第16話 我ら幕末のことを何も知らず 4、坂本龍馬の脚本

  4、坂本龍馬の脚本


 1863年、薩摩藩が鉄製蒸気船・安行丸をイギリスから購入する。値段は七千八百両。千両箱が七つでも足りない。この船は、最終的に坂本龍馬が手に入れて、乗りこなしているうちに幕府の船にぶつけて沈んでしまった。

 攘夷志士が鉄製蒸気船を手に入れた頃、江戸幕府もまた鉄製蒸気船を手に入れていた。第一長崎丸といい、まだ将軍になる前の徳川慶喜が使った。

 黒船来航から十年で、日本は鉄製蒸気船を購入することができた。

 さらに、日本で鉄製蒸気船を作れるようになろうと、1864年から横須賀に造船所を作り始めた。

 1864年、尊王攘夷の気運が高まりすぎて、長州藩が京都の禁中に押し入った。

 そして、第一次長州戦争が起こったのだ。

 日本の海路の要所である関門海峡を西洋列強の艦隊が攻めた。表向きは長州藩が戦ったことになっているが、長州藩だって、自分たちが任されているのが日本の交通の要所なのは百も承知である。ここが攻め落とされたのだ。恐れていた異国との戦いが始まってしまったのだ。

 1865年には、そのまま西洋列強は艦隊を兵庫の港に並べ、兵庫港の開港を要求した。朝廷は仕方なくそれを受け入れた。

 幕府と朝廷のどちらが偉いのかわからなかった日本人だったが、この時、日本の外交の権限は、幕府ではなく、朝廷にあることがはっきりした。禁裏三万石の方が、天領四百万石より偉かったのである。

 幕末志士はここまで追い詰められてようやく本気になった。

 西洋から木造蒸気船・乙丑丸を買い、その船に七千個の西洋式ライフルを乗せて、船と銃で五万両を払って最新式装備を購入した。薩摩藩の名目で長州藩が購入した。

 尊王攘夷と寝言をいっていた武士たちの訓練もようやく本格化した。

 息せきつかぬ激動が始まる。

 このように西洋の艦隊によって朝廷が開国させられたが、さらに1866年、再び西洋の艦隊が長州の下関の関門海峡を攻めた。日本も抵抗した。高杉晋作は西洋から購入した鉄製蒸気船オテントウサマ丸で、長州藩海軍総督として、西洋の船を砲撃して沈めた。

 薩摩と長州は同盟を結んだ。戦う相手は西洋列強だ。味方同士で争っている場合ではない。

 将軍徳川家茂が謎の急死。

 孝明天皇が心労による急死。

 さらには、明治天皇が十四歳で即位。

 幕末志士は話し合った。

「国をとられるかもしれないんだぞ。おまえら、どう思っているんだ。例えば文武についてだ。文は武より尊いものだといわれてきたぞ。おまえたちは文を信じるのか。祖国存亡の時こそ、武より文ではないのか」

「何を愚かなことを。戦いに負ければ、すべてをとられる。そこを外すわけにはいかないだろう。文などと愚かなことをいうな」

「文武、どちらも大事だ。結局は、そういう凡庸なところに落ち着くよな」

 また、こんな会話もあった。

「戦うしかねえだろ」

「いや、戦争に詳しいものは戦争の勝利で国が栄えるなどといってはいない。国を富ますのは、戦争の勝利ではなく、殖産興業である」

 また、こんな会話もあった。

「薄気味悪いなんてもんじゃねえ。国をとられてみろ。こんな屈辱はないぞ。立ち上がるしかねえよ」

「力だけではダメだ。知恵だ。知恵がいる」

 そして、すべての会話は次の一行に集約された。

「志のあるものは一兵でも欲しい」

 坂本龍馬は、考えに考えた。

 尊王攘夷は西洋列強と戦うために行うものだ。幕府との内乱で日本を疲弊させてはならない。

 坂本龍馬は船中八策を幕府に渡した。

 朝廷も幕府も、上層部は開国和親で固まっている。いまだに攘夷だといってるのは下っ端ばかりだ。

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