第14話 我ら幕末のことを何も知らず 2、大老はおれに任せろ

  2、大老はおれに任せろ


 この頃、日本全体で3400万石。

 幕府直轄領の天領は400万石。

 禁裏(天皇領)は3万石である。

 幕府直属軍の旗本は八万騎。

 旗本の大将を旗頭(はたがしら)というが、旗頭は代々井伊家がやっていた。

 異国の様子がおかしいということで、旗頭の井伊家が幕府大老(幕府最高幹部の五人の老中より偉い臨時職)になった。

 それは井伊直弼である。

 しかし、いざ大老にしてみると、お偉い人たちの意にそぐわないということで、1860年に大老井伊直弼は暗殺されてしまう。幕府の大老を殺すとは、犯人たちは、自分ならもっとうまく国家の大事をやれると思っていたのだろうな。

 勝海舟は、幕末を回顧して、戦乱に巻き込まれたことは九回以上あったが、生き残ったのは運がよかっただけだといっている。

 日本人同士による斬り合いも、西洋人殺しも、何十件とあった。

 1860年、勝海舟は妻に「ちょっと品川へ海を見に行ってくる」といって、そのまま渡米して二年間帰って来なかった。妻は「あの人はいつまで海を見ているのかしら」と、ぶつぶついいながらも勝海舟の帰りを待っていた。

 1861年頃から、大久保利通は京都の朝廷へ開国を進言していたようだ。

 公家の岩倉具視も開国派であり、将軍家茂に和宮を嫁がせたのは、開国に将軍の心を向けるための工作だったという。そういう動きが少しづつあったのだ。

 異国の動きが騒がしくなってきた幕末に、では、仏教勢力はどうしていたのか気にかかる人もいるだろう。日本の仏教界はたくさんの権威筋があるが、高野山が黒船来航に対して何をしたのかはおれは知らない。モンゴル来襲の時は、全力で加持祈祷をしていたというが、その辺りはいろいろと複雑な事情があるのだろう。

 おれが知っている限りでは、幕末の時には、「あほだら経」が流行っていた。つまり、仏教は幕末には笑い飛ばされていたのである。なかなか、民衆には大うけだったと聞く。人を笑わせるのが仏教だというなら、これは幕末における仏教の成功だ。

 坂本龍馬は、この時はまだ「天下のことは何も知らず」だった。

「不思議でしょうがねえぜ。なぜ世の中がこうなってるのかがよお。」

 坂本龍馬は首をひねった。

 ひょっとしたら、戦乱になるかもしれないと、武士の間で剣術が盛んになっていた。剣の極意とは、間合いの取り方のみであるのだが、それは剣豪の話であって、そこまでには至らない剣客たちは間合いをつかもうにもつかめない。結局は、長い刀の方が勝つということが知られていき、幕末には江戸武士の間で長い刀が流行った。

 坂本龍馬は、短い刀の方が小まわりが効くといって、短い刀を使っていた。坂本龍馬は、江戸の流行には流されない男だったことがここからうかがえる。

 そもそも、幕府の秘密とは、合戦では、剣術ではなく、銃によって勝敗は決まるというものであったため、長い刀でも短い刀でもどっちでもよかったのだが、「むしろ、短い刀の龍馬に可能性を感じる」という。

 江戸や京都で外国人打ち倒すべしという尊王攘夷が叫ばれるようになった。黒船に臆してなるものか。祖国を守るために異国と戦わなければならない。そういう風潮が日本で高まっていった。

 坂本龍馬はいった。

「みんな、異国が攻めてくるかもしれないというが、おれには、異国どころか、自分の国がわからねえ」

 勝海舟がアメリカから帰ってきていたので、坂本龍馬は押しかけた。

「斬るか、斬らないか、試してみるさ」

 ちょっとした腕試しのつもりで勝海舟の屋敷へ入っていった坂本龍馬だった。坂本龍馬は千葉道場免許皆伝の塾頭。故郷の土佐には、漂流してアメリカへ渡って帰ってきたジョン・万次郎がいて、アメリカのうわさを聞いていた。

「おい、おまえさんはおれを殺しにきた刺客かい。近頃は刺客が流行っていてな、おれのところにも毎日来るよ」

 勝海舟はそういって龍馬を迎えた。

「勝先生は、いったいこの国をどうするおつもりですか」

 竜馬がたずねると、勝海舟は答えた。

「おまえさんは知っているか。イギリスは、大英帝国といって、千隻の船で世界中で商売をしている。そりゃあ、すげえもんだ。日本も遅れちゃなんねえ。日本も世界中で商売するようにならないとな」

 それを聞いた龍馬は、すぐさま、尊王攘夷から開国和親に変わってしまった。

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