第10話 濃姫 3

 父から手紙が来ました。

「信長殿はまだご健在のようだな、濃」

 と書いてありました。毒殺の催促です。

「父上、夫の毒殺は容易なことではないようです。五年、十年と待つつもりでお願いいたします」

 と返書いたしました。返書は万が一にでも、見られてはなりません。わたしは直接、父の家臣に手渡しました。決して、夫の家臣の手を介さないように。

 わたしの手紙を、父の家臣は平気で開いて見ました。そして、目がとび出るほどにその内容に驚いておりました。ああ、父の家臣にも知られてしまった。わたしはいつ殺されるのかもわからぬ。

 夫には毎日、会います。初夜の日から、連日、夫はわたしの寝所を訪れました。

 どうやって殺してくれよう。わたしはいつ殺されるのであろうか。

「濃は、梅が好きか、桜が好きか」

「いえ、濃は、落葉が好きでございます」

 わたしと夫の命は、いつまでつづくのか。

 国いちばんのうつけ者と噂される我が夫。その妻のわたし。わたしは毎日、夫の命を狙いました。憎かろうて、やがて、好きとなりと申しましょうか。わたしは夫のどこがうつけなのかわかりませんでした。

 実際に会ってみた我が夫は、わりと良い男だったのです。

 夫の命を奪わねばならぬのか。わたしは、日がたつうちに苦しくなってまいりました。

「我が君、我が君」

「なんだ、濃よ」

「もし、濃に命を狙われたらどうします」

 お遊びで聞いてみました。わたしはもうどうなってもよかったのです。わたしの命など、煙のように消えてもよいのです。

 我が夫は涙を流しておいででした。

「濃よ、そのようなことを申すな。おまえだけはこの信長を裏切ってくれるな。と申したであろう」

 ああ、そうであった。この夫、わたしを露ほども疑っておらぬ。

 聖も邪も、道を行くもの、さだめでしょう。

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