量に入っている。

 拠点の倉庫にはもっと沢山入っているが、手持ちにしたら充分過ぎる額だろう。

 死ぬ前と変わらぬ額がポーチに入っているだなんて、デスペナルティの所持金半減を受けていない、つまり死に戻りでは無いと言う確証に近い事実がそこにあるが、今はそれより支払いである。

  手鏡も宗三左文字もちゃんとした物が出てきたのだから、純金を魔法で固定していると言う設定であるはずのジワルド通貨、金貨はちゃんと価値があるばすである。

 この国の通貨と違っても純金は純金。古今東西、金が無価値な場所なんてそうそう無いだろう。


「ちょっ!? あんた何してんだい!?」

「いえ、お金を……」

「なんだって金貨なんて出してんだい!? うちはいい宿だけど、流石にそんな高級宿じゃないよぉ! いいから仕舞いなって!」

「ぇう……」


 私がポーチから出した数十枚の金貨を見たシェノッテさんは、それまでの優しく落ち着いた頼り甲斐のある雰囲気を吹き飛ばして、慌てまくりで私の背中をバッシンバッシン叩く。

 忘れていたが、今の私はLv.1400の体なので全然痛く無い。痛くないが、泣き付いて居た人にバシバシ叩かれるのは心に来るものがある。


「えっと、いくらですか……?」

「うちは一人部屋、つまりここで一泊半銀貨一枚! 後は四人部屋が一泊銀貨二枚だよ! 金貨なんか出したら二百日はこの部屋で安静に寝かせとくからね! まったくぅ……」

「にひゃっ、二百日……。えーと、半銀貨は銀貨の半分? で四人部屋が銀貨二枚で、金貨は一人部屋二百日と言うと………、金貨は銀貨百枚分?」


 私が指折り数えて貨幣価値を数えていると、慌てていたシェノッテさんがピタッと止まり、今度は私の頭を撫でながら物珍しい人物を眺める様な目で見てきた。


「あんた、小さいのに計算出来んのかい? それに早いし正確だねぇ。………て言うかあんた、お金の価値知らないのかい?」

「んぐぅっ、えーと、はい……。知りません……」


 計算は出来るのに貨幣価値を知らない。

 どう考えてもチグハグすぎる頭の中に、シェノッテさんは訝しげな視線を私に寄越すが、しばらくするとフッと笑い、そこに言及せずに貨幣価値を教えてくれる。


「そういやさっき、遠くから急に来たとか言ってたねぇ。んじゃぁ分からくても仕方ないさね。良いかい、ここらでは賎貨と銅貨と銀貨と金貨が使われていて、賎貨百枚で銅貨、銅貨百枚で銀貨、銀貨百枚で金貨に両替出来るんだよ。そんで、わざわざ何十枚も持ち歩くと嵩張ってしょうが無いから、銅貨と銀貨と金貨は半分の価値の小さい物が昔作られたのさ。それが半銅貨、半銀貨、半金貨さ。まぁ半銀貨だとか言うけど、別に半分に割って使ってる訳じゃなくて、単に重さが半分の小さな貨幣さ」

「……ふむ。あの、シェノッテさん、この金貨はここでも使えますか?」


 私はもう一度、しかし今度は大量には出さず、一枚だけポーチから出してシェノッテさんに手渡す。

 懲りずに金貨を出てきた私に呆れるシェノッテさんは、だけどちゃんと金貨を吟味してくれる。


「…………んー? どう言う事だい? こりゃぁここらで使われているグリア金貨だろう? 意匠が同じだよ。あんた遠くから来て、ここのお金の価値も分からなかったのに、なんでここで使われてる金貨を持ってんだい?」

「ふぇっ!? え、同じ物なんですか?」


 流石にそれは意味が分からない。

 ポーチに入っている金貨は、間違いなくジワルドで使われているゲーム通貨である。であるなら、ジワルドでは無いここで同じ物が使われていると言うのはおかしいだろう。

 つまり、ここはジワルドなのか? 違うのか?


「ふぅん。嘘をついてる感じでも無いねぇ。じゃぁ何かい? あんたが居た場所とこの国は、偶然同じ形の貨幣を使ってるって?」

「ぇう……? わ、私にも分かりません……」

「だろうねぇ。………はぁ、何がどうなってんだい? まぁ、使えるか使えないかって聞かれたら、使えるんだろうねぇ。……あんた、たくさん持ってそうだったけど、どれくらいあるんだい?」


 シェノッテさんは、そう賎しい感じでは無く純粋に疑問と言う風に聞いてきた。

 ジワルドで使われている通貨が金貨一種類だったので、金貨がそのまま円のような扱いになっていた。

 例えて言うなら一万円の買い物をしたいなら一万金貨、百円の買い物なら百金貨、と言った具合だ。

 そして私はジワルドで到達者と呼ばれる廃人の一人であり、当たり前だがゲーム内通貨はかなりの額を所持していた。

 デスペナが怖くて倉庫に預けてある分だけでも四十億はあったし、普段から持ち歩いている額もそこそこだ。つまり。


「…………………………………………二億、枚、です」

「………………あんだって?」

「………………その、金貨が、二億枚、あります」

「………もう一度お願いして良いかい?」

「………………金貨、二億枚です」


 私は無言のシェノッテさんに五分ほど頭をシェイクされた。


「二おくってなんだい? 驚いて見せたけど聞いた事ない言葉だね。数の桁の事かい? まぁ聞いた事ないって事は、それこそとんでもない桁の事なんだろうね?」

「……えっと、九桁の事です」

「あっはっはっはっはっは! あんたバカかい? 金貨で九桁って事は、銀貨で十二桁って事じゃないかい。銅貨だと十五桁だよ?」


 据わった目で笑うシェノッテさんに弁解したい。

 ジワルドでは唯一の通貨が金貨だったので、仕方が無い事なのだと。

 金貨しか持てなかったのだ。金貨しか無いから、ここでは銅貨一枚で買える物にも、ジワルドユーザーは金貨を払っていたのだ!


「……えーと、とりあえず、金貨一枚渡しておいて良いですか?」

「なんだい、二百日も泊まるのかい? ちなみに朝餉と夕餉込みの値段だよ。昼も食うなら食堂で別料金か、よそで食べるかだねぇ」

「あー、えーと、二百日も居るか分かりませんが、寝る場所が無いし、金貨以外持ってなくて………」

「あら、ほんとにウチに泊まるのかい? それだけあれば、もっといい所だって選び放題なんだよ?」


 冗談のつもりだったらしいシェノッテさんに肯定を返すと、驚いて再確認される。

 口を挟まない幼女シルルちゃんも、お金の話しは分からなかったらしいが私が夕暮れ兎に泊まろうとしている事は分かるみたいで、どんどん笑顔が明るく可愛くなっていく。

 ………まだ可愛くなる余地がある、だとっ!?


「まぁ、ウチがいいって言うなら願ったりだけどねぇ」

「ははは、行く宛が無いもので………」

「行く宛てだなんて、子供がなぁに一丁前な事言ってんだい! さぁ、お金払って部屋を取るってんなら、あんたは立派なお客様だね」

「ノンちゃんうちにとまるのー!? わーいっ!」

「まぁ、シルの世話なりしてくれるんなら、もう少しオマケしたって良いけどね。あんた小さいのにしっかりしているし」

「あ、あはははは………」


 私は八歳から寝たきりで、世間の常識とか学校で育む道徳とか、色々足りない人間ではあるが、それでも一応十七歳までは間違いなく生きていて、ここから帰れたとしたらきっと十八歳にはなれるのだ。流石に幼女に負けたりはしない。と思もう。


「ところでシルルちゃん、ノンちゃんって私のこと?」

「うん! ノンちゃん!」

「ふふ、そっかー。じゃぁ私もルルちゃんって呼んでいいかな?」

「いいよぉー!」


 聞けば元気いっぱいに返ってくる。可愛い。

 私は八歳から入院生活だったので、変なところがその頃で成長が止まっていたりする。

 何が言いたいかと言うと、ちょうどシルルちゃんくらいの子供が一番仲良く出来ると感覚的に思っている。


「ところでノノン。あんたに一つ、聞いても良いかい?」

「はい? 私に答えられる事なら……」


 さぁて仕事に戻ろうか、そんな雰囲気でベッドのヘリから立ち上がったシェノッテさんは、思い付いた様に振り返って私に尋ねる。

 これから宿に泊まるのだし、色々と聞くことはあるのだろうと考えた私に、シェノッテさんはこんな事を聞いてきた。


「あんたさっきから、一体どこから物を出したり消したりしてんだい?」


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