第9話 濃姫 2

 我が夫は、国いちばんのうつけ者らしいです。さて、どうやって殺しましょう。うつけの首など、すぐとれるでありましょう。この十四の娘の手でも。

 いっそ、初夜にでも殺しましょうか。すでに毒は持っております。隙を見て、そっと、夫の食事に毒を盛るだけ。飲み水に混ぜても、殺せましょう。わたしは殺すのは初めてですけど、いとも簡単に毒殺などできるように思えます。

 婚儀が終わると、寝やとなりました。わたしは父の命令に従わなければなりません。夫も初夜にたじろいでいる様子。この殿様は、他の女に手を出したことがおありでしょうか。わたしは知りませんし、聞くこともできません。

「濃」

 わたしに抱きついてきた夫は泣いているようでした。

「濃や、どうかおまえだけはこの信長を見捨てないでおくれよ」

 何を泣いているのでございましょう。わたしにはとんとわかりません。

 わたしが戸惑っていると、夫はいいました。

「返事をしてくれないのか、濃よ」

「ああ、どうでしょう。男と女の仲など、時のうつろい行くまま。あなたさまの心が先にわたしを離れませぬか」

 いっそ、ここで殺してしまおう。

「それより、少し飲み水が欲しいです。殿様も召し上がれば」

「うむ。飲み水をとってこよう」

 夫は竹の椀に水を入れてわたしに渡しました。わたしは一口、きれいな水を飲み込みと、体を返して、裏で竹の椀に毒を入れました。これを飲めば、夫の命はそれでお終い。

 わたしは竹の椀を夫に差し出しました。わたしの腕は震えていたようです。夫は、竹の椀から水を口に含みました。わたしがやったと喜ぶと、夫は水をぶっと吹き出しました。

「この水には毒が入っておる。濃や、大丈夫か。さっき飲んだのではないか」

「いえ、わたしは飲んでおりませぬ」

 わたしは殺されるかもしれないと思いました。この夫、思ったより頭が切れる。いや、舌が肥えているのか。

 殺されるよりは、わたしが毒を飲んで死のうか。

「そうか、濃のいうことは絶対じゃ」

 夫はひとことでわたしを疑うのをやめた。この夫、妻を疑うことを知らぬらしい。

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