第15話 我ら幕末のことを何も知らず 3、尊王攘夷の脚本

  3、尊王攘夷の脚本


 1863年、黒船密航の罪で獄中に居た吉田松陰の死刑が執行された。まだ三十歳だった。二十歳で黒船に密航してから、十年間耐えてこの仕打ちだった。

 吉田松陰は、欧米から大砲を買うのではなく、日本で大砲を作らなければ負けると主張していた。

 庶民は、今までの日本はなかったことになり、自分たちは神代の人間ということになり、新しく時代を始める御一新(ごいっしん)がなされるということで、歌い踊り始めた。


 ええじゃないか。ええじゃないか。ヨイヨイヨイヨイ。

 躍る阿呆に、見る阿呆。同じアホなら踊らにゃ損損。


 世にいう「ええじゃないか騒動」である。

 多くの刃傷沙汰を気にもせず、日本人は踊りつづけた。数カ月はたっぷりと踊った。

 やがて、踊り疲れると、武士たちはいよいよ本当に尊王攘夷をやろうということになった。天皇の親政により幕府を倒し、異国を打ち払うのだ。

 京都に有志が集まり出した。

「尊王攘夷か」

「ああ」

「尊王攘夷の目的は何だ」

「もちろん、西洋列強に日本が対抗するため」

「ならば、京都を占領できる兵ではなく、幕府を倒せる兵でもなく、西洋列強に対抗できる兵を集めなければ、事は成らない。そこまで備えて初めて日本が勝つんだ」

「そうだな」

「では聞くが、京都や幕府を討つのに斬るか。西洋を倒すための仲間でもあるだろう」

「迷ってしまうな」

「ああ。今から考えておいた方がよい」

 ある男は嘆いた。

「自分の国がどうやってできているのかもわからないのに、外国のことまで解決できるかよ」

 もっともである。

 尊王攘夷の脚本を書いたのは清河八郎という男だ。この男は、派手で身振りがよく、大衆の心をよくつかんだ。清河八郎は人を使うのがうまい。幕末の日本を尊王攘夷一色にしてしまった。清河八郎は、二年間の日本を操った。思い通りに動かした。

「何のために戦うのかということだ。戦争は大義だよ。納得する理由がない戦争で、誰が本気で戦うものか」

「何のためにというなら、それは日本を守るためだろう」

「そこだ。おれは日本を守るためではなく、日本を幸せにするためだと考えているのだ。ここのところは小さいようでいて大きくちがうぞ」

「おれなんかはそのどちらでもない。西洋の文明の発達しているのを見て、本当に我らの国がまちがっていたのか、それを確かめたいのだ。そのために尊王攘夷に参加した」

 幕末志士たちは同意して深くうなづいた。

「へえ、みんな、いろいろ考えているんだね。おれなんかは、女が何を考えているののか知りたくて、尊王攘夷をやってるんだぜ」

 ある男はそんなことをいった。

「何をくだらん」

「いや、今の発言は国家の基盤に関わることだぞ」

「バカいえ」

 幕末志士は、みんな、笑った。

 幕末志士のひとりが清河八郎の前に来ていった。

「中国インドを倒した敵と戦うのだぞ。その準備と覚悟がおありか」

「もちろん」

 清河八郎は答えた。

「なぜ倒幕するんだ。おれには、中央集権化をして、政府の効率を上げるためだという以外に理由が浮かばない」。

「それは、その方が何かと好都合だからだ」

「なぜ、尊王忠義なのだ。西洋に国がとられるかもしれないのに、将軍や天皇に頼めば国が守れるとでもいうのか」

 そして、清河八郎は殺されてしまった。

 尊王攘夷の脚本を書いた男は死んだ。

 どうなる。幕末日本。

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