第2話 シルルちゃんとシェノッテさん。
「…………んむぅ?」
私が目を覚ましたのは、身に覚えの無い部屋の中で、身に覚えの無いベッドの上だった。
広さの程は目測で八畳と、幼女一人で寝るには少々寂しく感じてしまう広さで、自分が寝ているベッドの他には申し訳程度の家具が置かれていた。
窓から入る光は赤く染っていて、それが夕暮れなのか、はたまた通り越して朝焼けなのか私には判断がつかない。
「…………知らない天井だ」
とりあえずこう口にするのが習わしでありマナーであると、私は両親にプレゼントしてもらったフルダイブMMORPGのフレンドから聞いた事がある。
なんでも、人は人生で一度くらいは身に覚えのない場所で目覚めるから、その時口にするべき言葉がこれであると。
私の場合、八歳で一度病院と言う見知らぬ場所で目を覚ました経験が有るから、人生で二度目と言うことになるが。
「……手足はちゃんと有る。身体中痛くも無い」
前回は、目が覚めると手足が無くなってて、体の表面も中身もアチコチ痛くて、目の前で大好きなお母様とお父様が私を見て泣いているから、きっと私が何か取り返しのつかない事をしてしまったんだと思ったものだ。
実際は地震で体を潰されただけで、誰も悪く無かったのだけど。
ともあれ、今回はただ気を失っただけの様で、なんで気を失ったのか思い出す。
「……………--ッ!」
思い出した。
ただひたすら怖くなって、意識を保って居られなかったんだ。
今は時間が経ったからか、寝ていたからか、恐怖心は薄れているのだけど、思い出してしまったので薄らと怖くなって来た。
結局、何が起こっているんだろうか。
-ガチャッ………。
音がして、ビクッと体が自然に反応する。
そのせいでまた意識せずポーチからアイテムを取り出し装備した私は、一瞬で臨戦態勢の到達者になる。
ポーチから出して装備した得物は『天下刀-
通称サムライと呼ばれるプレイスタイルの剣士が手にする刀、サムライブレードの中でコレクションアイテムにもなっているハイエンド装備である。
日本に実在した、天下人が三人とも全員所持した事のある名刀中の名刀で、刃長六十七センチの太刀である。
こんな長物まで出して、そこまでガッチガチに警戒した私が音の方を見て目が合ったのは、小さな女の子だった。
「…………………」
「…………………」
完全木造に見える室内から外へ繋がる扉を開けて中を覗いているのは、真萌から見たら幼いけど『ののん』から見たら同い歳くらいの、可愛らしい幼女。
-え、誰ですか?
まず深紅の瞳とタレ目ぎみで大きな目元が印象的で、白銀の色をしたふわふわ癖っ毛セミロングヘアに、唇と同じ桜色に染まった頬は子供特有のもっちり感がある。
そして、頭の上には、兎のものと思わしき耳がピコピコしている。
-え誰可愛い。
好奇心で深紅の瞳を輝かせた女の子は、私と目が合うとその輝きをさらに強くして、遠慮の欠片もなく部屋に入って来た。
戸惑う私をよそに女の子はベッドの側まで来るとよじ登り、とうとう至近距離までにじり寄って来て口を開いた。
「……おきた?」
「…………うん」
見れば分かるだろう事を、幼く鼻が通っていない甘ったるい声で態々聞いた女の子は、私が頷いて返事をするとにぱーっと笑顔になり可愛い。じゃなくて私の体を小さいおててでまさぐって来る。
「なまえは?」
「ふにゅっ、ノノン、ですっ……!?」
「けが、ない?」
「にゃっ、無い、よっ!?」
「ぐあい悪くない?」
「だ、大丈夫だから……」
思わずノノンと名乗った。私は今この瞬間ノノンになってしまった。
ひとしきり私をまさぐった女の子は満足すると、またにぱーっと笑って可愛い。じゃなくてベッドから飛び降りると下でゴソゴソ……、ああ靴を履いたのか。それからビューっと部屋の外に飛んでいって「おかぁぁぁぁぁさぁぁぁぁあん! あの子おきたよぉぉぉぉぉお!」と元気が良すぎる叫び声を上げた。
状況から察するに、どうやら私はあの女の子の家族に保護されたらしい。
「……………ここ、やっぱりジワルドの中じゃ無いのかな」
-
私がプレイしていたオンラインゲームの名称だ。
私はそのオンラインゲームをプレイ中に、見た事のない新種の魔物を発見して追いかけ回していた。
その結果、進入禁止エリアに逃げ込んだ魔物を追跡して死に戻りしたのだ。………死に戻りしたはずなのだ。
進入禁止エリアとは文字通り侵入が禁止されている場所であり、例えば未実装の新エリアに続く洞窟だとか、例えば実装を控えたPVP専用エリアのコロシアムだとか、未完成な部分に対して入れないよう制限が掛かっているのである。
ただ、制限と言っても完全に侵入不可と言う訳でもなく、入ると重めのスリップダメージを受けるという仕様になっていた。
進入禁止エリアに何か重要なキーアイテムを落としたりした時の為の措置だが、私はそれを利用して、ちょっとくらいなら……、なんて考えで深みにハマって見事死んだのである。
「……宗三左文字は出せたし、ポーチの中は無事なのかな?」
私は分からなくて怖いなら、分かってしまえば良いと半ば開き直りに近い精神で現状に折り合いを付け、ポーチシステムの検証を行う。
死ぬ前、ゲームだと確信出来る時のポーチは両親から支援された課金による課金で容量枠が千を超えていて、普通なら倉庫にでも仕舞っておく様なコレクションも持ち歩いていたし、反対に言えば持って居なくても良い邪魔な物さえ持ちっぱなしにしていた。
死に戻りしてからの不可解な現在におけるポーチの使い方だと、そう言った類の仕舞いっぱなしで存在を忘れているアイテムが取り出せない。
それではアホみたいな容量が有るとは言え勿体なく感じるので、何がポーチの中に入っているのか確認できると助かるのだ。
「手鏡と宗三左文字は咄嗟に念じたら出てきたし、一覧も念じれば出ないかな………?」
思い付きだが、無いよりマシ。
私は目を閉じて、ポーチの中身全てを簡潔に知ることを念じると、脳裏か、はたまた瞼の裏か、感覚的過ぎて不安になる一覧表がふわっと出てくる。
ノノンは刀を手に戦うサムライスタイルであり、魔法も高い精度で扱える魔導師であり、多数の従魔を従える召喚師でもある。
その刀剣や魔法触媒をはじめとして大量の武装が入っていて、ノノン自慢の刀コレクションも全部入っていた。
実用と観賞用に各二本ずつがポーチに入っている辺り、自分もジワルドでは筋金入りの刀コレクターだなぁと我が事ながら呆れる。
まず詳しくない人がただ『正宗』と呼ぶ正宗シリーズが木下正宗や石田正宗など沢山あり、妖刀で知られる『村正』として千子村正もちゃんとポーチに入っている。
他にも天下五剣の
と言っても、神剣シリーズは西洋剣の形をした物も実装されているのだけど。
「
意味不明な現象に巻き込まれて少しも良くないのは分かっているんだけど、目に入ってしまったのだから仕方ない。
唯一では無いけど数少ない私の趣味の一つなのだから。
まだまだジワルドで手に入れてない実在の名刀は沢山有るのだけど、ここがジワルドの世界じゃないとするなら、もうそれらは手に入らないのだろうか………。
小狐丸とか欲しかった………。
「ぉぉぉぉおおおかぁさん連れて来たよぉぉお!」
「おぅふっ!?」
まだ沢山確認するべき事が残っていたのに、刀コレクションの一覧を眺めていたら知らぬ間に時間が流れていて、名も知らぬ幼女が母親を連れて来てしまった。
いや、気を失ってから何故ここに居るのかなど知りたい事は沢山有るので願ったりなのだが、時間を無為にしてしまったのは頂けない。
「おや、本当に目を覚ましてるみたいだねぇ」
「あ、どうも………」
幼女が元気よくバァァアンッ! と扉を開けて入って来た後に、貫禄の有る女性が続いて入室して来た。
幼女によく似た白銀色の長い髪を後ろで一つに縛った、意思の強いヘーゼルカラーの目で私を見る妙齢の女性。
そこそこ育った一児の母だと言うのに二十代前半に見えるほど若く、若々しく、若すぎやしないか心配になる若さで、しかし同時に母親としての貫禄も備えた女傑の雰囲気を放つ彼女は、生成りの麻布で作られた前掛けの下に紺色に染められた麻のワンピースを着ているのだが、似合っているんだか似合ってないんだか分からなくなる。
若々しく美しいその人はもっと華やかな服が似合うだろうと思うのだけど、今着ている野暮ったい服も何故か肝っ玉母ちゃん的な似合い方をしているのだ。
ちなみにこの人はウサ耳生えてない。なぜ?
「ふふ、何がなんだがって顔してるね」
「えっ、まぁ……」
あなたの存在に混乱していますだなんて言えない私は、曖昧に頷くしかない。
彼女は目を覚ましたばかりで混乱しているんだと指摘しているはずなのだけど、お互い微妙に噛み合ってない。
「私はシェノッテ。この宿屋のおかみさ。あんた名前は?」
「あ、ノノンと言います………。えっと、助けて頂いたみたいで、ありがとうございます………?」
「なんだい、随分畏まった喋り方をするお嬢さんだねぇ。やっぱりいい物を着ているし、大きい家の子なのかい?」
「あー、いえ……、その、よく分かりません………」
「……分からないのかい? 自分の家の事だろう?」
確かにお気に入りの着物ドレスは、染めてすら居ない生成り生地の前掛けや染めムラがあるワンピースに比べたら、遥かにいい物だと私も思う。
ただ、どこの家の子なのかと言う意味で答えるなら、やはり私は今「分からない」としか答えられない。
いま私はジワルドでは無いどこかに居ると推測出来るのだけど、体はジワルドでしか有り得ない『ののん』の体である。
私は今、果たして『ののん』なのか真萌なのか、どちらなのだろう?
『ののん』の姿をしているからノノンと名乗ったが、中身は真萌であり、自発的にプレイヤーを助けて寝かせるNPCなんてジワルドには居ないし、ジワルドの中で気絶や睡眠なんて有り得ない。そうなったら安全のためにシステムからログアウトさせられている筈だ。
「………家出でも無さそうだね? 何か事情があるのかい?」
「えっと………、両親は居ます。いま、した……。たぶん何処か遠い所に、今も居るはずです。でも、私もそこに居るはずなのに、なぜだか私は、知らない街の知らない場所に居て、訳が分からなくて………」
自分で言ってても訳分からなくなって来た。
聞いてるシェノッテさんはもっと分からないだろう。だけど、シェノッテさんはベッドまでくると優しく微笑んで、私の背中をさすってくれた。
「………何があったのかは分からないけど、急に知らない場所へ来てしまって、怖かったんだねぇ」
そう言われて、涙が出てきた。
そうか、私は、訳が分からない現状だけに怖がっていたんじゃなくて、見知らぬ場所に一人で居る事の重圧が怖かったのか。
「………ぅぅうぐっ、うっ、ぅわぁぁぁぁぁぁっ……!」
「おおよしよし、怖かったねぇ。好きなだけお泣きよ。ここに怖い事は何も無いから、安心するといいよ。まぁ顔の怖い旦那が居るけどね」
一度泣き始めると、涙が止まらなくて、溢れて来て、感情が言うことを聞かない。
そんな私を抱き締めてくれるシェノッテさんと、何が楽しいのかにこにこ笑ってる可愛すぎる幼女。
幼女もベッドをよじ登って私の背中をポンポンすると、とてもいい笑顔でこう言った。
「あたし、シルル!」
自己紹介、今するのか………。
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